第15話 服と靴
ガブリエラさんと応接室に向かうと、既に昨日の仕立て屋さんが私達を待っていた。
「奥様、アリス様。ご機嫌麗しゅう。仮縫いが出来上がりましたので試着をお願いいたします」
仕立て屋さんの目の下にクマのようなものが見えるのだけれど気の所為じゃないわよね。
「急かしてごめんなさいね。アリスには早く自分の体型に合った物を着てもらいたいのよ」
ガブリエラさんが仕立て屋さんに謝辞を述べるけれど、私のドレスの為にそこまでしてくれなくてもいいと思うんだけどね。
とりあえず明後日、王宮に着ていく一枚を先に仕立て上げると言う事らしい。
着せられたドレスは、私の髪の色よりも薄い紫色のドレスだった。
「よく似合っているわ。これで進めてちょうだい。それからアリスが着ていた下着の方はどうなったのかしら?」
ガブリエラさんが切り出すと仕立て屋さんは待っていました、とばかりに下着を取り出した。
「こちらがお預かりしたアリス様の下着です。そしてこちらが、私共が試作した下着になります」
テーブルの上に私が着ていた下着と、仕立て屋さんが作った下着が並べられる。
今すぐに私の下着を引ったくって隠したいんだけど、流石にそんな真似は許されそうにないわね。
ガブリエラさんが私のブラジャーと、仕立て屋さんが作ったブラジャーを手にとって見比べている。
「生地の手触りは違うけれど、形はほぼ同じ物が出来てるわね」
「はい。お借りした下着を分解して鑑定士に素材を鑑定してもらいましたが、よくわからない素材が使われているようでした。そこで似たような生地を集めて作ったわけでして…」
素材を鑑定?
そんな事を出来る人がいるのね。
素材が何かよくわからないというのは仕方がないと思うわ。
だって私が着ていた下着はおそらく化学繊維で作られた物だと思うもの。
ガブリエラさんに手渡されて仕立て屋さんが作ったブラジャーを触ってみたけれど、ちゃんと胸の部分にパットが入っていたりして、なかなかいい具合になっていた。
「工房の女性にも試着して貰いましたが、皆『胸が大きく見える』と好評でした。下履きの方は少し抵抗があるようでしたが、『これを履けば旦那が燃えてくれるかも…』、いや、失礼!」
仕立て屋さんの女性は他の人の事のように話しているけれど、きっとご自分でも試してみたんでしょうね。
まあ、あんな色気のない下履きよりは、私が着ていた下着の方が…。
って、そんな事を言っている場合じゃない!
とにかくこの世界でも、ブラジャーが作れる事にホッとしたわ。
留め具もほぼ遜色なく再現されているけれど、ミシンなんてないからすべて手縫いなんでしょうね。
仕立て屋さんが帰ってひと息つく間もなく、今度は靴屋が応接室に入って来た。
「奥様。お呼びいただきありがとうございます。そちらのお嬢様の靴がご入用との事で、何足かお持ちいたしました」
え、今度は靴?
そう言えば、今履いている靴は通学用の学校指定の黒靴だ。
エイブラムさんはあまり気にしてなかったけれど、ガブリエラさん始め侍女の方々は私の靴を見て怪訝な顔をしていたっけ。
流石に靴のサイズはガブリエラさんとは違うから、ずっとこの黒靴を履いたままだったのよ。
ドレスの裾からチラチラと黒靴が覗くのは流石にいただけないわよね。
色の選出はガブリエラさんにお任せして、今来ているドレスに合った靴を選んでもらった。
新しい靴を履いたはいいが、高さ5センチのヒールなんて履くのは初めてで歩きにくい事この上ない。
ヨタヨタと歩く私にガブリエラさんがキラリと目を光らせる。
「あらあら。これは歩き方の特訓が必要ね。ポリー、指導は頼んだわよ」
靴屋さんが辞した後、ガブリエラさんは侍女長に声をかけるとまた執務室に戻っていった。
応接室に残されたのは侍女長と私、それに部屋の隅に控える侍女だけだ。
「それではアリス様。歩き方の練習をいたしましょう。そこのあなた、本を一冊持ってきてちょうだい」
本?
まさか頭の上に本を乗せて落とさないように歩くって事?
漫画か何かでそんなシーンを見た事があるけれど、実際にそんな事をやっているのね。
侍女が持ってきた分厚い本を頭の上に乗せて私は応接室の端から端へと歩いてみせる。
「アリス様。もう少し速く歩いてくださいませ。背筋が曲がってますよ!」
侍女長のスパルタ特訓はガブリエラさんが執務を終えて戻って来るまで続いた。
…明日は筋肉痛かしらね…
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