第10話 追放された後 sideディルク

 王太子ディルクに、カロリーナが婚約を破棄されたあとの社交界は大変な騒ぎとなっていた。王宮で行われていた夜会には、ほとんどの貴族たちが出席している。

 そんな大それた場で、テッドベリー国の第一王子であるディルクは騒動を起こした。夜会の最後に、王族たちが一人ずつ言葉を述べる機会を使って、カロリーナがいかに悪事を働いているのか糾弾した。

 その態度は、証拠も既に手にしていると自信満々だった。自分の横に立つカロリーナに向かって、こんな女をこの国の王太子妃にすることはできないとはっきりと宣言したのだ。


 その場には、もちろんディルクの父親である王も母親である王妃もいた。だからディルクは、カロリーナの代わりに王太子妃に推したい令嬢がいるのだと意気揚々と発表した。

 ディルクにとってこの場は、今まで自分が抱いてきた不満を払拭させるための機会だった。

 彼は、カロリーナのお陰で自分の地位が保障されていることが許せなかった。彼女の存在関係なく、今の地位にいるのは今までの自分の努力があったからだと示したかったのだ。

 それを証明する最後の機会だと感じていた。これを逃したらこのまま一生、カロリーナの影として生きていかなければならない。だから、カロリーナの存在が疎ましくて息苦しくて溜まらなかった。


 この日の発言は、誰からの許可も取らずにディルクの判断で勝手に行った。でも自分が築き上げてきたものがあれば、大丈夫だと確信していた。

 ディルクのいる場所からは、両親の表情は伺い知ることはできない。だけど両親は、カロリーナが兵士たちにひっ捕らえられて連れ去られても口出しはしなかった。その最中は、カロリーナの罵声だけが響き渡っていた。

 そんな彼女の姿がホールから消えると、場内はシーンと静まり返る。沈黙の後、ディルクが一歩踏み出し言葉を発しようとしたところで王に止められた。


「今日の夜会は、これで終了とする。以上」


 王は、ホールに響き渡る力強い声でそう言うとその場を後にした。王妃も、無言で王に続き退出する。

 ディルクは、カロリーナの代わりに紹介したララ・ヴォーカーを、皆に認めてもらうためにもう少し話をするつもりだった。しかし、王が終了だと言ったのだ。今日の自分の振る舞いを、王がどう思ったのかわからない。もし怒らせてしまったのなら、これ以上は何もしない方がいいとこの場はララと共に一旦退いた。


「ディルク様、私たちこれで大丈夫なのかしら?」


 ララが、とても心配そうに自分の腕にしがみついている。そんな彼女の態度に、ディルクは自分がしっかりしなければと力が沸く。

 ララは、自分に頼ってくれる。頼れる男なのだと実感させてくれるのだ。それとは違いカロリーナは、何でも自分でやってしまう。

 下手したら自分のこと以外でも、ディルクの失敗を何もなかったかのように処理してしまうのだ。それが、どんなに自分が惨めな気持ちになるか、カロリーナは知ろうともしない。これが一生だと思うと、誰が王なのか誰がこの国のトップなのか、皆の目がカロリーナに向いているように見えて耐えられる気がしなかった。


 だから、自分の前から消えて欲しくて処刑を命じた。同じように大嫌いな自分の異母弟に頼んで。

 メイドから生まれた異母弟は、最初から気に食わなかった。王族には珍しい黒い髪色で、王族特有の金色の瞳で自分のことを見る異母弟。いつも冷めたような視線で、どこか兄を見下したような目つきが許せなかった。

 お前なんか、誰からも王子だと認められていない癖に。そんなことどうでもいいというような、強い威圧感と存在感。自分にないものを持っている異母弟を見ると、無性にイラつきを覚えた。


「大丈夫だよ。ララにはこれから苦労させるかもしれないけれど、二人で頑張っていけばみんなわかってくれるよ」


 ディルクは、ララを安心させようと笑顔を溢す。ララは、ディルクの笑顔に釣られるように花が咲いたみたいに明るい笑顔で自分を見た。


「私、みんなから慕われる王太子妃になるわ」


 この時の二人は、これから何が待ち受けているのか何もわかっていなかった。この世の中は、そんなに単純なことではない。所詮、第一王子だと大切にされて育てられた傲慢さと自分への甘さがディルクにはあった。

 そしてララは、今までのように同じ階級の男性と同じだなんて思ってはいけなかったのだ。ディルクは、この国の王になる男。王妃という人間が、容姿と愛嬌だけで通用するなんて甘い世界ではないことを理解していなかった。

 カロリーナが、どうしてあれだけ傲慢で我儘でも恐れられて忌避されていても、同じだけ羨望の眼差しで見られていたのか考えなければいけなかったのだ。


 夜会の後、ディルクは当然だが王に呼ばれる。ララも、一緒に連れてくるようにとのことだった。二人は、今までずっと我慢していたことが報われた喜びから興奮状態にあった。


 その勢いのまま、王の前に出てしまう。


「父上、お呼びとのことで参りました」


 王は、ディルクを謁見室に呼び出した。父と息子として親子の会話があるのかと期待していたが、王の傍には側近や先ほどの夜会に出席していた高位の貴族たちもいた。

 謁見室の雰囲気が張りつめており、先ほどまでの興奮状態から一転自分の中に冷たいものが流れ込んで来て頭が覚める。


「お前は、自分が何をしたか理解しているのか?」


 王は、自分の実の息子を冷たい瞳で見ていた。王の隣に控える、ディルクの母は可哀想なものを見る目で自分を見つめている。


「私は、カロリーナのような悪女が王妃に相応しいと思えないのです!」


 ディルクは、自分の考えを必死に訴える。


「カロリーナのやっていたことは、誰でも知っていたことだ。あの子は隠していなかったからな。何でだかわかるか?」


 王が、ディルクに訊ねる。隣に佇むララが、この雰囲気に耐えられないのか震えながら自分の腕にしがみついている。ディルクは、王に言われた意味がわからなかった。隠していなかった……。それだけ自分に自信があったということか……。


「カロリーナは、自分に自信があったのでしょうか……」


 ディルクは、俯きながら先ほどよりも小さな声で答えた。


「そうだ。あの子には、こんなことで自分の地位が揺らがないという自信があった。未来の王妃になれるのは自分だけだという自信だ。言っとくが、お前の妻になる自信ではないぞ」


 王から放たれる、冷たい言葉だった。


「ですが、王太子は僕です。僕しかこの国に王になれる者はいない。その私が、カロリーナでは駄目だった。尊重されるのは、私の意見のはずです」


 ディルクは、耐えられなくて声を張った。自分の意見を主張したのは今回が初めてだった。


「お前はもう少し賢いかと思ったがな……。お前が王太子でいることに異を唱えるものがいないのは、妃がカロリーナだと決まっていたからだ。あの娘以上に、この国を大きくできるような令嬢はいないだろうよ。性格は熾烈だが、国を背負う器は充分だった」


 王は、ディルクから視線をララに向けた。ララは、その視線に怯む。


「ララ・ヴォーカーと言ったか? 子爵家の娘だそうだが……。お前、国を背負うということが、どう言うことかわかるか? 他国との会合で、各国の王妃や要人たちと渡りあっていけるのか? そもそも外国語の知識はあるのか? 国内の貴族たちの力関係が頭に入っているのか? その均衡を保つ為の社交術があるのか? ただ、王太子の隣で着飾って笑っているだけでいいと思っていたら大間違いだぞ?」


 王は、息つく暇もなくララに疑問を投げかけた。ララは、王の疑問に一つも答えられない。さっきまで笑顔で幸せ一杯のオーラをまき散らしていたのに……。今は、血の気が失せて顔色は蒼白だった。二人とも、何も言葉を発せられない。


「ディルクよ。お前は、優秀なカロリーナから逃げたんだ。自分のちっぽけなプライドを守る為に。裁判もかけずに、あのまま処刑させたらしいな? そんなに怖かったのか、カロリーナが? お前が勝手にやったことだ。その女を育てるのもよし、他の手立てを考えるもよし、好きにしろ」


 王は、最後にそう言うと玉座から立ち謁見室から出て行った。母親である王妃は、何か言いたそうな顔をしていたがそのまま何も言わずに王の後を追った。

 王の傍に控えていた他の貴族たちも、波が引くようにさぁーっと退出していく。最後には、ディルクとララの二人だけがその場に取り残された。


 光り輝く広い謁見室に、表情が抜け落ちた二人だけがポツンと佇んでいた。

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