約束

いろは

ふたり

「秘密だよ。だから誰にも話しちゃいけないからね」

 そう言って彼女は人差し指を立てた。僕は彼女がそう言ったから、何も疑わずに頷いて言った。

「うん! 絶対に言わないようにするね」

 その日から、彼女には一度も会っていない。

 あの約束には何の意味があったのだろう。

 僕はベッドから起き上がる。家族はいない。僕が子どものときに二人とも死んだ。

 だから、今は祖母と暮らしている。

 パジャマに着替えながら、さっきまで見ていた夢をぼんやりと思い出す。

 あの時の秘密は、結局何だったんだっけ。


 ***


『秘密だよ』

 かつて友達だった少年に言ったあの言葉を、私はいつまでも忘れることができなかった。

 仕事先へと向かう電車に揺られながら、私はぼんやりと流れる外の景色を眺めた。

 二人が一緒にいたのは、確か私が小学校二年生で、あの子が幼稚園の年長だったときだった。あの子は私よりも二つ年下で、素直ないい子だった。

 あの子は今も秘密を守って、あの天真爛漫な笑顔でいれているだろうか。

 カタン、ことん。

 規則的な音をたて不規則に揺れながら、電車が人々を運んでいく。

 このハコの中で、今幸せを感じている人がどれくらいいるだろう。


 ***


「お前、まじで純粋よな!」

 大学でつるんでいる友人にそういわれ、僕は首を傾げた。

「え? そうかなぁ」

「そうだろ! 言われたこと、全部素直に真に受けちゃってさ。マジたまに心配になんだよなー!」

 そう言って友人は豪快に笑う。僕もつられて笑った。でも、そうか。素直か。

 素直と言えば、あの時もそうだったなと思う。

 彼女に秘密だと言われたから、あの時見たことは祖母にも話していない。かつて母親が生きていた頃、色々と問いただされたが、秘密だからと守ってきた。

 そしたらしばらくして、母親はなぜか話していないのに秘密のことを知って、自殺した。

 以来、秘密の内容は忘れるように努め実際、忘れた。だから、今も約束を守り続けている。

『誰にも話しちゃいけないからね』

 うん、おねえちゃん。約束を今でも守ってるよ。

 だっておねえちゃんの言ったことは正しかったもんね。

 秘密を知らなければ、誰にも知られなければ、お母さんだって死ななかったんだもんね?


 □□□


「秘密だよ。だから誰にも話しちゃいけないからね」

「うん! 絶対に言わないようにするね」

 無邪気に笑う少年の足元には血が飛び散っていた。少女は少年の返答に安堵の笑みを浮かべた。

 二人のそばには二人の男女が死んでいた。少女の母親と少年の父親だった。

 心中だった。

 二人は不倫が双方の結婚相手にばれそうになり、子どもたち同士を遊ばせているうちに自らの命を絶った。

 最初にそれを目撃したのは少女だ。

 少女は一瞬固まったが、すぐに気づいた。

 ——これは、あにめで見たさつじんじけんというものだ!

 だから近くに花瓶を用意して、事故に見せかけて警察に通報した。もくげきされてしまったので、少年に対してもくちふうじをした。

 警察を待つ間はドキドキしていた。——どうしよう。私たち疑われちゃうのかな。たいほされちゃったらどうしよう!

 しかしその心配は杞憂だった。

 大人たちは子どもたちを見て、ひそひそとなにやら呟いていた。子どもごころに、ただごとではないとわかった。

 その後は警察が色々と聞いたり、二人のもう片方の親が来たりとバタバタと事が動いた。

どこからか、声が聞こえた。

 ——どうして、あの子どもは警察が来た時楽しそうに笑っていたの?


 ***


 以来、あの少年とは会っていない。

 少年はあの秘密を守り、そして忘れてくれているだろうか。

 あの時、二人同時に芽生えた狂気は、跡形もなく消えていてくれればいいと、少女は一人祈っていた。


 秘密は彼と、彼女の心の中にとどまり、守られ続けた。

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約束 いろは @mamotoiro

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