4-40 至るための道
◇
例の雑貨屋に俺たちはたどり着いた。夜になったばかりだというのに、歩く景色の中に人影を見かけることもなく、淡々と俺たちは道を進むだけになっていた。互いが歩む足音だけが空虚に鳴り響いて、そして重なるような呼吸音が耳に障る。緊張感を拭うことはできなくて、心臓が早くなるような、もしくはひとつひとつの心音が大きく感じるような、そんな錯覚を覚えてしまう。
雑貨屋は依然見た時とは異なって、立ち入り禁止になっているみたいだった。黄色いテープが張られており、中に侵入することを阻止しているようだ。きっと、店主らしき人物が行方不明になった段階で店は閉店しきっているのだろう。
そんなテープが張り巡らされた入り口を、朱音は鬱陶しそうに間を掻い潜るように進んでいく。俺と天音もそれに合わせるように、テープを無暗に傷つけないことを意識して店内に侵入した。
店の中は暗い。明かりがどこかにはあるのだろうが、大して広くもないい場所で、はっきりと目的がある俺たちは、暗いままでレジカウンターの裏まで入り込む。暗いからよく見えはしないけれど、それでも以前天音が空間を展開したときの場所に対して、なにか目印のような棒が立っているのが視界に入った。きっと朱音がいつも使っている十字の槍なのだろうと思った。
「
そうして聞き馴染みの言葉、現実を否定する詠唱分。魔法使いにしか使えない一つの裏技。それを天音は口にする。その詠唱の訳については理解できてはいないけれど、それでも空間を展開するための魔法を、彼女は唱えているのだろうと思う。
彼女がそうやって腕に赤い線を描きながら、言葉を唱えている段階で、俺は頭の中でやるべきことの整理を繰り返す。
俺がするべきことは何か。それは、アリクトエアルにたどり着いた際に、対極の心臓を稼働させ、魔法使いが拉致する際に使った転移魔法の座標を調べること。調べる、といっても自然と視界に入るものだろうから、そこまで気負いはしなくていいのかもしれない。
「
そんな考えを巡らせている間に、空間の展開は完了したようだった。
◇
夜の暗い風景に馴染んでいた視界が、毒々しいとも感じる明るい空間に投げ出されて、一瞬眩暈のような感覚がした。ちかちかとする世界の明るさにため息をつきながらでも、俺は何とか目を押さえないままで、広がり続けている空間を見つめてみる。
ここが、以前魔法使いと戦闘を行った場所。戦闘という過激なものでもないけれど、対極の心臓が俺を突き動かした、あの場面での、あの場所。
一部、床にこびりつくような赤黒いものが残っている。それは間違いなく俺自身の血液なのだろう。そして、俺たちが今来た場所の足元に、赤黒い十字架の模様が渇いているのが見えた。
「……出番か」
俺がそうつぶやくと、朱音は、ああ、と頷いてくれる。天音も同様に、うん、と頷いて、俺のこれからの行動を見守っている。
見られていると、少しやりづらさを覚える。どこか期待をするような彼女らの目に視線を逸らしたくなるけれど、ふうう、と深い呼吸を何度か繰り返した後、この前選んだナイフを手に持った。
これで、本当に見えるのかはわからない。わからないけれど、これで何か変わる可能性があるのならばやるしかない。それがこの事件の収束につながるのだから、そのためには血を流す痛みにもこらえなければいけない。……どうせ、また慣れることだろうから、痛みを怖がる必要もない。
誰にも聞こえない心の声を吐き出したところで、俺は折りたたまれているナイフを広げる。
(
どうしたって紡ぐことを許されない言葉。紡いだところで叶う非現実がない詠唱。その現実感を身に宿しながら──。
──世界は、反転した。
◆
鼓動は加速する。鼓動は加速する。失われた血液を取り戻すために、その鼓動は加速し続けている。どくどくと腕から流れる血液が少しばかりの痛さを認識させてくる。
景色はすべて黒くなっていく。あらゆるものがモノクロとして数えられていく。アリクトエアルでなければ、おそらく物の境界線を覗くことはできるのかもしれないけれど、ここには俺たち以外には何も存在から、そもそも境界線といえるものを捉えられそうにはなかった。
黒い景色の中に、灰色のシルエットが二つある。それぞれが朱音や天音であることを認識する。
「どうだ?」と朱音の声が聞こえた。
「……今から見てみる」と俺は返事をしながら、そうして黒いだけの景色を見つめてみる。
灰色の彼女らの足元の中に光のようなものが見えた。
ぽわぽわと浮かぶような、それでいて極彩色に情報を脳へと塗り込むような、そんなきつい光。……というかよくよく見れば地面に空いている穴。
でも、これは恐らくそれではない。俺たちが求めている魔法使いへの道にはつながらない。この穴はおそらく俺たちが店からここに来るまでの座標、もしくは通路のようなものであり、もっと他の光が空間にはあるはずだと、直感的に思った。というよりも、意識の裏に流れる対極の薄い記憶が、なんとなくそう語っているような気がした。
だから、顔を上げてより周囲を、さらに遠くを見つめるようにする。
それで何か光が見つかるのかはわからない。先ほど見た極彩色の光に頭が焼けそうな感覚がする。頭痛を大きくとらえた意識にこらえながら、なんとか目を抑えながら──。
「──あっ」
俺は、それを見つけた。
遠くに光っている、それらしき極彩色の虚を。
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