4-27 対極の心臓
◇
「物理的?」と俺は彼女の言葉の一部分に注目しながら言葉を返す。言っている意味を理解しようとして、対極を受容した時のことを思い出そうとするが、その記憶を読み取ろうとした際に、朱音は口を挟むようにした。
「お前はどんな風に対極を受容した?」
どんな風、というように聞かれても、どう返せばいいのかわからない。
対極の受容は受容であり、それ以外のことは思いつきそうにはない。というか、正直、思い出そうとしても、あの時の記憶は朧気でしかないのだ。
なにか壮大なことをやったような気もするし、何もしていないような気もする。そして、対極を受容した時に、封印されていた過去についても受け入れてしまったから、記憶が混濁してよくわからなくなる。
「……まさか、覚えてないのか?」
「……うん」
俺の反応に朱音は戸惑った後、はあ、と大きなため息をつく。大きなため息をついた後、俺に注釈をするために言葉を付け加えた。
「えーとだな。正直な、私も見かけでしか判断できないところはあったけれど、あの時、お前は対極を物理的に受容したはずなんだ」
「……その、物理的、とは?」
「……いやあ、私もドン引きなんだけどさ」
朱音は、こほん、と咳払いをした後に続ける。
「お前、対極と心臓を交換したんだよ」
「……」
はい? と俺は素っ頓狂な声をあげるしかなかった。
◇
「私がアリクトエアルで、お前が対極と向き合うための準備をしようと向かったとき、そこには血にまみれているお前の姿と、受容をした後らしい髪色に変わっていた。まあ、対極と向き合うっていうのは精神的な負荷がかかるからな。戦闘になった、というのは容易に想像できたけれども、それにしたって血の量が多すぎた。慌てて私はお前のもとへと近づくと、なんと胸に風穴が空いてるじゃないか」
「……」
そう言われれば、と思い出すところもある。夢のような感覚にある記憶を鮮明に思い出すことはできないけれど、確かに心臓、と聞けば思い出せる部分はある。
あの時、俺は対極を受容できない、とそう思ったはずだ。そうして、精神的に受容することが難しいのであれば、と、勢いのままに対極と心臓を交換……、したような気がする。
「本来、物理的な受容なんて不可能なんだけどな」と朱音は付け加える。俺はそれに、なぜ? と返しながら言葉を待つ。
「悪魔祓いは異質に対しての反発能力を持っていたりはするが、ほぼ不死身の魔法使いのように回復力があるわけじゃない。ケガをしたときは、普通の人間と全く変わらないくらいに回復は遅いし、そういった意味で対極から心臓を抜き取ったとしても、回復力がないからすぐ死ぬだろうさ」
「……まじか」
一瞬、対極の心臓を手術みたいな感じで移植する、とか想像してみたけれど、対極が顕現している中で、そんなゆとりがあるわけもないだろう。
それならば、なぜ自分に回復力があったのか、という問いに行きつくわけだけれども、これに関しては朱音に聞かずとも自ずとわかってしまう。
俺が、魔法使いの血を葵から輸血されているからだ。
俺が考え込むような仕草をとると、俺の思索を理解したように、朱音は「まあ、それもおかしな話ではあるんだけどな」と付け足す。
「……おかしな点、というのは今回は置いておくとして、それでもお前はなんやかんや上手くいって対極の心臓を受容した。対極、といっても自分自身の心臓であることには変わりないから、よく医療であるような適合とか、そういった問題は簡単にクリアできただろうぜ。そうしてお前は、ほかの悪魔祓いでは成し遂げない物理的な対極の受容を成し遂げたってわけだな」
「……そう、すか」
……自分自身の過去について、そして自分自身について話しているはずなのに、それでもどうしてか非現実的すぎて、一切話が身に入らない感覚がする。理解しているようで理解していない、浮ついた感覚がするから、どうしても他人事のようにしか頷くことができないでいる。
「それで?」と俺は言葉を吐いた。俺の言葉に朱音は「ん?」と反応する。
「それで、とは?」
「だから、物理的に対極を受容しているからなんだって、話」
俺が彼女にそう聞くと、朱音はあっけらかんとした雰囲気で笑う。
「……わからん!」
俺は朱音の言葉に、えぇ、と困惑した返事をするしかできなかった。
◇
「なんせ物理的に対極を受容したやつなんて、これまで一人だっていねえんだよ。だって、ドン引きする行為でしかないしな」
ドン引き、という部分を強調しながら、朱音は話す。正直、俺も自分自身がやった行為だということは認識しつつも、どうしてそんな結末を辿ってしまったのか、よくわからない。
「だから、環の今の状態については未知数ではある。だが、それ故にいろいろな憶測をすることもできるんだよ」
「……憶測」
わからない、というのならば、想像なり憶測なりでしかカバーはできない。だから朱音の言葉自体はわかるのだけれど、初めての物理的な受容に対して、どのような憶測ができるというのだろう。
そんな疑問を彼女は察したように、朱音は言葉を続ける。ふとずっと黙っている天音の方を見れば、うんうん、と頷きながら、俺以上の熱心さで朱音の話を聞いているようだった。
「本来、対極の受容っていうのは、自分自身の存在をゼロに近づけるためのものだ」
「……ゼロに?」
「ああ。プラスとマイナス。足してゼロみたいな」
「……それをして何の意味があるの?」
俺は当然の疑問を言葉にする。
そもそも対極の受容、という現象が悪魔祓いにあることについてはわかったけれども、その意味合いやその成果につながる部分についてはよくわかっていない。
最初、対極を受容する際には、ひとつの試練のようなもの、としか説明をされていなかったし、何かしらそういった試練を乗り越えたからには、ご褒美というわけではないものの、何かしらの成果がついて回るはずである。
「うーん、そうだなぁ」と間延びした声を朱音は返す。本筋から脱線しているのは申し訳ないけれど、ここで聞いておかないと、この先困ってしまうことに繋がりそう、という不安があるから仕方がない。
「まあ、まずは精神的な強化っていうのがあるだろうな。だいたいの欲求っていうのは、自分自身の裏側からくるものだから、それを受容することによって、真に心から強くなる、みたいな」
みたいな、と曖昧な言葉を付け足すのが不安要素ではあるが、それでも俺は彼女の言葉を待ってみる。
「あとは肉体的な強化っていうのもある。精神的な存在の要素がゼロに近づくことによって、人間の体ではありえない、存在しない力量を使うことができる、とか。……まあ、そんくらい?」
「なる、ほど?」
俺はそんな曖昧な返事をしてしまう。
……ぶっちゃけ、あんまり得とかはないんだな、と現実的なそれに、そんなことを思ってしまった。
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