4-26 まずは作戦会議だ
◇
「さて」と朱音は気を引き締めるような声音でそう言った。
部屋の中の埃については、雑巾で磨きとった。主に俺と天音が掃除の主役として働いて、朱音はそれをぼうっと見つめているだけだった。
視線で、掃除しないのか、と彼女に圧力をかけてはみたものの、その威圧から彼女は目を逸らした。なんとなくわかっていた部分ではあるものの、彼女は掃除が苦手らしいし、嫌いのようだった。
部屋から煙たく感じる埃臭さが消えてしまった後、朱音は綺麗になった部屋を見つめた後、こほんと喉を鳴らした後に言葉を続ける。
「まずは作戦会議だ」
「作戦会議?」と俺が訝るように返すと、彼女は胸を張って頷いた。それを聞いて天音は片隅でぱちぱちと拍手をした。
「作戦会議って、なんの作戦だよ」
「単純に、イギリスでの私たちの仕事について、かな」
仕事、という単語を耳にして、少しだけぎょっとしてしまう自分がいた。
彼女はそれっぽい言い方をしているけれど、現実的に存在している仕事とは違うことを、俺はよく知っている。ここで言う仕事とは、もちろん悪魔祓いとしての仕事。つまりは悪なる魔法使い──悪魔──を討伐、更に言い方を変えれば殺すことが優先とされる仕事。
息をのむ。過去に、立花先生から依頼された天使時間での命令を思い出す。それと同様のものを、俺は自ら行わなければいけない。その覚悟が心を蝕んでいく。
「……というかだけど、イギリスにいる教会の人に挨拶回りとか行かないの?」
なんとなく、思いついたことを声に出してみる。そうしたのは、これから行うべき仕事から目を逸らしたいという意思の表れなのかもしれない。
「ん?」と朱音は声を漏らした後、ああ、と頷く。
「その必要はないだろ」
「……でも、初仕事、というか、着任、というか、ほら新人だし、顔を見せるとか、そういうのがあるんじゃないの?」
現実的な仕事、というものはよくわかっていないけれど、孤児院で働くことになった際には、周囲で働いている人間に挨拶をすることがあった。それは当然の儀礼のようなものだし、必要な事柄だということを頭の中で理解していた。だから、今回も同じように挨拶回りをするのかと思っていたけれど。
「でもお前、英語とか話せんの?」
「……」
それはそうだな、と俺は一人で納得した。
◇
「気を取り直して、とりあえずイギリスで調査している事件の詳細と、私たちが行うべきことの説明に入ろうか」
朱音の声に俺と天音は頷く。その仕草を見届けた朱音はそうして話を始めた。
「環にはこの前話したかもしれないが、今このイギリスでは大量の誘拐事件が発生している。……誘拐という言い方は違うかもしれない。拉致、と言った方が正しいだろう。もしかしたら言葉巧みに誘導されて誘拐という言葉通りの意味を辿った人もいるかもしれないが、それにしたって人数が人数だ。その数を誘拐というのは埒が明かないから、今回は拉致という言葉を使う。ともかく、現在はイギリスで大量の行方不明者が出てきているってわけ。それも、年齢も性別も問うことなく、すべてがアトランダムに」
「……魔法使いが犯人じゃない可能性は?」
俺はいつか浮かんだ疑問をそのまま朱音にぶつけてみる。そんな疑問を彼女にぶつけたのは、悪魔祓いの仕事が魔法使いを殺すことであるならば、その殺すという行為を俺はしたくないから。いつかはするんだろうけれど、それが今である必要はない。
だが、その俺の希望を打ち砕くように、やはり朱音は首を振る。
「それなら何かしらの足がつくだろうさ。大量の行方不明事件、それを一般人がやっているのならば確実に足がつくし、警察も犯人を見つけることができるだろうさ。
だが、結局この事件には手掛かりというものは残されていないし、何より警察が丸投げした結果、教会に依頼が来ている。これが魔法使いが関わっているといってもいい証拠だろ?」
なるほど、と俺は頷いた。頷くしかできなかった。彼女の言葉にうつむきそうになる顔を上げて、そのうえで俺は朱音に視線を向ける。
「今のところ、行方不明になった人は発見されていない。そうなるとそれを隠す場所であったり、施設なりがあるってことになるわけだが、当然これらのものは見つかっていない。
魔法使いが犯人であると仮定をすると、もしかしたら人の目につかないような場所、……アリクトエアルを展開して、そこに監禁をしているのかもしれない。だからこそ、この捜査については、今めちゃくちゃ難航しているという状況だ」
「アリクトエアル、……空間なら大きい穴とかが残るんじゃないの?」
「前も言ったと思うけど、アリクトエアルは自由性を持つ無限立方体、無限の広がりを見せるからこそ、あらゆる箇所から繋がっている。そんな性質があるからこそ、どこでも空間を展開できるし、なんならこの部屋からでも展開できちまう。けれど、逆も然り。展開できたものを閉じることだって造作もないんだよ」
彼女の言葉に俺は納得して、そのまま黙って朱音の話を聞く。
「……もし、法則性のある行方不明者事件であったのならば、狙われた被害者であったり、場所であったりから追跡をすることもできるだろうが、今回は被害者も場所もアトランダムだ。だから警察もこの事件をぶん投げちまった。実際、ほかの悪魔祓いも投げてしまって、結局私の方にまで仕事が回ってきた。
だから、そこで私は環と天音を使うことにした」
「……」
えっ、と遅れて俺は声を出した。朱音の言っている意味がよくわからなかったから。
「……つまりは誘拐されろって話ですか?」
「……どういう思考でそんな結論になったのか、お前の心を覗いてみたいよ」
朱音は呆れながら息を吐く。
……だって、そうじゃないか。使う、って物のように言ったし。
天音については魔法使いとしての力があるからともかくとして、俺には別に何かしらの力や才能があるわけでもない。その上、この事件が他の悪魔祓いさえも投げ出した事件だというのならば、俺自身が拉致される被害者となって現場を突き止めるくらいしか、俺には思いつかない。……問題はアトランダムというところではあるが。
だが、そんな俺の想像を嘲るように、得意げに朱音は鼻を鳴らす。
「私は単純に、天音と環の力を使いたいってことだよ。これは人数とかそう言う意味ではなく、言葉通りのままな」
俺はそれに沈黙を返した。俺にはよくわからなかったから。
「天音は対極を受け容れた魔法使い。目の前にある存在に対して、対極を見極めることができる。そして環は対極を受け容れた悪魔祓い。もしかしたら、従来の悪魔祓いとは違う発見ができるかもしれない」
「……期待してくれているところ、悪いけどさ」
朱音が俺に期待をしてくれているのは分かる。それに応えたいという気持ちもある。だが、気持ちだけでどうにかなるほどに、俺が何か能力を持ち合わせているわけではない。
「俺には何もできそうにないよ。対極だったら、きっと俺以外の悪魔祓いだって受容してるんだろ? 俺はその人たちと変わらないわけで──」
俺は、ただ対極を受け容れただけでしかない。他の悪魔祓いとは何も変わらない。他の悪魔祓いが全員対極を受け容れているかなんて知らないけれど、それでも数あるそれらが匙を投げたのだ。そんな案件に俺が活躍できるわけもない。
「──いいや、お前だけは他の奴らとは違うんだよ」
朱音は他人でしかない弟の俺に向けて、やけに自信満々に言葉を吐く。
「お前は、物理的に対極を受け容れているんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます