1-3 君、今日から魔法使いね
◇
銀色の長髪、白衣のようなものを着ている眼鏡の大人。見た目からすれば三十ほどの齢なのに、声とのギャップでどこか動揺を覚えさせる、そんな人間が目の前にいる。
……というかベッドの上? なぜ?
「……ずっとそこにいたんですか?」
「そうだけど?」
男は、というか立花さんはそう答えた。さも当たり前とでも言わんばかりに。
……突っ込みどころが多すぎる。銀色の髪だとか、目の前に彼がいる状況だとか、なんかもう本当によくわからない。ファンタジーの世界なのだろうか、ここは。
……さっきからわからないということしか思考できていないような気がする。とりあえず、落ち着こう。
まず状況の把握に努めなければいけない……のだが、さっきからそれを阻害しているのはこいつらなんだよな。……それでも考えなければいけない。
「……それで、輸血とかってなんですか?」
「ん?輸血知らない?ほら、他人の血を他人に流すという背徳的な行為」
「それは分かるんですけど」
というか背徳的な行為ってなんだよ。その理論なら献血なんて背徳感のオンパレードじゃねぇか。
「……魔法、じゃないんですか?葵が僕を助けた方法って」
「んや?魔法だよ。前段階ではね」
……この男は僕に理解できるように話していない。だから理解できるわけもないが、それでも話を聞いてみる。
「彼女は君の四肢欠損の状態を魔法で治癒したのは本当だ。まず、この保健室に転移を行い、そして治療を──」
「──転移?治療?」
というか今この男、普通に保健室って言ったぞ。ここ保健室なの?ていうかなんで保健室?
「……こほん。説明を続けるよ。
それで君の体は修復することができたけれど、それでも君の心臓は鼓動を始めなかった。そりゃあそうだよね。鼓動を始めるための血液量も足りてないし、見た目が完璧に修復されていたとしても、完全に君は死んでいたのだから」
「……」
……わからないけど、とりあえず、話、聞く。
「それで彼女がとった手段は輸血だよ。輸血。背徳的な行為ナンバーワンの輸血。魔法使いの血液は特殊でね。例え死んでも生き返れるくらいには治癒力がある。彼女はそうして君に輸血をしたんだよ」
魔法使いには血液型とかないから容易かっただろうねぇ、と付け足しながらそう言った。
……完全に死んでいて、そして葵が魔法使いで、魔法使いの血を輸血されたから生き返った、っていうことだろうか。
まとめようとするけれど、それでもただ単語の整列をするくらいしかできない。
「……でも、それって何がだめなんですか。葵は人の……、僕の命を救ってくれたんですよ?」
「ああ、別にそれは否定しないよ。だから理解するって言っているじゃないか。だが、それを一般人である人間ごときに秘匿である魔法を見せて、そして魔法使いの血液を君に輸血した。
いやあ、背徳だね。背徳そのものだ。倫理観が壊れているといっても過言ではないくらいに背徳で官能的だよ」
「……だから、それの何が悪いって──」
「──悪いんだよ」
低い声で、立花さんは語る。
「魔法使いというのは秘匿される存在だ。だから魔法を一般の人間に見せるのは愚か、婚姻なんて許されるわけもない。
輸血なんて魔法使いにとっては婚姻も同じだ。子どもを作る上で血が混じりあう、そんな行為を行っているのだから。
だが、そんな行為を魔法使いではない人間に、──君に行った。それは、こちらの世界では大罪だ。処刑をするほどにね」
「──は?処刑?」
意味が分からなかったけれど、それでも飲み込めない部分に反論する。
葵は、特に何も反論することはなく、受け入れるように、バツが悪そうに佇んでいる。
「そう、処刑だよ処刑。犯罪のようなものを犯したんだ。処刑されて当然だろう?」
……この男は何を言っているのだろう。
「……僕は一般人の感覚で生きているので、魔法使いの大罪とか犯罪とかよくわからないですけど、処刑するほどのことですか?僕が黙っていればいいだけの話ではないのですか?」
「──ああ、安心してくれ。君は完全に沈黙するはずだから大丈夫だよ」
続けて話す。
「君も死ぬことになるし」
「……は?」
◇
「魔法使いの血液は確かに治癒力の塊ではある。だけれども、今まで輸血された人間は大概が死んでいる」
「……」
「……まあ、死ぬっていうと語弊があるかな。結果的にはそうなるから同じようなもんだけれど。
治癒力が高いっていうことは、概念的に巻き戻る性質が高い、ということだ。魔法使いは概念に対して耐性があるからともかく、一般の人間がその巻き戻しを食らったらどうなるか?想像してみなよ」
想像してみなよ、って言われても……。概念がどうとかよくわからないのですが。
「……子どもに戻るとか?」
「お、正解。君、素質あるんじゃないかなぁ」
立花さんはそのまま話を続ける。
「そうだ、子どもに戻るんだ。巻き戻しに対して耐性が存在しないのだから、普通の人間なら徐々に身体の時間軸が巻き戻って、そうして子どもになり、赤ん坊になり、そして胎児になって、最後には無に還元される。
記憶も巻き戻るから、なんで若返るかもわからないまま、死んでいく。
君に用意されている結末なんてそんなものなんだよ」
立花は、そう語る。
「──でも、少しおかしいんだよなぁ。
もう輸血されて一時間ほど経過しているけれど、なぜか君は巻き戻ることがなく、記憶がおぼつかない状態になることもなく、そして魔法使い同士でしか認識できない会話を君は聞き取ることができた。うん、実に不思議だ。興味深い」
ふむふむ、と立花は頷きながら、そしてベッドからぴょんと飛び降りた。
「君、右手の甲を見せてみて」
彼はそう言う。事態が飲み込めないので促されるままに見せようとするけれど、先ほど感じた電流のような痛みが走って上手く上がらない。そんな様子を見て、葵がしぶしぶというような雰囲気で右手を立花に見せた。
「……ないか。そりゃそうか」
勝手に一人で納得している。何が知りたいんだろう。
「それじゃあ、左手にはどうかなぁ?」
そう呟きながら、今度は左手を彼は拝借していく。
そして、見るや否や。
「ははー、これは凄い。こんなことがあるんだねぇ」
驚きと喜びを混じらせた声をあげている。その声につられて葵も僕の左手を覗くのだけれど、彼女も見るや否や、信じられないものでも見るように動揺を隠せない。
「……それで、どういうことなんですか?」
事態がわからないから、僕はそう聞くと、立花は嬉々とした表情で答える。
「──ええとね。君、今日から魔法使いね」
「……はい?」
意味が分からないまま、彼はそんなことを言って笑った。
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