死ノモリガール

白天狗

第1話「死の森で出会った奴」

 とうとう私は踏み入れた。『死の森』と呼ばれた場所の中へ。

そこは、辺りを見渡す限り無数の木が並ぶ。日は完全に沈み、真っ暗となったことで不気味さをより増している。

生命の気配を全くもって感じることができない。気温の低さもあり、寿命が短くなっていくような心地がした。まさに、私の生涯を閉じるには相応しい場所だった。


なぜ私がここに来たのか?簡単なこと。単に死にたくなった、それだけ。

こんなにつまらない現実世界で生きていくことに、私は嫌気を感じた。どうせ私という存在に、何の価値もないんだ。

別に私の家が貧乏とかいうわけではない。むしろ逆。私の家は裕福な家庭であった。

しかし、私の人生にはいいことが全くない。学校では、クラスメートの誰にも近づかれず、友達など誰一人できなかった。

家でも、気にかけてくれているのはいつも姉ばかりで、私には見向きもされなかった。

私は、こんな世界に絶望した。だから、選ぶ道はただひとつ。


ホチキスで留められたように口を一切開けることなく、森の奥へ脚を動かす。出口は遠ざかり、もう後に戻ることはできない。

この森が『死の森』と呼ばれている理由…それは、ここに入ったことで亡くなった人が沢山いるためだ。

そのためここは自殺の名所として有名になり、ネットの上では、所謂都市伝説と化している。

なお、その人達の死因はいずれも不明。調べるために踏み入る人もいないからね。


「…?」

ふと、私は立ち止まった。

「何だろう?」

異様な気配を感じる。今まで歩いていた時には、何も感じなかったのに。

ガサガサと草が擦れる音が聞こえた。間違いなく何がいる。

何故だろう、無意識のうちに、交互に動く脚の速度が速くなる。


「はぁ、はぁ」

暫くして、息が切れ始めた。ふと顔を上げると、いつの間にか目の前に何かが立っているのに気がついた。


「…ひいッ!!」

驚いて血の気が引いた。私の目の前に現れたのは、大きくてもふもふした物体。見上げると、二本の腕を上げ、鋭い爪を振り上げていた。

少しずつ、私の近くに向かってくる。私は確信した。


こいつは…けだもの


急に怖くなり、私は逃げ出した。

何で逃げているんだろう。私は死にたくてこの森に入ってきたのに。

だったら大人しく襲われて死んだらいいのに。しかし何故か、恐怖に怯えて逃げ惑ってる私。

それ以前に、逃げるために走る体力なんてないのに。こんなときに体力を使うことになるなんて思ってもいなかったのに。

ただ、私は、やっぱり死ぬのが怖い、もうちょっと生きていたいと思うようになったのだ。


獣は私をロックオンしたかのように追ってくる。いくら逃げても、距離は縮んでいくばかりだ。どうしよう、このままでは襲われてしまう。

フォークのような鋭い爪で全身を刺され、この思春期の少女の柔らかい肉を、赤黒い液体を吹き出させながら切り裂かれる…そんなことを考えているうちに、足取りが重くなっていく。

敵わないと悟った私は、道端に落ちていた大きめの石を拾った。

「よし、これで…

意味あるかわからないけど、こうするしかない…くらえ!」

私は追手の足元に向けて、石を投げつけた。

見事左脛に当たった。この時に聞こえた音は、なぜか機械が壊れたような、異質な音だったが、そんなこと気にせずに、私は残り少ない体力を振り絞って逃走する。


「はぁ…

流石にここまでは追ってこないでしょ…」

ひとまず、私は安心しようと思った。だがその時だった。


「!?」

ものすごい勢いで、こちらに向かってくる物体。おそらくさっきの獣だと思うけど…

「あ〜もう何なのよ!!いくら何でも、しつこいわよ!!」

恐怖を通り越して、怒りに変わっていくこの気持ち。でも、怒ったところでどうにかできる問題ではない。

とりあえず、私は木の影に身を隠す。するととんでもない光景を見てしまった。


こいつ、背中から生やしたジェット噴射の勢いで飛んでる!!


でも、私という標的を見失い、どこかへ行ってしまった模様。

「とりあえず、もう大丈夫ね

出ようかしら」

私はこう言って、道へ戻った。


すると、私は何かに捕らえられた。

両腕で体を掴まれて、地面に仰向けに倒された。さっきの熊だ。見失ったと思って、完全に油断してしまった。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!やだやだやだやだ!!死にたくない!まだ死にたくない!死にたくないよぉぉぉぉぉぉ!!」

涙目になって泣き喚く。

何故か、「ウイーン」と機械が動くような音がする。

って、何あれ!?獣の背中から、血の付いた大振りの包丁と、回転ノコギリが付いた2本のアームが現れた。

一体どうなってるのよ!?より一層、逃げたいという気持ちが大きくなる。


『ぐふふふふ…その顔、いい…

たまらない…』

人間の女性らしき声がどこかから聞こえた。

「な、何よ!誰かいるなら、助けてっての!」

『あなた、最高。もっと恐怖に怯えて、泣き喚く顔が見たい。』

「ふざけないで!一体誰なの!」

『あら〜、これじゃあさっきの顔が台無しになっちゃうな〜…

一回、痛みを与えよう』

さらに、背中からスタンガンの付いた腕が現れ、私に向ける。

『ぐへへ、あなたの痛みと恐怖で歪んだ表情…見たい…!』


やっぱり私、死んじゃうんだ。こいつにぐちゃぐちゃに肉を引き裂かれて、殺されるんだ。

改めて、この森に入った者は、本当に生きては帰れないんだと悟った。

私は諦めて、大人しく死ぬという選択をした。


「あああああもう!早く私を殺してよ!焼くなり刺すなり切り裂くなり叩き潰すなり千切るなり、好きにしていいから!!」

私は叫んだ。と、その時。

スタンガンが落っこちて、熊の足に当たった。

それによって熊は電撃に苦しんでのたうち回る。何してんのよ。

暴れ回っているうちに、頭の部分がずれ始めた。そして頭が地面に落っこち、人間の顔が現れた。

どうやら、着ぐるみだった様子。


着ぐるみはバチバチと火花を上げ、故障する。煙を上げながら中身の人間ごと倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ…

やってしまった…」

着ぐるみの中から現れたのは、透き通るような色の水色の長髪で、眼鏡をかけた美少女だった。


目の前の状況に理解が追いつかず、私はただ、言葉を失うばかりだった。

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