20-T-11 坂の曲りたるところ
【特別会場のお題】
和風ファンタジー
【あらすじ】
坂下(さかのした)に生まれた者は、「お呼び」がかかった時に坂を下る。坂のおしまいの曲がり角を行くと、大きな岩の向こうに小さな社がある。誰かの影はあるが、その姿は見えない。向こうの人びとは村の助けになることを教えてくれる。
ある時、向こうの人びとから「最も昏き穴より禍いが来たる」と教えられた坂下の童は、村の政を担う火守にそれを伝えるが、彼らは聞く耳を持たない。向こうの人びとを信じる童は、龍を相棒とする村の仲間と、海の向こうから来た鬼と共に黄泉へ下り、そこに住まう魑魅魍魎の知恵を乞うことにする。
【本編】
わたしの村はこんもりとした山の上にあり、親の
わたしの家は
村のみなはわたしたち坂下をありがたく思っているが、少し怖がっている。
山のてっぺんには塚穴があり、村の人が死ぬとそこに放りこまれる。穴は
わたしが幼い時、母が悪い気に障り、
ある日、母は「
わたしはずっと母を待っていたが、母は戻らなかった。空では細い月が沈んでいった。
父は松明を持ちわたしと母を探しに来て、坂の上にいるわたしを見つけた。父はわたしの手を引き坂を下った。わたしは初めて御巌様を見た。御巌様の口は閉じていたが、その前に薄い翠玉の首飾りが置いてあった。
母のものだった。
父はそれを拾い上げてわたしの首にかけた。
「これからはおのれのところにも
それから父は坂下の生業を教えてくれた。
長い夜には御巌様に酒を供えること。長い昼には鯨の腹から取った香を焚くこと。茜色の月の夜には坂を下りないこと。向こうの人びとに母のことを尋ねてはならず、母に会いたいかと聞かれたら「わたしに母はおりませぬ」と答えること。
初めて
坂を下り曲がった先の御巌様は少しだけ口を開けており、わたしはその隙間に滑りこんだ。
そこには石で造られた小さな社があり、ひとりでに松明が燃え、わたしは向こうに動く影を見た。
わたしが一礼し頭を伏せていると、彼らは言った。
「井戸に
「水が毒される、引き抜かねばならない」
淡々と語るので、彼らはわたしが新しい坂下になったことに気づいていないのではないかと思った。だが、わたしが礼をして立ち去ろうとすると、彼らはこう尋ねてきた。
「
「わたしに母はおりませぬ」
その問い合かけは、わたしが社を訪れるたびに繰り返された。
それからいくつかの春を越え、わたしはすっかり
その日、坂を曲がり御巌様の中に入ると、いつもより社を
わたしは一礼し顔を伏せて待った。彼らはなかなか語り始めず、社の奥でひそひそと話しこんでいた。こんなことは初めてだった。
やがて、向こうの人びとは言った。
「最も
「最も高き場所より来たる」
穴とは山のてっぺんの塚穴のことだろうか。わたしは尋ねた。
「それは如何なるものか」
彼らはその問いには答えず、ぐっと声をひそめて言った。
「
稗田というのは山の下にある集落のひとつである。そこで暮らす者たちは山の上のわたしたちが食べる作物を育てたり、海に出て漁をしたりしている。彼らは雨が足りない時や悪い気が現れた時に山にやって来るので、そういう時には
稗田に鬼が居るというのは初耳だった。向こうの人びとなら真っ先に知らせてきそうなものだが。
「禍いとは鬼のことか?」
人びとは口ぐちに言った。
「
「鬼は南の海を渡って来た」
「山を下り稗田の鬼を訪ねよ」
山を下れと言われても、坂下の者は山から下りない。そういう決まりだった。父が穴に放りこまれてから二度の春が過ぎており、わたしの他の坂下はみな年寄りで頼りにならない。村の誰かに話さねばならないだろう。
礼をすると、彼らはいつものように言った。
「童よ、母が恋しいか」
「わたしに母はおりませぬ」
わたしは御巌様を後にした。さて、どこへ行ったものか……。
物思いに耽りながら歩いていると、わたしは何かを踏みつけ、それが
龍は
時おり、
この龍の童は龍籠のところから逃げてきたのだろう。それはとても腹を立てた様子で、わたしを睨めつけて言った。
「無礼もの!」
本当は龍籠の生まれでない者は無闇に龍と話してはいけないのだが、わたしは膝をついて詫びた。龍は村にとって大事なもので、怒らせてはいけない。
「すまない」
わたしはこれほど近くで龍を見るのが初めてだった。蛇の体、尾の先には花びらのような房、貝殻のような鱗、
龍は鼻面に皺を寄せた。
「
わたしは頷いた。
「如何にして償えるだろうか」
龍は髭をなびかせて言った。
「詫びの印に
稷を米に混ぜると甘い餅ができる。龍が餅を好むとは聞いたことがないが、童をよく眺めると心なしかふくふくとしているように見えた。
「左様に」
わたしは龍の童を龍籠まで送り届けることになった。わたしに抱えられ、龍は上機嫌で尻尾を揺らしていた。鱗に当たった腕の皮がぴりぴりする。龍は宙を飛んでいるものなので、地の上にいたり抱えられるのを好むこの童は変わり者なのか、ただ甘いものを食いすぎて体が重いのか。
だが、いくらもしないうちに行く手から走ってくる者があった。わたしと同じくらいの童で、腕や首に鱗の
彼はわたしと龍を見て言った。
「おのれが俺の龍を拾ったのか」
「すまない、踏みつけにしてしまった」
龍は地面に下りて龍籠の童に言った。
「稷餅で許してやることにした」
龍籠は顔をしかめた。
「ならぬ、そもそもおのれは食いすぎなのだ、だから
龍は怒って大地にひっくり返り、ぬたうち回って駄々をこねた。
「むうううぅぅ、わしは餅を食うのじゃ」
「やめぬか。おのれは
龍籠がさらに叱りつけようとすると、そこに別の者が現れた。
「
それは龍籠の父親のようで、飛んぼというのは彼の呼び名らしい。父親の上には松の木のように大きな龍が凧のように従っている。それに気がついた龍の童はひっくり返るのをやめ、いそいそと飛んぼの肩に上った。
飛んぼは父親に語った。
「坂下が俺の龍を捕まえた」
父親はわたしに言った。
「それは苦労をかけた」
これでわたしの用は済んだので立ち去ろうとすると、龍が飛んぼに言った。
「坂下は何か困っているぞ」
龍は人の心が分かるのだろうか。それでどうしてわたしを助ける気になったのだろう。もしかすると、わたしから餅をもらうのを諦めていないだけかもしれない。
わたしは向こうの人に言われたことを龍籠たちに話すことにした。
話を聞いた龍籠の父は難しい顔になった。
「稗田に下れとな……
火守は山の南東で暮らしており、わたしはほとんどそちらに行ったことがなかった。彼らは星を読み
龍籠の父は言った。
「おのれひとりでは心細かろう。飛んぼ、ついていっておやり」
飛んぼは頷いて、わたしに向かって言った。
「行こう」
わたしたちは黙っていた。何を話せばいいか分からなかったのだ。飛んぼの肩の上の龍はゆらゆらと尻尾を揺らし、わたしと目が合うとにまりと笑った。
しばらくして、飛んぼはわたしの腕をちらりと見た。
「龍の鱗に触るとあざができるぞ」
「そうなのか」
龍籠はみな鱗のあざがあるので生まれつきかと思っていた。
「もう赤くなっているな。あとでうちに来い、軟膏を塗ってやろう」
「軟膏で消えるのか」
「いいや。ひりひりを減らすだけだ」
そんなことを話しているうちに火守のところに着いた。
⚫︎結果
1位票:4
2位票:7
3 位票:8
合計:34pt
会場順位:4位/25
(参考総合順位:同率19位/125)
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