第9話 ぼくと花子さんと河童

 いつも通りの放課後の旧校舎3階の女子トイレ。


「私が言うのもなんだけど、あんたヒマなの?」


「ホント花子さんに言われたくないです」


 ぼくはすかさず反論。


「私はここから出られないし」


「ていうか、花子さんが毎日来るようにって言ったんじゃないですか」


「そうだったかしら?」


 とぼける花子さん。


「まぁ、こんな熱心に私の暇潰しに付き合ってくれたのはあんたが初めてかもね」


「その口振りからすると過去にも犠牲者が?」


「犠牲者って人聞き悪いわね。まぁ、何人か居たわよ」


 花子さんは指を折りなにかを数える。過去の犠牲者……話相手を数えてるのだろうか。


「まぁ、ほとんど女子だったわね、男子はトイレの前まで来て怖気づいて逃げるのよ。『女子トイレだから』とか言い訳するやつも居たわ。」


 花子さんは呆れ顔。


「それに比べて女子は怯えてても、ちゃんと3番目の個室まで来るわね。それでも私の話相手になってくれるのは10人に1人くらいかしら」


「話相手になってくれた子はいまどうしてるんです?」


「さあ?大体が卒業と同時に来なくなったわ。ケンカしたっきりの子もいるし」


 花子さんは遠い目をする。


「へぇ」


「卒業まで付き合ってくれたって言っても、あんたほど頻繁には来なかったわ」


「じゃあ、ぼくも来るの控えようかな」


「なによ!皆勤賞を目指しなさいよ!」


「ええぇぇぇ」


 あからさまに嫌そうな顔をする。


「嫌そうな顔するんじゃないわよ」


「花子ぉ、遊びに来たぜぃ」


 廊下から声がした。声の方へ視線を移すと


「カッパだ!!!」


 そこに居たのは緑色の体表、長い手足、背中には亀のような甲羅、腰には藁でできたスカートのような物を巻き、指と指の間には水掻き、口は鳥のようなクチバシ、頭には皿、まさに伝え聞くカッパの姿があった。


「おう!元気だねぃ少年。俺こそキングオブ妖怪のカッパ様だ!」


 歌舞伎っぽいポーズで自己紹介。


(いいんですか?花子さん)


 ぼくはカッパに聞こえないように小声で話す。


「なにがよ?」


「おいおい、俺の前で内緒の話かぃ?男として器が小さいんじゃないのかぃ。気にするこたぁねぇ、俺にも聞こえるように話しな」


「……花子さんは知名度とか頂点とか気にするからムキになりそうだなって思って」


「ああ、いいのよ。こいつは妖怪。私は幽霊。ジャンルが違うわ」


「そういうことだぃ。ま、仲良くしようや」


 カッパは握手を求めぼくはそれに応じる。


「あ、あの~」


 カッパの後ろから控えめな声と共に現れたのはぼくと同じくらいの少年。その少年の頭は前頭部から後頭部まで髪が無いが側頭部あたりは髪が残っており角のように逆立っている。


「この人は?」


「ん?あぁ、こいつぁ、あずき洗いだ。ほら自分であいさつしろぃ」


 カッパはあずき洗いの背中を軽く叩く。


「お、おいらはあずき洗いって言うんだ。あずきに限らずなにか洗うのが趣味だ」


 人付き合いが苦手なのだろうか、あまり目が合わない。


「カッパよぅ、これどうするだ?」


 あずき洗いはざるに乗った大量のきゅうりを出す。


「おぅ、そうだったぃ!後でみんなで食べようやぃ」


「あんた、どっから盗んできたのよ?」


「おいおい、これはお供え物だぜぃ。俺は崇められる存在だからな」


「へぇ、以外です」


「少年も俺が悪いやつだと思ってるのかぃ?この際だ!誤解を解こうじゃないか!なんでも聞いてみぃ」


 カッパは座り込む。


「ん~…尻子玉ってなんですか?」


 最初に浮かんだ質問がこれだった。


「んーなんだろうな」


 誤魔化しているのか曖昧な返答。


「本人でもわからないんですか?」


「抜かれた人は腑抜けになるらしいが、俺は抜いたことないからな。そもそもホントにあるのかも知らん!」


「じゃあ、よくオカルト番組の特集でカッパの腕のミイラとかありますけど、あれは本物なんですか?」


「本物もなにもあれは俺の父ちゃん腕だ!」


「そうなんですか!?」


 ぼくは一気に興味が湧いてきた。


「俺の父ちゃんはな、戦国時代の大名と仲良くてな、その大名と天下を取り泰平の世を築きたいってよく酒を交わしてたらしいのよ。そのためには足掛かりとしてなにか手柄を上げなくちょいけなかったのよ」


「うんうん」


 聞き入るぼく。


「そこで父ちゃんは自分の腕を差し出すことを提案したのよ。あの時代はモノノケを討伐したら一気に有名人よ」


「お父さんはどうなったんですか?まさか死んだんですか?」


「死んじゃいないさ、腕を切り落とし大名に渡しただけだからな。親友のためなら腕一本くらい安いもんってな!カカカカッ」


 父親が誇らしいのか独特な笑い方で笑う。


「なんかカッコいいですね」


「ありがとよぃ、そして大名は富と名声を手に入れ大名を慕う人々も増え苦労はあっただろうが無事に天下泰平を成し遂げたってわけよ」


「大名さんとお父さんはその後どうなったんですか?」


「尊敬する人が悪とされるモノノケと仲が良いって聞いてみろぃ、たちまち信頼はガタ落ちよぅ。お互いもう会う事はないって理解してたと思うぜぃ」


「なんか悲しいですね」


「悲しむこたぁねぇ、互いが互いにいがみ合ってるわけじゃねぇんだ。大名は片腕を犠牲にした友の為になにより友と語った泰平の世を守る為に我慢してたと思うぜぃ」


 カッパは鼻をすする。


「そして大名は自分の偉業を後世に伝えるために父ちゃんの腕を寺に保管したんだ……というのは建前で実際は父ちゃんとの友情の証として保管したらしいがな。余談だが父ちゃんの腕と一緒に酒器も保管されたって聞いたな。2人が夢を語った時に使っていた酒器をな」


 カッパが話し終えると


「おおお!」


 ぼくは感動で拍手。


「なに長々とウソ言ってんのよ」


「え!ウソなんですか?」


 花子さんの衝撃の一言にぼくは驚く。


「いやぁ、少年は素直だから興が乗っちまったぃ」


 嘘である事を否定しない。語られた美談は作り話だった。


「じゃあカッパの腕って」


「少年、考えるな!信じろ!」


「ニセモノでしょ」


「花子よぉ、ロマンがねぇぜ」


 ぼくはスマホを取り出し操作する。


「それじゃあ、この動画はホンモノですか?」


 スマホの画面をカッパに向ける。


「どれだぃ?」


 カッパはスマホを覗き込む。動画は橋の下の川でカッパらしき影が泳いでる動画だった。


「これは………」


「どうですか?」


「少年よ、これはどういうことだ!未確認生物UMAカッパ発見だと!!」


 動画のタイトルを見て急になにかが爆発したかのように喋りだす。


「俺は由緒正しき妖怪だ!断じて未確認生物だのUMAなどではなぃ!」


「ぼくには妖怪や未確認生物の違いがわからないです」


「そぅ!それが問題なんだ!曖昧な線引きのせいで未確認生物として扱われるのが屈辱だ!それとお前!!」


 カッパの怒りの矛先はあずき洗いに向けられた。


「お前はいいよな!ちゃんと妖怪として認知されてて」


「そんなこと言われても……」


「お前はきゅうり洗ってろぃ!」


「はい…」


 完全にとばっちりだ。


「私も時々、幽霊じゃなく妖怪として扱われてイラッとするわ」


「さすが花子!同じトップに君臨する者として話が通じるなぁ」


「ええそうね」


「私は幽霊の頂天よ!」

「俺は妖怪のトップだ!」


 2人揃って似たような事を言い放った。


(息ぴったしだ)


「ちょっとばかし熱くなっちまったぃ。あずきぃ?きゅうり2本」


「は、はい」


 あずき洗いからきゅうりを受け取り、そのうち1本をぼくに差し出す。


「どうだぃ?」


「花子さんにはいいんですか?」


「花子は食べれねぇからな。うまいぞ!ホレ」


「ええと、遠慮します」


 ぼくは戸惑いながら断る。


「なんだ?最近の子供は人の厚意を受け取らないのか?新鮮でうまいぞ!ホレホレ」


「い、いいです」


「少年よぉ、これはな農家の人が丹精込めて作ったんだ。いわば農家の人の魂だ!だから俺らは農家の人に感謝の心をだな」


 カッパはお手本と言わんばかりに手に持ってるきゅうりをバリバリボリボリ食べる。


「ホラ!言ってみ、農家の人に感謝の心」


 カッパは復唱要求する。


「の、農家の人に感謝の心」


「よし!これで食べる気になったかぃ?」


 ぼくは首を横に振る。


「なんでだよぃ」


「だって……」


 ぼくは個室トイレの方を指差す。そこにはせっせときゅうりを洗う、あずき洗いの姿が。便器の水で洗うあずき洗いの姿が!


 カッパは口を手で抑え立ち上がり空いてる個室トイレへ駆け込む。


「おええぇぇぇ」


「あずき洗いの健気さになにか込み上げてくるものがあったのかしら?」


 花子さんは小バカにする。


「ぉうぇぇぇえ」


「ちょっと!ちゃんと流しなさいよ」


 ジャーと水を流す音の後に個室からカッパが出てきた。


「なんてこったぃ」


 口元を手で拭う。


「あずきぃ!どこできゅうり洗ってるんだぃ」


「え、便器の水です…」


「そんなトコで洗うんじゃないよぃ!」


「でも、すごくきれいですよ」


 どこに問題があるのかわからないと言いたそうな顔で答える。


「そうよ!ここ何年も使われてないし 毎日、私が拭き掃除してるんだから!」


「そういう問題じゃないぜぃ…あ~あ、新鮮なきゅうりが台無しだぃ。帰るぞ!あずきぃ」


「う、うん」


「あら帰るの?また、よっつんと川流れしてきたら」


「バカ言うんじゃねぇよぃ!それじゃあな」


 カッパは後ろ手に手を振る。その横を歩くあずき洗いは振り向き会釈。ぼくも会釈を返す。


「山に帰ったらきゅうりを洗い直してくれぃ」


「いいの?」


「お前の洗ったきゅうりはうまいからなぁ」


「うん♪」


 一段落して少し沈黙した後、ぼくは口を開いた。


「ところで、幽霊と妖怪の違いってなんですか?」


「そうねぇ、簡単に分けると物理的接触が出来るか出来ないかってトコかしら」


 ぼくはカッパの行動を思い出す。


「そういえば、きゅうりを持ったり食べたりしてました!」


「そ、せっかくだし幽霊と妖怪の出来ること教えてあげる」


「はい!」


 ぼくは正座して姿勢を正す。


「まず、幽霊は物理的接触は出来ない、力を使ってポルターガイストを起こせる、普通の人に見えるようにも出来るし消えることも出来る。これに関してはあんたのような霊感持ちには意味ないけど、あとは触れた服に着替えることが出来るくらいかしら」


 幽霊の情報は特に目新しい情報は無くぼくも知っている情報だ。


「妖怪は?」


「妖怪はね、さっき言った通り物理的接触が出来る。それぞれ固有の能力を持ってることが多いわね。幽霊と同様に見えるようにも出来るし消えることも出来る」


「聞いてる限りだと見た目で判断するしかないですね」


「それも難しいのよ、ゆきおんなは妖怪だし、カッパとかはどうか知らないけど人間の姿をしてる妖怪は幽霊と同じように触れた服に着替えれるわよ」


 花子さんの話を聞いて、ぼくはある仮説に辿り着いた。


「もしかして首なしライダーさんは妖怪なんですか?」


「まぁそうね、でも細かく言うなら妖精らしいわ」


「なんか、複雑…」


「他にも付喪神ってのもいるけど、またの機会にしようかしらね」



【おまけ】


 2人の少年は旧校舎前に立っていた。


「この前はお前があのマスクの女にきれいとか言うから、あんなことになったんだぞ」


 ガキ大将は取り巻きを責める。


「ごめん…でもあのお巡りさんに声をかけなければ、もっと怖い思いしなかったのに…」


「ああ?俺が悪いってのか?」


 ガキ大将は拳を振り上げる。


「バウッバウッ」


 ガキ大将の行為を制止するように鳴き声が、2人は揃って鳴き声のした方を見る。そこには1匹のブルドッグが


「おい、なんだよあれ?」


「わからないよぉ」


 そのブルドッグの顔は人の顔をしていた。怯える2人に向かってブルドッグは言った。


「見てんじゃねーよ」


「ぎゃああああぁ」

「ぎゃぁぁあ」



≪次回予告≫


 彼女に質問するなら気をつけて 彼女はルールに厳しい ルールを破ってひどいことされても文句は言えない 霊的な世界できつねは高位の存在 人間が質問すること自体おこがましい 敬意を払うのは最低限のルール あとは油揚げをお忘れなく

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