ぼくと花子さん

@TaikibanseinoBonzin

第1話 ぼくと花子さん

 〔トイレの花子さん〕80年代に爆発的に日本中に広まった怪談、都市伝説。当時の子供達はもちろん現代の子供達も知らない子はいないであろう人物である。


 この物語の舞台は主に旧校舎の3階の女子トイレ。そこを目指す1人の少年の姿があった。この物語の主人公の“ぼく”だ


(めんどくさいなぁ、5年生に上がった途端にこんな目に遭うなんて…なんで目をつけられたんだろう)


 ぼくの容姿はごくごく普通で良くも悪くも素朴な見た目だ。服装は半袖半ズボン。


(えっと、どうすればいいんだっけ?)


 ぼくはこうなった経緯を思い出す。


~~~回想~~~


 帰りの会が終わりぼくはランドセルを背負う。


「おい!ちょっと付き合え!」


 ぼくに話しかけてきたポッチャリ気味の少年はガキ大将。


「え、でも帰りたいんだけど…」


「俺に逆らうのか?」


「そうだ!そうだ!」


 威圧するガキ大将の後ろで合いの手のようにガヤを入れるのは取り巻きだ。


「はぁ、わかりました」


 ぼくは仕方なくガキ大将に従う。


「よーし!ついてこい!」


 ガキ大将は先導し取り巻きはぼくが逃げないか監視しながら後についていく。ぼくはその2人の後についていく。


「ここだ!」


 ガキ大将の先導で辿り着いたのは新校舎の隣にある旧校舎だった。


「ここでなにするんですか?」


「お前、“トイレの花子さん”って怪談知ってるか?」


「ええまぁ、3階の女子トイレの手前から3つ目の個室トイレとか一番奥の個室トイレとかに出るんでしたっけ?」


「そうだ!今からお前がその怪談を試して来い!」


「ぼくがですか?イヤだなぁ」


「なんだと!俺に逆らうのか!」


「そうだ!そうだ!」


 ガキ大将は拳を振り上げる。その横で取り巻きがガヤを入れる。


「この人じゃダメなんですか?」


 ぼくは取り巻きを指差す。


「な、なんでボクが!!」


 自分は大丈夫だと思ってたのだろう。突然、候補に挙げられて動揺する取り巻き。


「うーん」


 考えるガキ大将。


「ちょっと迷わないでよ!」


 自分の立場が危うくなり必死で訴える。


「そうだな、予定通りお前が行ってこい!」


「じゃあ、この人と一緒に行きます」


 ぼくは取り巻きの腕を掴む。


「ボクを巻き込まないでぇ!」


 取り巻きはぼくの手を振り払いガキ大将の背中に隠れる。


「ボクは荷物運びとか見張りとかいろいろ役に立つからダメなんだ!」


 要はガキ大将のパシりに甘んじるようだ。


「そういうわけだ!お前ひとりで行ってこい!」


「……わかりました」


 ぼくは歩き出す。新校舎へ向かって


「おい!どこ行く気だ!」


「3階の女子トイレです」


 ただし新校舎の方である。


「待て!このやろー」


「いろいろ役に立つ友達に止めさせればいいじゃないですか」


 ガキ大将は取り巻きを睨む。


「ひっ!ま、待てー」


 言葉は無くとも状況とガキ大将の表情でなにをすべきか理解した取り巻きはぼくを追いかける。


「待てってばー」


 ぼくに追いついた取り巻きはぼくの腕を掴み引っ張る。


「じゃあ、ぼくと一緒に行きましょう」


 ぼくは引っ張られる腕を気にも留めず歩き続ける。


「イーヤーだー」


 ぼくの力が強いのかそれとも取り巻きの力が弱すぎるのか取り巻きはズルズル引きずられる。それでも放さないのは戻っても痛い目に遭うからなのかもしれない。


「ねぇ、君はこのままでいいの?」


「え?」


 歩きながらぼくは取り巻きに問いかける。


「今の関係続けてたら君がひたすら苦労するだけだと思うよ」


「ボクは…」


「待てっつってんだろ!」


 取り巻きが大事な一歩を踏み出せそうなところで見兼ねたガキ大将が自らぼくのもとへ。


「そっちじゃねー」


「3階の女子トイレならどこでもいいじゃないですか。全国で花子さんの怪談があるんですから」


 ぼくは足を止め言う。


「旧校舎の方が雰囲気出るじゃねーか」


「放課後の新校舎もそれなりに雰囲気出ると思いますよ?」


「いいから来い!」


 ガキ大将に腕を掴まれ引っ張られる。さすがにガキ大将を引きずって歩くのはムリだと思いぼくは大人しくついていく。そして再び旧校舎の前へ。


「具体的にぼくはなにすればいいんですか?」


「“旧校舎”の3階の女子トイレに行ってこい!」


 ぼくが新校舎に行こうとしたせいか“旧校舎”を強調する。


「はい、行ってきて終わりですか?」


「女子トイレの奥の窓から顔を出せば許してやる」


(『許してやる』ってぼく悪い事してないのになぁ)


「聞いてんのか?」


「あ、はい!2人はどうするんですか?」


「俺達は旧グラウンドでお前が顔を出すのを待ってる」


 旧グラウンドは新校舎と旧校舎の裏にあり今は使われていない。立ち入り禁止ではないが、あまり管理されてないせいか日が沈み始めると少し怖い雰囲気になる。その旧グラウンドからならトイレ奥の窓を確認できるのだ。


「わかりました」


 ぼくは旧校舎入り口前に立つ。入り口のすぐ左には二宮金次郎の銅像が設置されている事に気づき、ぼくはそれをボーッと眺めていると


「おら!さっさと行け!」


 ガキ大将に背中を叩かれ半ば強引にぼくは旧校舎の中へ。


「逃げんなよ!」


「はぁ」


 ぼくはため息を吐き2人に背を向け正面の階段へと歩き出した。


~~~回想おわり~~~


(3階か……やりたくない事をやらされるのって気が重いなぁ)


 1階と2階の間の踊り場で立ち止まり3階へ続く階段を見上げる。そして振り返り旧校舎の出入口付近を見る。先程まで居た2人の姿はなかった。恐らく旧グラウンドへ行ったのだろう。


(逃げようと思えば逃げれるんだよなぁ、でも明日まためんどうな事になりそうだしなぁ)


 悩んだものの逃げる選択肢は捨て3階を目指すことにした。2階に着くと掃き掃除をする用務員らしき男性が居た。


「こんにちは」


 ぼくは用務員さんと目が合い挨拶する。


「廊下は走るなよ」


 用務員は優しく穏やかな口調で言った。


「はい!」


 ぼくは元気よく返事をし3階を目指す。


「それにしても木造の旧校舎がまだ残ってるのってすごいなぁ」


 ギシッギシッと軋む階段を上りながらあちこち見回す。


「これ、なんの跡だろう?」


 2階と3階の間の踊り場に上ってすぐ左の壁の一部だけ色が違う。


「絵とか飾ってたのかな?」


 その跡はぼくが少し見上げるくらいの高さにあり、ぼくは絵が掛けられていたと予想。


「どんな絵だったんだろう?」


 気にはなったものの深く考える程のことでもなく再び3階を目指そうとするが


「ここにも跡が…」


 絵が掛けられていたであろう壁の向かいの壁にも何かが掛けられていた跡があった。その跡は床からぼく2人分くらいの高さに及ぶ。


「ここにはなにがあったんだろう…」


 先程とは違い深く考える。


「掛け軸……うーん、違う気がする」


 情報が乏しく納得できる答えを見出だせない。


「うーん、うーん……まぁいっか!」


 諦めた。そして、ぼくは3階へ続く最後の階段を上り何事もなくあっさり3階に到着。


「えっと、トイレは?」


 3階に辿り着いてもそれで終わりではない。ぼくは廊下へ出て左右をキョロキョロ。


「あった!」


 トイレは階段を上がってすぐ左にあった。左が男子トイレで右が女子トイレだ。ぼくは男子トイレに入る。


「あ、そっか!女子トイレだった」


 習慣的に男子トイレに入ったが目的地は女子トイレだったことを思い出しすぐに男子トイレから出て隣の女子に視線を向ける。


「あれ?ドア?」


 ぼくの目に写ったのはドアだった。ドアそのものは特殊なものではない。ただ、男子トイレにはドアなどなく廊下からでも中が見えるのに対し女子トイレはなぜか蓋をするようにドアがある。ぼくは違和感に気づきつつもそのドアを開ける。そこには更なる違和感が目の前に広がっていた。


「普通のトイレだ」


 そこにはまるで今でも誰かが管理してるかのような綺麗な普通のトイレがあった。入って左には木造の旧校舎には似つかわしくないほど清潔感のある洗面台が2つ。ぼくはその洗面台に近づくとまた違和感に気づく。


「これってもしかして…」


 蛇口に手をかざす。すると水が流れた。


「すごい…」


 驚きと感動でこれ以上言葉が出なかった。洗面台が今も使用できる事がすごいのではない。蛇口には水を流すハンドルがなく手をかざすと水が流れる。つまり自動水洗なのだ。さらに蛇口の左隣にはもう一つ蛇口のようなものがある。ぼくはそちらにも手をかざしてみると白くモコモコしたものが出てきた。


「ハンドソープ…」


 手についた泡を水で洗い流してると洗面台の隣に見覚えのある機械があった。ぼくはその機械の使い方を知っている。その機械には手を入れる部分があり、そこに手を入れると風が出るのである。そうハンドドライヤーだ。


「ちゃんと使える」


 手を乾かすついでにハンドドライヤーが使用できる事を確認。手を乾かし後ろを振り返る。洗面台の向かい側、トイレに入って右側の壁には奇妙な物があった。


「テレビ?」


 テレビが置いてあった。ただ置いてあるわけではない。ご丁寧にテレビ台の上に置かれてあり壁に平行になるように置いてある。テレビ台の中にはDVDプレーヤーらしき機械がある。これは置いてあるというよりは設置されていると言った方が正しいのかもしれない。


「これもちゃんと使える」


 テレビが使用できる事を確認してたらテレビの右隣に白い四角い箱のような物を見つける。


「これはなんだろう?」


 その箱にはドアがあり開けてみると


「冷蔵庫だ」


 開けてすぐに冷気を感じ、その箱が冷蔵庫であることに気づいた。すると突然、ボーン ボーンと音が鳴りぼくは音の方に視線を向ける。それはテレビの真上に掛けられてる振り子時計だった。その振り子時計には小窓があり、そこからハトではなく、お茶運び人形が出てきていた。時間は4時44分だった。


「中途半端な時間だなぁ」


 違和感の連続で驚くのを忘れてしまった。


「そうだ!個室トイレはどうなってるんだろ?」


 テレビの左には壁に沿うように個室トイレが3つ並んである。そこに視線を向けると、手前から3番目…一番奥の個室だけドアが閉まっていた。


「あれ?入ってきた時から閉まってたっけ?」


 思い出そうとするが数々の違和感のせいで思い出せない。


「なんで、あそこだけ閉まってるんだろう?誰かのイタズラって可能性もあるけど……そもそも隣の男子トイレとの差はなんなんだろう?」


 ぼくが考えてるとなにか音が聞こえてきた。音は奥の方から聞こえてくる。


「なんの音だろう?」


 音のする方へ足を進める。


「歌だ」


 手前から1つ目の個室トイレを通り過ぎるとその音が声であることに気づく。そして、それはリズムに乗り歌っているのだ。ぼくは声が聞こえる一番奥の個室トイレの前に着いた。それと同時に歌もピタッと止んだ。


(どうしよう……ここってまさにそうだよなぁ)


 ぼくは躊躇っていた。なぜならぼくが立ってる場所は奇しくも花子さんが出るという一番奥…もしくは手前から3つ目の個室トイレなのだから。


(一番奥な上に手前から3つ目……条件が2つも重なっちゃった。でも、他にもあるしなぁ、ノックしたり、名前呼んだりとか。それに怪談を試して来いって言われたけど、あの2人にはやったかどうか確認できないだろうし……やる必要はないんだよなぁ)


 ぼくは最初から怪談を試す気などなかった。だが、見てしまったのだ!違和感の数々に!聞いてしまったのだ!謎の声を!その声の主なら数々の違和感に答えを出してくれるかもしれないと思い一番奥の、手前から3つ目の閉ざされた個室トイレのドアに手を伸ばす。


 するとドアに手が触れる寸前、バタンッと勢いよくドアが開いた。


「おばけだぞー!」


 ドアの向こうにはバンザイのポーズをした少女が居た。その少女はぼくとあまり身長は変わらない。髪は黒髪のおかっぱ頭で白のワイシャツに赤い吊りスカートを着ている。


「どうしたぁ、しょうねーん?恐怖で動けなくなったのかなぁ」


 放心状態のぼくに話しかけてきた。


「はっ!内開きでよかったぁ」


 ぼくはドアに触れようとしてた手を労るように撫でる。


「ちょっと!あんた!私が誰だか知らないの?」


「たぶん、トイレの花子さんですか?」


「そうよ!私こそ学校で数ある怪談の中で圧倒的な知名度を誇る“トイレの花子さん”よ!!!」


 両手を腰に当て胸を張り言い放った。


「なのにあんたは、その薄いリアクションはなんなのよ!普通、幽霊に遭遇したら怯えたり逃げたりするのが礼儀でしょ!」


「いや…あんな勢いで指をぶつけてたら突き指じゃ済まなかったですし」


 捲し立てる花子さんに冷静に反論するぼく。


「そ、それくらいの配慮はしてるわよ」


 花子さんは目を逸らすがぼくは追求するように見つめる。


「あ、そうか!少年は私の事を本物の幽霊だと思ってないんでしょう?」


「いえ、そういうわけじゃ……」


「ドアを開けた時、私は少年の目の前に立っていたわよね」


 ぼくの言葉は遮られた。


「これがどういうことかわかる?」


「どういうことです?」


「ドアを開けた瞬間にドアにぶつかる事なく少年の目の前に立っていた!つまり幽霊だからこそ出来る芸当なのよ!」


(すごいドヤッてる)


「証拠見せてあげる」


 すると個室のドアがひとりでに動き出し、ドアは花子さんの背後に迫り接触。だが、ドアはぶつかる事なく動き続ける。そして、完全に閉まった。


「どう?これで信じた?」


 物理的な事を無視して閉ざされたドアから花子さんの顔がひょっこり飛び出してきた。どう見ても顔はドアをすり抜けてる。


「……すごい」


「ふふん♪理解したようね」


 花子さんは満足気な顔で閉ざされた個室トイレから堂々と正面から脱出。


「ポルターガイスト起こせるんですね!」


「ええ、このトイレ内なら自由自在………」


 急にうつむき黙る花子さん。微かに震えてる。


「どうしました?震えてますよ」


「だあああぁ」


 黙ったかと思えば急に叫び声を上げ頭を掻きむしる。


「さっきから論点がずれてるのよ、あんたは!今は私がドアをすり抜ける事に驚きなさいよ!ちなみに震えてたのは怒りを我慢してただけ!心配してくれてありがとう!」


「ちゃんと驚いてますよ。ぼくにとってポルターガイストの方が驚きだっただけで」


「そ、そう?まぁでも、とりあえずドアをすり抜ける事になにかリアクションしなさいよ」


「んん、それじゃあ…」


 ぼくは手を伸ばす。その手は花子さんの胸へ向かっていく。


「ちょ、あんたどこ触ろうとしてんのよ!」


 慌てて胸を隠す花子さん。


「え?触れないんですよね?」


 キョトンとするぼく。


「ええ、触れないわよ。けどね、女性の胸を触ろうとしたのよ!あんたは!」


「でも触れないじゃないですか」


「子供みたいに屁理屈言うんじゃないわよ……そっか、子供だったわね」


「花子さんだって子供じゃないですか」


 バカにされた気がして言い返す。


「あのね、私がいくつかわかってる?あんたより遥かに年上なのよ………って女性に年齢を聞くんじゃないわよ!」


「なんか理不尽……ていうか聞いてないですし」


「話が逸れちゃったけど、とにかく!精神的にイヤってことよ!触るなら胸以外にしなさい!」


「……それじゃあ」


 ぼくは人差し指を立て近づけていく。花子さんの目に


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、きゃああああああぁぁぁ」


 指先が花子さんの目に触れるギリギリの所で花子さんはしゃがみ回避。


「なんで避けるんですか?」


「ああああああんた、バカじゃないの!」


 ぼくは首を傾げる。


(この子、イタズラじゃなく素でやってるんだわ)


「今度はなにがダメだったんですか?」


「あんたね、今の先端恐怖症の人だったら発狂してるわよ」


「せんたん……なんですか?それ」


 初めて聞く言葉だったのか先端恐怖症の意味を尋ねる。


「体験した方が早いわ!じっとしてなさい」


 花子さんはぼくがやったのと同じように人差し指をぼくの目に近づけていく。


(たっぷり時間を使って恐怖をわからせてやるわ)


 花子さんの指とぼくの目の距離は縮まっていき、ついに指先は目に到達。花子さんの指は第一関節あたりまでぼくの目にめり込んでいる。だが、ぼくの表情に変化はなかった。


「なんでビビんないのよー!」


 思い通りにならなかった事に腹立ったのか、やけくそになりぼくの顔に何度もパンチを繰り出す。パンチはそのどれもがぼくの体をすり抜ける。ぼくは身をもって花子さんの体質を体感したのだ。


「わぁ♪すごーい♪ホントにすり抜ける」


「……理解してもらえてなによりよ」


 腕を止めると覇気のない声で言った。


「大丈夫ですか?」


「あんた、そういう気遣いできるのね…」

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