☆映画にて☆
雛乃にポップコーンをあーんしてしまった……。
こんなのもうカップルじゃん。ほら、隣のカップルも同じことしてるし。って、えぇ、飲み物も共有なの? ちょっとレベルが違うなぁ。
雛乃の唾液で指が若干湿っている。
雛乃のじゃなかったら不快でしかないのだけれど、雛乃のだと不快感は一切ない。不思議だ。それどころか、ポップコーンと一緒に雛乃の唾液も味わってしまいたい。ペロッと舐めて、雛乃の味を堪能したい。
流石に気持ち悪いな、と自覚はする。お手拭きで指の唾液を拭き取り、自重する。
こんなのただの変態じゃんと思うけど、やめられない。
本当はキスしたいのに、我慢してるだけ褒めて欲しい。
ちゅるちゅるとジュースを飲む雛乃。
こうやって間近で見ると改めて、整った顔だなぁと実感する。
横顔ながら鼻筋と唇、睫毛がくっきりとしており、肌もお餅のようにすべすべでニキビのニの字すら存在しない。一体どんなスキンケアをしてたらそんなすべすべ肌を手にできるのか。
好きな人として、一人の女性として、気になる。
それでいて、髪の毛も艶やかだ。
最初は髪の毛染めちゃったんだと思っていたけど、今となってはこの茶色が雛乃らしいなと思えるようになってる。
まぁ、要するに似合ってんだよね。
「ん?」
雛乃のことを見つめていると、視線に気付いた雛乃が不思議そうにこちらを見つめる。
横顔が綺麗で見惚れていました……とはなんだか恥ずかしくて言えなくて、アハハと軽く笑って誤魔化してしまう。
「うーん?」
こてんと首を捻る。
それと同時に照明は消える。
スクリーンがより明るくなったような気がした。
音も大きくなる。私はスクリーンに意識を奪われる。
正直に言おう。思っていたよりも退屈だった。
インターネットで調べた感じだと、評価も高く、面白そうだと思ったんだけど、実際は在り来りな恋愛映画って感じで、私には合わなかった。
次の展開が簡単に予測できてしまい、その予想を裏切ることもない。
テンプレートを沿うだけの、誰でも作れてしまいそうな物語である。
男女が出会い、恋をし、困難が現れ、解決する。
端的に言ってしまえばそれだけ。
なんというか次はどうなるんだろうというワクワクやドキドキというものが足りない。
ただ俳優さんや女優さんの演技力はかなり高い。ストーリーさえ作り込まれていればきっと感情移入していただろうなぁって思うくらいには迫力のある演技だ。
それだけに勿体ないなぁと思う。惜しい。
で、今はキスシーン。結ばれた。映画的にはクライマックスだろう。もっとも私の心は冷え冷えなんだけどね。
隣から「ぷはぁ」という息継ぎのような音が聞こえる。
かと思えば、くちゅくちゅちゅぴちゅぱっぱという生々しい音も聞こえてきた。
今の映画ってこんなにリアリティのある音が聞こえるんだ……かがくのちからってすげー! と、感心してたんだけど、その音はやけに長い。
もしかしてと隣に目線を向けると、熱い接吻を交わしていた。私は思わず苦笑してしまう。
周囲に目を向けると、カップルがイチャイチャしていた。カップルの巣窟に潜り込んでしまったのか、と思うほど堂々とイチャイチャしている。
そっちに意識が向いてしまい、映画の内容なんて頭に入ってこない。
甘ったるい雰囲気が漂う。キスしたり、頭を撫でたり……。
とにかくイチャイチャすることが普通であり、イチャイチャしないことが異常、異端。そう思わせるようなおかしな雰囲気だ。
ちろりと雛乃を見る。彼女は気付いていないのかと思った。
目が合う。映画鑑賞中なのに目が合ってしまった。しかもしっかりとだ。
目を逸らすことすら憚られるくらいにしっかりと。
雛乃は困ったように笑う。
雰囲気に飲み込まれ、雛乃とキスをしたくなった。いくらキフレという妙な関係であったとしても、このタイミングでするのは良くないだろうと我慢してたが、雛乃も映画から意識を背けてる。
キスしても良いのかな。
良いよね、しちゃっても。
自問自答をする。
映画中に喋らない。それくらいの良識は私にだってある。
だからアイコンタクトで問う。キスをして良いか、と。雛乃に問う。
雛乃は気付いたのか、たまたまか頬を緩ませた。
わかんないけど、良いよね。
私は雛乃の唇を奪う。スッと奪って、すぐに定位置へと戻る。
周囲に人がいる中でキスをする。その背徳感はいつもとは比べ物にならないほど大きい。
頬が火照る。背徳感もあったが、恥ずかしさも大きい。
ちゅるちゅるとジュースを口に含む。
あっという間にジュースは空っぽになってしまう。
「好きになっちゃったんだから仕方ないだろ」
俳優は女優に向かってそんなことを言う。
なんというか私の心中を語っているようで、さらに体が火照ってしまう。
映画を観ているはずなのに、サウナに入ってるかのような感覚。あぁ、このままだと整ってしまう。
キスの余韻に浸る私は唇に指を当てながら、ぼんやりとスクリーンを眺める。
頭はぼわぼわして映画のストーリーは一切入ってこない。
気付いたらエンドロールが流れていた。
あんまり面白くないなという感想と、キスの余韻。映画を観てそれだけしか私の中には残らなかった。
映画館を後にする。
少し歩いたところで雛乃は口を開く。
「なんで急にキスなんて……」
「したくなっちゃったから?」
嘘は言ってない。けど、本心かと言われると微妙だなと思う。
本心としては映画館の雰囲気に飲まれてキスを欲してしまった、という風になるのだろう。
けどそれはなんだか恥ずかしい。意思の弱い人間みたいに聞こえるし。
だからちょっとだけ虚勢を張った。
もっとも今、これはこれで恥ずかしいことを言ってしまったのではと薄々気付いてるんだけど。
「そ、そっか」
雛乃は微妙な反応をする。
前を歩いてるから、どんな表情をしてるのかも良くわからない。
嫌がられてるのかな。けど、キフレという関係上嫌がられてるとは考えにくい。そう思いたいという気持ちが大半を占めてるんだけど。
「したかったんだ」
雛乃は足を緩め、私の隣に並ぶ。陽の当たる歩道をゆっくりと歩く。雛乃は空を見上げ、見つめてる。
横顔ではどんな感情を抱いてるのかわからない。
けど、私にとってマイナスになりうる感情ではないんだろうというのはなんとなく伝わる。
頬の緩み具合がそう思わせてくれる。思いたい気持ちが先行し過ぎて、そうやって勝手に勘違いしてるだけかもしれないけど。もしそうならばとんでもなく恥ずかしいなぁと思う。そうでないことを切に願う。
雛乃は私の手を握る。指を絡ませ、彼女の体温を直に感じた。
「もう一回しておく?」
照れるようにはにかみながら問う。
「ここで?」
「うん。ここで」
「ここでかぁ……」
したい。したくないわけがない。
雛乃の提案に心が躍る。
けどそれを悟られるのは都合が悪い。下手したら好意がばれてしまうんじゃないかとさえ思う。だから隠す。
あとは単純にすぐに首肯すると、キスしたくてしたくてしょうがない子のように思われてなんとなく恥ずかしいなぁと思ったから。今更雛乃に隠したい姿なんてないと思っていたけど、案外まだたくさんあるらしい。自分のことなのに知らないことだらけだ。
まぁ、多分だけどこっちの方が比重は高い。
なんならこっちが本音まである。建前と本音的なやつだ。
とにかくそういうわけでわざとおどけてみた。
「しちゃう?」
ただこのままだとキスをしたくない人、みたいになってしまうので、キスができるように進路は作っておく。
我ながら策士だなぁなんて思う。
「じゃあしない」
「ふふ、そうだね」
うんうんと頷く。
「え?」
三回くらい頷いたところで私の動きは止まる。
雛乃の言葉は私の頭の中で何度も反芻する。
今、しないって言った? でもそんなわけないよね。だけど、私の頭の中には雛乃の「じゃあしない」という言葉が響く。
繰り返し過ぎて頭が痛くなってきた。
「じょーだん」
雛乃はふふと悪戯っぽく笑うと、私の唇を奪った。
不意打ちだった。さっきまでの頭の痛みとは違う意味で頭が痛くなる。
ズキズキという片頭痛のような痛みから、クラクラという酸欠のような痛みに変わる。
してやられた。雛乃の奴、いつそんな技を習得したのか。
私にはこうかがばつぐんだ。
でもしてやられっぱなしっていうのも、面白くない。いいや、キスできてる時点で面白いし幸せなんだけどね。それでもやっぱり負けたような気がしてしまう。
別に勝負なんてしてないんだろうけど。それでも負けたような気がしてモヤモヤしてしまう。
だから私もやり返す。
舌を無理矢理ねじ込んで、激しく暴れる。
雛乃は「ひやっ」なんていう可愛らしい声を漏らす。
その声が聞けて満足する。
私は唇を離す。
恥じらいよりも満足感が勝る。やってやったという達成感に近しいものも私のことを襲う。
充実に満たされてから、ハッと気付く。
ここって、めちゃくちゃ公共の場所じゃないか、と。
恐る恐る周囲を見渡す。
かなり視線を集めていた。
ぼわっと私の体は火照る。熱くなる。
にんまりと笑うお兄さん方や、見ちゃいけませんと叱る母親と叱られている坊や、良いものを見たとにやけるお姉さん。
見世物になってた。
雛乃は蕩けるようにぼけーっとしてる。
勝手に一人で整ってる。
おーい、戻ってこーい。
「雛乃が悪いんだぞ」
むくっと頬を膨らます。私のことを見てるんだか、見ていないんだか、良くわからないけど、こくりと頷く。
こんな反応をすると勘違いしてしまう。というか、自分に都合が良いように解釈してしまいそうになる。
主に、私のことが実は好きなんじゃないかって。ありえなくてとてつもなく自分に都合の良いことを思い描いてしまうのだ。
そんなはずないのに。
でも、私のキステクニックは雛乃を翻弄できている。今の反応がそう教えてくれる。でなきゃこんな蕩けるような表情しないし。
まぁ、一方的に好意を寄せ、この恋は叶わないと理解してる私にとって、こんな表情をしてくれるのはこれ以上にないくらいに嬉しいことだった。本当に嬉しい。私だけが満足して幸せになってるんじゃないんだなってわかるから。
「ほれほれ」
繋いでいる手を引っ張る。
そのまま近くの駅まで雛乃を引っ張った。
なんだか重たい荷物のような感じでちょっとだけ面白かった。
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