☆キスフレンド☆
「そっか」
「うん」
私の推測は正しかったのだろう。
キスの快感だけ体に残ってしまっていたのだ。
染み付いている。
けれど、キスをして欲しいだなんて言えないから心の奥底に気持ちを隠していた。
唯華ではないので真相はわからないけれど、概ねそんなところではないだろうか。
抱いた気持ちこそ違うが、やっていることは私と同じだと思う。
「キスだけしたくなるなんて変だねぇ……」
私はつんつんと唯華の唇を指先で突っつく。
なんというかこういう立場になるのは新鮮だった。
いつもは唯華に翻弄されて、唯華に遊ばれていたから。
この立場を噛みしめながら、にやにやする。
「……」
唯華は黙る。
なにか考えるかのように黙る。
思考を覗いてやろうと、ぐぐぐと彼女のことを見つめてみる。
ただ恥ずかしがっているようにも見えるし、うーん、よくわからない。
「キスだけ。そうだね。うん」
唯華はこくりと頷いた。
「キスだけしたくなるなんて変だよねー。アハハ」
恥ずかしさを誤魔化すためだろう。
唯華は芝居っぽく笑った。
「でも、そんな私にキスなんて簡単にしちゃって良いのかな。ポチってスイッチ入っちゃうよ」
「別に……私もそうだから」
思っていなかったカウンターに私は塩らしくなる。
頬が火照る。
さっきの唯華には負けるかもしれないけれど、それくらいに私も頬を真っ赤にしていることだろう。
そう意識するとより一層、頬に熱を帯びる。
やかんのお湯を沸騰させられそうなくらいには熱い感覚が走っている。
「あぁ、雛乃もそうなんだ」
「うん」
「ふーん……」
唯華と見つめ合って、お互いに反応に困ってしまう。
間を埋めるように苦笑を浮かべる。
なにか喋ろうと思っても、言葉は出てこないから。
なんとなく笑顔を浮かべとく。
と言っても、苦笑いなのだけれど。
「やぁやぁ雛乃さんやぁ」
ちょっとした沈黙を唯華は切り裂く。ホッとする。
「はいはい」
「キスだけの関係ってどう思うかね」
「キスだけの関係?」
「そう。キスだけの関係」
恋愛的に好意を抱いているわけじゃないけれど、キスだけはし合う。
セフレの下位互換みたいな感覚だろうか。
「キスしたくなったらキスをする。それだけ」
多分あっていそうだ。
唯華と付き合う未来は永劫にやってこない。
だって唯華は同性同士の恋愛を普通だと認識していないから。
そんな唯華からの提案。
私にとって、断る理由があまりにもない。
悩む理由すらない。
私に都合が良すぎて逆に怖いくらいだ。
「良いね」
「良いんだ」
唯華はびっくりするような表情を浮かべる。
そんな驚くようなことだろうか。
「うん。良いけど」
「じゃあ、記念のキス」
唯華はそう言うと私の唇に唇を重ねた。
今度は舌が入ってくる。
もぞもぞと私の口の中で動き回る。
舌の熱さを直接感じながら、あぁもう私は元に戻ることのできないところまでやってきてしまったのだなぁと思った。
こういう歪な関係になってしまった以上、尚更私の抱いてしまった気持ちは奥底に封じ込めて見て見ぬふりをしなければならない。
まだ私は気付いていない。
なんにも気付いていない。
唯華はただの幼馴染。
ちょっとキスをするような間柄になってしまったけれど、それ以上でもそれ以下でもない。
ただの友達。
そう、友達なのだ。
「キスフレ?」
ぷはぁとキスを終えてから、私は今の関係を表す言葉を口にしてみる。
キスフレンド。
略してキフレ。
ネーミング安直すぎたかなぁと思いつつも、しっくりはくるのでまだオッケー。
「キフレの方が良くない」
唇に付着した唾液を拭いながら唯華は提案してくる。
「セフレみたいじゃん」
「関係そのものが似たようなものだし、良いでしょ」
「そうかな」
「そうだよ」
「私と雛乃はキフレだね」
唯華はにかっと笑う。
あまりにも綺麗で私は思わず目を逸らしてしまう。
今日私は幼馴染とキスフレンド、略してキフレという妙な関係になってしまった。
歪な関係であることは理解している。
きっといつまでも続くような関係ではないということも理解している。
全部わかっているのだ。
けれど、それで良い。
だって私は今とても幸せで心が満たされているから。
今幸せなら、それで良いのではないだろうか。
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