第48話 トゥーダム神殿
そんなツッコミを入れている間にも扉は開ききり、部屋の中が露わになった。
そこでは、岩肌がくりぬかれたような大きな空間があった。どうやらここは鍾乳洞のようで、そこから垂れ下がる石柱や壁には勇者たちの軌跡が刻まれていた。
壁画の中央にいる魔王を倒そうと勇者の多くが武器を手に持ち、挑もうとしている。
そして、水の流れる音、ひんやりとした空気が漂っている。
洞窟の奥には地底湖のようなものがあり、天井の隙間から落ちて来る水流が滝のようになっていた。舞い上がった水が霧状になり、幻想的な光景を作り出す。岩と土の中に、一部が緑に覆われていた。
そこに誘われるようにロランたち三人は足を踏み入れていく。下草を踏む音がしたあと、足を止める。そこにはかなりの年代物の石碑が立っていた。古代文字なので、当然、ロランとヨナは読めない。視線がレオに向けられる。レオは任せておいて、という顔で、石碑に歩み寄り、刻み文字を読むために鼻先を向けた。
「えっと……」
レオの声を聞いて、ロランたちは耳を傾けた。
『選ばれし勇者よ。汝が、務めを果たせ。女神からの贈り物を手に取り、悪しき魔王を滅せよ』
だってさ、とレオがロランへと顔を向けた。それにロランは苦笑いする。
「悪しき魔王って僕のことだよね?」
「そういうことになりますね」
ヨナが頷く。
「心外だな。僕はとてもいい魔王なのに」
と、ロランは肩を落とす。そして複雑な気持ちになった。そのそのここに奉納されている聖剣『エクス』は魔王を殺すために造られたものだ。そして、神をも殺せる神殺しの剣でもある。
石碑の前に置かれている一本の剣。柄頭の部分に赤い宝石が埋め込まれていて、鍔のあたりにも魔石のようなものが埋め込まれているように見える。鞘も豪華に金色の装飾が施されており、見るだけで分かるほど高価な一品だった。ロランは躊躇いつつもそのエクスの剣に手を伸ばす。
その時―――。
ピシッ! 突然、何かに弾かれた。指差しがビリビリと痺れる。思わず、手を引っ込めてしまった。それにヨナが心配したように声を掛けてきた。
「まぁ、そう簡単には手に入らないってことか」
石碑の周りには薄い幕のようなものが見えていた。それにもう一度触れようとすると弾かれてしまう。それは当然だろう。自分は魔物であり、魔王である。魔物に祝福されるわけがないのだ。
ロランはどうしたものかと思いながら考えていると、石碑が小さく振動した。
『汝、この剣に触れること、まかりならぬ』
とても強い口調で、ロランを拒む。鍾乳洞のどこからか、声が響き渡った。ロランは声の主を探すため、見渡して見るも姿はない。しかし、気配だけは感じ取れた。
どこからともなく聞こえてくる声に、ロランは首を傾げる。しかし、近い。とても近くにいるような気がした。
『汝、何者だ……なぜここに入れた?』
招かざる者が来たことを感じているのか、怪訝したような声だ。そこには怒りもこもっていた。
そして、声の正体が分かった。方向からして、石碑からだ。
つまり、この石碑そのものが喋っているということになる。ロランは石碑を凝視した。
『汝……まさか……ありえぬ。なにゆえに汝のような者が……』
ブツブツと言い始めたと思ったら急に黙り込んだ。
「ここに入れる者は女神に選ばれし勇者のみ。どういうことなのだ?」
その質問にロランはどう説明していいのかわからなかった。女神にとって天敵のはずの魔王が勇者として選ばれ、この聖域に入っているのだ。混乱しないものはいないだろう。しかし、いつまでも黙っていてはいけない。そう思ったロランは意を決して口を開いた。
まずは、自分がどうして勇者に選ばれたのか、女神とのやり取りを説明した。
その間、石碑は何も言わずに静かに聞いてくれていた。
そして、全てを話し終えた時、石碑は小さく答えた。
「―――そうか。世界は今、そのようなことになっていたのか」
帝国のことや、シルビアのことを話した。疑うことを知らないのか、信じている様子だった。純粋なのか、ただの馬鹿なのか。
「んまぁ、そういうことだ」
「私は騙されていた、ということか。何百年の間……」
嘆き悲しむような声だった。そして、ロランはどこかで聞き覚えがある声だったがようやく石碑の声の主のことを思い出す。
「お前、まさか白の勇者か?」
「………」
返事はなかった。ロランの言葉を否定しないということは肯定しているようなものだ。
『魔王ロランよ。一つ教えてほしい』
今度ははっきりとした声で尋ねられた。
それにロランは首肯する。
『この剣を持ってどうするつもりだ?』
「どうするもなにも、この剣を持ったらやべーやつがいるから先に回収するそれだけだ。だから安心しろ」
ロランは笑いながら言う。
すると石碑は呆れたように言葉を返してきた。
「あの時もそうだった。汝はあの日も笑っていた。わたしとは戦いたくないと言った。魔王なのに、勇者と戦うことを嫌い、魔王らしく振る舞わなかった。汝は終始よくわならない男だった」
懐かしむような口調で言われた言葉にロランは苦笑いした。そんなこともあったな、と思う。
「お前が万全だったら、今頃、僕が石碑になっていたかもね」
冗談交じりに言ったのだが、石碑は真面目に受け取ってくれたようで、 そうだな、と素っ気なく返した。
『魔王ロランよ。受け取るがいい。そして、世界を救うためにこの剣を使え』
そういった瞬間、石碑が優しく淡く光る。聖剣エクスは光の粒子に包まれ、浮かび上がるとロランの前に移動してくる。浮遊したあと、ロランの両手に収まった。
ロランは手に取ったエクスを見てみる。鞘から剣を引き抜くと刀身は淡い光を放っており、不思議な感覚を覚えた。力がみなぎって来るような感じだ。
鞘に納め、視線を石碑へと向ける。すると石碑は優しい口調で語りかけてきた。
『女神様を助けてあげてくれ』
ロランは深く息を吐き、胸を張る。そして、力強く言い放った。
「ああ。気は向かないけど仕方がない。任せておけ」
石碑は満足したように、笑った後それ以上何も言わず、沈黙した。そして、石碑から白い光の玉が抜け出し、天井へと向かって飛んで行く。それを追いかけるようにロランたちも天井を見上げた。
「白の勇者か。あいつが一番まともで、いいやつだった」
ロランはそう感慨深げに呟いた。光の玉は弾けるように消える。それと同時に、この場を支配していた強い魔力も薄れていき、身体が軽くなった。ロランたちはお互いに顔を見合わせた後、ここにはもう用がないと踵を返し、石碑に背を向け、出口へと向かうのであった。
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