第41話 街の違和感

翌日の朝のことだった。エイラムたちは街の違和感を感じつつ、調査を続けていた。ソリアの街の住民たちは相変わらず、何も無かった、帝国軍が勝手にどっかにいってしまった、と口を揃えてそう証言する。


 街の真ん中あたりにある教会には駐屯するマーガレットが率いるフェレン聖騎士たちにも同じ質問をすると返ってくる答えは答えは同じ。


 進展がないまま、エイラムとアリシアは街を歩き回っていた。足が痛くなってきたとき、どこかで休憩を取ろうと考えたエイラムは街の通路脇に置かれている木製のベンチを見つけるとそのまま腰を下ろした。続いて、その隣にアリシアが座る。


 彼女の手にはいつも間に買ったのか。包み紙に包まれたアップルパイを両手で持っていた。出来立てなのか、白い湯気があがっている。包まれた紙をめくり大きな口で頬張った。サクッという音とともにリンゴとハチミツの甘い香りがエイラムの鼻孔をくすぐる。


「ん~美味しい~」


 アップルパイの酸味とハチミツの甘さが絶妙なバランスを保ち、香ばしいサクサクのパイ生地が触感を与える。彼女は幸せそうな顔をする。それにエイラムは目頭を摘まんで、能天気なアリシアに苦情を入れた。


「お前なぁ……こんなときによくそんなもの食えるよな? 一応、任務中だぞ」

「だって、屋台があったんですもん。そんなの食べないほうが失礼です!」

「そういう問題かよ……」

「そもそも私たち、どれだけ連続で勤務させられてると思っているんですか??」


 問い詰めるように顔を近づけてくる。エイラムは視線をそらした。


「四十連勤ですよ??? 四十連勤ッ!!!」


 東部地域にて、悪霊が現れたということで、討伐に出ていた。しかし、なかなか見つからず結局、空振りに終わることばかりだった。やっと見つかったと思ったら、今度は別の任務が入ったため、現地のフェレン聖騎士の部隊に任せて、馬を走らせて、北部へ。その移動中の睡眠時間はわずか3時間程度。遠征を終えて、報告を直接、帝都で行ったところ、今度は西部地域のソリアの街で魔王が現れたかもしれないと言われ、一日の休みをもらってから、ここに来たわけだ。エイラムが優秀なフェレン聖騎士だからこそ、厄介な任務が任される。


「一日、休めたんだからいいじゃないか」

「良くないです! 今日こそは絶対に寝ます!」


 彼女は力説して言う。


「お前、昨日爆睡してただろうが」


 昨日、オドが経営している宿屋の部屋でアリシアは腹を出して大いびきをかいていた。そのせいで、寝不足になったエイラムは恨むように睨む。


「うるさいですね!! とにかく今はフリータイムなんです」


 任務中とは言えば、何かと戦う分けでもないし、調査をするだけなら食事くらいなら別に問題はない。ただ、食事の種類がエイラムは気に食わなかった。


 腹を満たすくらいならパンとミルクで十分だ。それをアップルパイというデザートを食べているのだ。


 食べるな、とまでは言わないでおいた。自分も40連勤させてしまったことに非があるからだ。


 アリシアがアップルパイを食べ終えると包み紙を丸めて近くのゴミ箱に向かって投げ捨てる。放物線を描いて見事にごみ箱の中に吸い込まれるように入った。アリシアはそれを満足げに見つめ、どうですか、今の見ました?という目でエイラムを見る。


「はいはい、よかったなー」


 適当にあしらうと、彼女は頬を膨らませて不満顔になる。


「ちょっと! もう少し褒めてくれてもいじゃないですか!!」

「はぁ……」


 ため息をつく。少し間が空いたところで、アリシアもまだ口の中に残っているアップルパイをモグモグさせながら疑問を呈した。


「それにしてもこの街っておかしいですね」


 エイラムは呆れながらも言った。


「……帝国兵は消えているし、住民の数も合わない。それに住民の中には妙な気配を感じる」


 そういいながら視線を二人のカップルに目をやる。エイラムの視線を追うようにアリシアがカップルを見る。


 二人の若いカップルは手を繋いで、仲良さげに会話をしている。お互いに笑いあってとても楽しそうだった。


「妬んでいるんですか?」

「ちがうわい!」


 アリシアの言葉にエイラムはツッコミを入れる。


「よくみろ。あの二人、何か感じないか?」


「えっ?……言われてみれば確かに何か変なオーラが漂っているような気がしますね……」


 エイラムの言葉にアリシアも気付いたようだ。二人はじっとそのカップルを観察する。


 すると突然、杖をついた老人が二人の前に立ち止まる。見た目は白髪の老人だったが、足取りはしっかりしていた。瞳の色も死んでいない。生気がある。


「そこのお嬢さん」

「はい?」


 声をかけられたのでアリシアは返事をした。


「隣に座ってもよいかの?」

「あっはいどうぞ」


 アリシアは少しエイラムの方に寄って座り直し老人はゆっくりとした動作でベンチへ腰掛けた。彼は自分の名前を名乗る。


「ワシの名前はロウコウ」

「わたしはアリシアと言います」

「俺はエイラムだ」


 エイラムは自分の名前を告げた後、質問をする。


「あんた何者だ?」


 それにはは、と笑ったあと言う。


「ただの老人じゃよ。それよりお主らこそ、この街の人間ではないだろう。どうしてここにいるんじゃ?」


 ロウコウと名乗った老人は鋭い眼光を向けてくる。それはまるで自分たちの正体を見抜いているようでもあった。


「俺らは当てのない旅人さ。たまたまここに立ち寄っただけだ」

「ほう……それにしては、この街で起きたことを聞きまわっているように見えたが?」


 それにエイラムは目を細めた。腰に差す長剣の柄に手を忍ばせる。それに気が付いたロウコウも表情を変える。殺気がした。


「おぬしら、フェレン聖騎士じゃろう?」


 その問いにエイラムは右手でアリシアの肩を掴み自分の方へと引き寄せ、そのまま後ろへと跳躍する。そして素早く抜刀した。


「ほぉ、なかなか良い動きをするのう」

「お前、何者だ?」

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