第23話 正義はどちらにあるのか その2

「な、何事だ!?」


 驚く指揮官にやってきた帝国兵たちが慌てて報告をする。


「大変です! オークの襲撃です!!」

「オークだと?!」

「はっ。それも完全武装した重装甲兵です」


 それに指揮官は言葉を失う。オークは知能は少しだけ高いが武装したとしても、こん棒などの原始的な武器しか持たず、鎧などは身に着けることはない。再び、オークの咆哮がしたとき、指揮官はハッと我に返り、慌てて怒鳴り声を上げた。


「ば、馬鹿者!  なぜ、それを早く言わんのだ!!」

「申し訳ありません。突然、森から現れ、気が付いたころには街に入られていました」

「すぐに応援を呼べ!  奴らを殺すんだ!!」

「了解しました」

「総員!! 南門へ集まれッ!!!」


 その号令と共に慌ただしくなる帝国兵たちを横目にマーガレットは思考をめぐらせていた。


「オーク……しかも武装している……なんて」


 マーガレットもオークが完全武装している、という話をこれまでに聞いたことがなかった。鎧や武器を持っているということはそれだけの財力と製造するための生産力、さらには扱える知能があるということだ。厄介にもほどがある。マーガレットは教会へと視線を向ける。そこには今もなお、教会を燃やす炎が上がっている。南側からオークが侵入したらしく、帝国兵らがそっちへと向かっていく。その隙をみて、マーガレットは教会へ駆け寄り、塞がれた扉を開けようとする。しかし、木板で塞がれたそこはびくりともしなかった。


「ッ!!」


 マーガレットは焦た。不意に背後から声を掛けられた。


「人間、そこをどけ!」

 

 振り返ると大きな体躯をした鎧をみにつけたオークがいた。手に持った斧を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしていた。


「なッ!!?」


 咄嵯に身を屈める。すると、その頭上を斧が通り過ぎ、扉を破壊したのである。木片が飛び散っていく。


(――――外れた? いや、最初から扉を狙った……?)


 オークは斧を引き抜き、再び、扉を叩きつける。


 何度も、何度も。やがて、木片が飛び散ると同時に教会内へと通じる通路が開かれた。


「うむ。これでよし。人間ども、さっさと逃げよ!!!」


 その声と同時に教会から住民たちが飛び出してきた。何が何だかわからない混乱状態で、目の前にいる大きなオークを見ても誰も驚くこもなく、ただひたすらに逃げていく。一人の若者が目の前にいるオークに言った。


「あんた、頼む! まだ中に女の子がいるんだ」

「ん?」

「教会の天井が焼け落ちて、女の子が下敷きに」

「なんと?! 任せよ。このオド様が助けてやる!」


 そう言うと、そのオークは大きな体を揺らしながら教会の中へと入っていった。中へ入ると真っ赤に燃える教会内で、若い男が言う通り、天井が崩れ落ちており、大きな柱の下に一人の少女の姿があった。


「ふぇええええんっ!!! 痛いよぉおおお」


 泣きじゃくる少女を見て、オドは右手に持つ斧を投げ捨て、慌てて駆け寄る。


「大丈夫かっ!!」

「痛いよぉおお苦しいよぉおお」

「今、待ってろ!」


 オドは瓦礫を片手で軽々と持ち上げるとそれを放り投げた。そして、女の子を抱きかかえた。火の粉が舞い上がったため、オドが出て女の子の顔を覆う。助け出された女の子は不思議そうな顔で、見上げてきた。


「……おじさん、だぁれ……?」


 その問いにオドは牙を見せながらどや顔をした。


「俺様はオド。正義の味方だ。 だから人間の子よ、安心するといい」

「……うん。ありがとうオドおじさん」


 そういうとオドの太い手をギュッと握りしめる。


「うむ。いい子だ」


 そういうとオドは女の子を抱えながら教会から出た。




♦♦♦♦♦




 教会から女の子を抱いたオークが出てきたことにマーガレットは自分の目を疑った。ただ、本能のままに行動するオークが人を助けたのだ。その行動は偶然のはずがなく、明らかに意思があっての行動だった。


「あなた、一体何者なの……?」


 マーガレットの言葉にオドは鼻息荒く答えた。


「俺様は至高なるお方にお仕えする幹部が一人、オド様だ」

「至高なるお方……ですって」


 マーガレットはその言葉に引っかかる。明らかに普通のオークとは違い、知性も、そして、力も強い。身体からあふれ出るオーラからしてそこらのオークとは違うのだ。そんな強力な魔物が敬意を示して、「至高なるお方」と言った。


 忠誠を誓う相手がまだいる、そう考えた瞬間、ある存在が頭をよぎる。


「まさか……?!」

「フェレン聖騎士よ。それ以上、口にするな。名を言った瞬間、お前を殺さねばならぬ」

「ッ!?」


 オドの瞳が鋭く光る。それはマーガレットの想像が正しかったことを示していた。

マーガレットは腰に下げている剣柄に手をしのばせる。しかし、それは見抜かれていた。


「やめておけ。お前は俺様よりも弱い」

「…………」

「それに俺様は無益な殺生はしない主義だ。だから、今は見逃してやろう」


 その言葉と共にオドは石の階段を下りて、女の子をおろし、頭を撫でた。髪の毛をくしゃくしゃにして、ニカッっと笑う。その表情は優しいものだった。和んだ雰囲気を壊すようにマーガレットが立ち上がり、口を開いた。


「一つだけ聞かせてほしいことがあります」

「質問を許そう。人間よ」

「どうしてその子を助けたのですか? 本来、あなたたちが忌み嫌う人間ですよ」


 その質問にオドは鼻で笑った。


「ふん。どうして? だと……面白い質問をする」


 オドはマーガレットを見据えて、はっきりと答えた。


「誰かを助けることに理由などいるのか?」

「……なっ」


 そのセリフにマーガレットは驚かされた。オークがいう言葉ではない。むしろ、自分がいうべき言葉だった。その驚いて、理解できないという顔にオドは付け加えた。


「まあ、あえていうなら……そうだな。俺様は困っている奴は絶対に見捨てない。助けを求める者の味方になりたい。それが強者としての務めだ」


 その返答はオークとは思えないほど清々しいものだった。マーガレットは思う。この目の前にいるオークはオークとしてではなく、一人の男だと。それは正義を謳うフェレン聖騎士よりもずっと眩しいもののように思えた。マーガレットは悔しくも思った。どちらが悪で、どちらが正義なのか、行動をもって示されたのだ。自分たちはいつも縛りの中で行動している。教会が焼かれ、中にいる民を見捨ててまでも、フェレン聖騎士の誓いを守ろうとした。それがどれだけ愚かな行為だったのか、今更ながら思い知らされる。


(―――――私は……私たちは……何を正義としているのだろうか……)


 マーガレットは静かに剣柄から手を離す。オドもそれを見て頷いた。


「ふむ。良い判断だ。さらばだ、人間よ」


 そう言い残し、オドはその場を立ち去ろうとした。しかし、いつの間にか、オドの前に騒ぎを駆け付けてきたフェレン聖騎士たちが取り囲んでいたのである。

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