第22話 正義はどちらにあるのか

♦♦♦♦♦



 小さな女の子は教会の中にいた。母親は数日前の帝国軍の攻撃に殺された。ソリアの街の領主アンジュ男爵が帝国に反旗を翻そうとしたためだ。街が襲われたとき、アンジュ男爵が率いる軍は街を守ることもなく、どこかへと逃げて行った。生き残った住民たちは捕らえられ、住民の中にも帝国に対する反抗的な意思があるとこうして教会の一室に閉じ込められているのである。


「大丈夫かい?」


 傍にいた若い男の声をかけてきた。


「うん、大丈夫……」


 怖いはずなのに泣きじゃくることもなく、手に持っている熊のぬいぐるみを大切そうに握りしめる女の子に若い男は微笑んだ。


「きっと助けが来るさ。それまで頑張ろうね」

「……」


 無言でコクリと小さく頭を縦に振る少女。誰もが不安の声を漏らした。老人はもう終わりだ、という。若い女は泣き崩れていた。赤子を抱く母親は我が子を守ろうと必死に抱きしめる。薄暗い教会の中で、皆がそれぞれに恐怖を抱きながら身を寄せ合っていた。


 その時だった。


 扉が乱暴に開けられると鎧を着た兵士たちが入って来る。指揮官らしき男が言った。


「ソリアの住民よ、貴様らに判決を言い渡す」


 突然の出来事に戸惑う住民たち。


「我らが偉大なる皇帝陛下からの御言葉である。心して聞くように」


 そして、指揮官は続ける。


「我らが帝国軍がこのソリアに攻め入ったとき、貴様らは裏切り者のアンジュを逃がすことに協力し、挙句の果てに我らが兵士を殺害した。これは許せる行為ではない。よって、ここにいる住民はすべて処刑とする!」


 住民たちがざわめく。その言葉に怯える住民たちに兵士が槍を突きつける。


「静粛にしろ! 反逆者は即刻処刑する」


 住民たちが押し黙る。だが、中には不満を口にする者がいた。


「お、俺たちは何もしていない」

「そうだ。全部、あのアンジュが悪いんだ」

「わたしたちは何もしていない!」


 それに指揮官は口端を吊り上げた。


「だとしてもだ」と冷たく言い放った。


「これより死刑を執行する。やれ」


 背後に待機していた部下がそれに頷き、指示を出した。すると教会の窓を兵士たちが外側から木板で塞ぎ始める。住民たちが悲鳴を上げた。唯一の出口へと逃げようとするも、それを帝国兵が槍で突き刺す。


「がぁッ!?」


 胸を貫かれた住民が倒れる。それを見た住民たちがさらにパニックを起こした。逃げようとすると帝国兵らに斬り殺されていく。自ら殺されるようなものだった。恐怖のあまりにその場から動けない者たちは神へと祈ることしかできなかった。


「では、諸君、魂の救済があらんことを」


 そう言うと指揮官は踵を返した。そして、教会の出入り口も塞がれ、鉄鎚が釘を打つ音が響き渡る。完全に教会の中へと閉じ込められてしまった。外の周りを帝国兵らが何かを言っている声だけが聞こえた。


「教会ごと焼き払え!」

「いやだ、死にたくない!!」

「誰か、助けてくれぇ!!」


 住民たちが助けを求めるも誰も答えなかった。外から聞こえた言葉通り、火が放たれたのか、建物の外からポチパチと弾ける音がした。


「嫌あああっ!!!」


 住民たちの叫びが響き渡る中、炎が建物全体を包み真っ赤な光を放つ。


 それを聞きつけたフェレン聖騎士のロングヘアの赤髪の女性が駆け付けた。


「あなたたち、一体何をやっているのですか?!!」


 その女性は教会を取り囲み、燃えている教会を見物していた帝国兵らに怒鳴るような声をあげたのだ。


「あぁ、これはマーガレット騎士長殿」

「ここは神聖な教会ですよ。こんなことをして許されると思っているのですか?!」

「えぇ。皇帝陛下は容認なされました」

「そんな馬鹿なことがあってたまるものですかっ!!  いいから今すぐ火を消しなさいッ!!!」

「ですが、これが仕事なので。我々も命令に従わねばなりません」

「ふざけるんじゃありません!  この私が相手になりますよッ!!」


 マーガレットは腰に下げた剣の柄に手をかける。それに指揮官がやってきて、ほくそ笑む。


「おやおやおや? フェレン聖騎士団は国に対して干渉しないという誓いがあったはずですが?」


 フェレン聖騎士団、それはどの国にも所属しない独立した騎士団だ。これは、どの国にも力を貸さないという誓いであり、目的はただ一つ。大いなる災いから民を守り、魔物を根絶することが使命である。その誓いはこの数百年の間にさらに厳命しなければならない出来事があった。フェレン聖騎士団のとある支部が独断で、国と結託し、結果的には暗黒王の復活の手助けをしてしまったのである。そのため、フェレン聖騎士団としての地位も権威も落ち続け、存続の危機すらある。そのことを突かれて、マーガレットは歯を噛み締めた。


「ぐぬぅ……」

「おや、どうしたのですかな?」


 指揮官は勝ち誇った顔を浮かべる。


「我々の邪魔をしなけらば、どうぞごゆるりとされてください。マーガレット騎士長殿」

「く、なんて人たちだ……ッ」


 怒りを露わにするマーガレット。指揮官に掴みかかろうとした瞬間、獣の咆哮がした。


『ウォオオオオオオオオオ―――――――ッ!!』

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