第10話 魔王の残り香 その2
「少年、いや少女? 違う、違う、違う! あれは悪魔だ……あれは闇そのものだ…あれは恐怖だ…あれは影だ…あれは……あれは…あぁあ、影が迫ってくるぅうううう」
それに震えていた身体がピタリととまり視線を上げると視線が定まらず、あたりを見渡している。
「……あぁああああ。やつらが来る。悪魔が来るぅううう――――――ッ!!!」
突然、マーガレットを押しのけると彼女の下げていた剣を奪い取った。それを見ていたギリオンが慌てて腰に下げていた剣を抜こうと構えた。
「待って下さい!!」
「しかし!!」
帝国兵の男は錯乱して、血走った目で、剣を振り回す。身の危険を感じた軍医らは慌てて、幕舎から逃げ出していく。
マーガレットは相手を刺激しないようにゆっくりと起き上がり、後方へとさがった。ギリオンが彼女を守るように前に出る。
「騎士長、どうするんだよッ?!」
「……つぅ」
「来るなぁあああ――――ッ!!! やめろろぉおおおお――――ッ!!!」
何かにおびえている帝国兵は何もない虚空を斬りつけ続ける。
「いったい、彼に何が……?」
ギリオンが憶測を述べた。
「おそらく、即死魔法に耐性があったのでしょう。しかし、精神面での訓練を受けていないため、精神崩壊したんだろう」
「なんと不運なこと……」
騒ぎを聞きつけた外で待機していた帝国兵らが幕舎からぞろぞろと入る。それに刺激された混乱した帝国兵が慌てて振り向く。
「あ、ああぁああああ―――――ッ!!!! くるぅなぁああああああ――――ッ!!!」
「おい、やめろ!!!」
「落ち着け!!!」
「何をやってる!! さっさと取り押さえろ!!!」
「皆さん、動かないで!! 今は刺激してはいけません!!!」
マーガレットの声が響く。だが、混乱がピークに達した時、錯乱した帝国兵は自らの首筋に剣刃を当ている。そして、どこまでもゾッとするニヤッと笑みをこぼした。
「やめなっ――」
マーガレットが止めようとしたが帝国兵は迷うことなく自分の首を勢いよく斬り裂いた。斬り裂いた首筋から真っ赤な鮮血が吹き上がり幕舎に飛び散る。そのまま力をうしなって、手から剣を滑り落とすと膝から崩れ落ち、顔面から倒れた。
ドサリ、と鈍い音がする。地面にも血がじんわりと流れ出ていた。明らかに死んだことに視線を下したギリオンが思わず、声を出した。
「な、んてことだ」
その場にいた全員が一瞬の出来事に呆気にとられていた。静まり返った幕舎で最初に動いたのはマーガレットだった。死んだ帝国兵に歩み寄るとゆっくりと身体を起こさせ、見開いていた瞳を静かに閉じさせる。
「我らが女神スティーファ様。どうかこの者に安らかな眠りをお与えください……」
ギリオンがつぶやく。
「自害した者の魂は……」
「それ以上は言ってはなりません」
ギリオンが小さく頭を下げた。ギリオンが言おうとしたことは、死んだ者の魂は星女神スティーファ―の元へ帰るという信仰がある。しかし、自害した者、むやみに人を殺した者、星女神スティーファ―の意思に背いた者は全て、地獄へ落ちると考えられていた。
やっと、我に返った帝国兵らが死んだ兵士の周りに集まり、二人係で手と足を持ち、幕舎から連れて出て行った。
血溜まりになった場所を見下ろす。ギリオンがマーガレットの横に立つと尋ねた。
「辛うじて聞き取れたのは「赤い瞳」、「少年」、それに「少女」でしたな」
「それだけでは、なんの手がかりにもならない」
「ですな」
少し間が空いた。ギリオンがどうするか、尋ねた。
「総本部へ報告しますか?」
マーガレットは大きく息を吐く。肩に入った力を抜いて答えた。
「そうですね。念のため報告書をしたためておきましょう」
♦♦♦♦♦
その頃、ロランと命を救われたレオはというと、どこか薄気味悪い深い森の中を進んでいた。昼間というのに太陽の光が射さないほど、木々が絡みつく様にひしめきあっていて、そのせいで、ジメジメとしていた。空気も汚れているような感じがして息苦しい。
視線をめぐらせると木の根元には生えている紫色の岩ほどでかいキノコが生えていた。赤黒いキノコもある。どう見ても食べれそうにはないので、レオは景色として、見送ることにした。
ぬかるんだ地面に何度か足をとられてしまったが置いていかれそうな雰囲気だったため、必死に目の前を歩くロランについていく。
レオは目の前を歩くロランについて一体何者なのかが気になってしまい、チラチラと見てしまっていた。後ろ姿はまるで、女の子のようにすらっとした背中、手足も細く、スリムさでいうと自分の方が負けているような気がしてしまう。レオの視線を察知したのか、ロランが振り向いてきた。
それに慌てて視線を外す。
「あまり、じろじろ見てほしくないんだけど? なんか、背中がむずがゆいんだけど」
「ごめんなさい……」
「あ、謝る必要はないよ」
それに消え入りそうな返事をしたレオに対して、ロランは気まずくなり、後ろ頭を掻いて、再び歩み始める。無言の時間が続いたことにロランは歯がゆくなって、口を開いた。
「あーそういえば、僕の名前、言ってなかったっけ?」
「うん」
レオに何者なのかと聞かれて、はぐらかしたことを思い出した。
(―――さすがに名前くらいは教えても大丈夫だろう)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます