第6話 炎の中で その3
鋼鉄製の剣を素手で破壊したことに帝国兵らは驚き留まり、少年からの質問に対して考える余裕もなかった。
しばらくの間、答えを待った黒髪少年だったが進展がないと判断し呆れたように両肩をすくめる。
「……まぁわかるはずないか」
(―――――こいつらはまったく学ぼうとしないからな。相変わらず、無能だ)
「もういいや。君たち、目障りだから消えてもらおう」
そうつぶやくと視線を目の前にいる帝国軍の部隊長に向けた。
「面白いものを見せてあげるよ」
悪魔のような笑みを浮かべたあと右手を突き出す。何をするのかを思った瞬間、少年はささやいた。
「―――“デス・シャドゥー”―――」
黒髪少年の手から禍々しい黒い霧があふれ出し、力を溜めるように収縮していくと帝国兵士らへ分散して飛んで行った。帝国兵たちはそれがなんなんかはわからなかっが、身の危険を感じ、慌てて剣で斬り払った。しかし、斬っても斬っても分裂するだけで、消えることもなく元の塊に戻るとまるで生き物のように動きを見せた。そして、次々に帝国兵らを真っ黒な霧が飲み込んだ。断末魔が響き渡り、次第に声が小さくなっていき、聞こえなったと思うと黒い霧が飛散していく。
すると包み込まれていた帝国兵らが脱力するかのように力なくして、バタバタと倒れていった。
まるで、人形のような命を感じない様子だった。
黒い霧から免れた帝国兵らが仲間の顔を覗き込む。すると全員、即死しているのがわかった。
明らかに闇系魔法だと悟った瞬間、帝国兵らに戦慄が走る。
「ば、ばけものッ?!!!」
それに黒髪の少年の眉が跳ねる。
「その言い方は酷いなぁ。もっと別の呼び方があるだろうに」
少し怒った表情をした。闇系魔法は人間では使えないことを知っていた一人の兵士がようやく、目の前にいる少年の正体を看破した。
「き、貴様、まさか、魔族かっ??!!」
「ま、魔族?!!」
帝国兵らが悲鳴じみた声をあげると少年―――ロランは口角を持ち上げた。
「ご名答~君たち気付くの遅すぎ~」
帝国兵らは勝てないと知ると武器を投げ捨てて一目散に逃げ出していく。自分の正体を知られた以上、逃がすほどロランは甘くはなかった。
指を鳴らす。
するとロランの影から次々に漆黒の狼が一匹、二匹、三匹と次々に現れていき、瞬く間に数十匹の群れとなった。
「行け。あいつらを捕食せよ」
ロランの指示で漆黒の狼たちは遠吠えをしたあと一斉に動き出す。逃げる帝国兵士らの背中に容赦なく襲い、その鋭利な鉤爪で肉を引き裂く。
足に噛みつき、そのまま振り回しながら嚙みちってみせた。
「た、助けてくれ!!! やめろ!! 来るなぁあぁああああ――――!!!!??」
「ぎゃあぁああああ――――ッ!!!」
断末魔があちこちで響き渡る。獣が帝国兵を食い散らす惨たらしい光景を目の当たりにしていた少女は口元を手で覆い、えずいた。
ロランはひと段落ついたと満足げに頷いたあと、少女の方へと視線を向けるとあまりのショッキングな光景に気を失っていることに気が付く。苦笑いした。
「あ、ちょっとやり過ぎたかな」
さすがに、気絶した少女を燃え盛る街の片隅に放置して立ち去るわけにもいかず、仕方なしにとロランは少女を抱き抱え、帝国軍の増援が来る前にその場をあとにすることにした。
♦♦♦♦♦
リュデンヌ地方の北側にある森の中、月明りが射仕込む放棄された一軒の家屋にロランの姿があった。帝国軍の攻撃を受けたソリアの街からは少し離れた場所で、舗装された道沿いではあったが、誰も通る様子はなかった。
静寂に包まれ、虫の鳴き声が聞こえてくる。静かな場所だった。
ロランがいる家屋には人が住んでいた痕跡が残されていた。慌てて出て行ったのか、それとも何者かに襲われたのか。判断はできなかったが何も持っては逃げず、そのままとなっていた。埃被った机、散乱した食器、斜めに傾いたタンス。乱雑に開けられた何かをしまっていたであろう木箱などを見て、激しく散らかっていた。
ボーっと見つめるロランにとっては、なぜ、そうなったのかなんてどうでもいいことだった。
ロランは久々に人間の家屋の中を見た。とりあえず、と転がっていた椅子を立て直して、腰掛ける。雨風にさらされた椅子がギジリと軋む。
それから眠たそうにあくびをする。
ベッドに寝かせていた少女がようやく気が付いた。
「ここは……」
「ようやく気が付いたね」
声がした方へと視線を向ける。薄暗い部屋の中で、怪しく光る赤い双眼が自分を真っすぐと見つめていることに恐怖のあまりに全身の鳥肌が立った。
そして、気を失う前に見た光景を思い出し、少女は飛び起きると悲鳴を上げた。
「きゃあああああ!」
「うるさいな。もぉ~」
耳元を押さえるロランを見て、人間じみた姿に少女は口を開けたまま固まってしまった。
「一体、あなたは何者なのですか……?」
震えながら尋ねる少女に対して、ロランは答える。
「何者? 何者か……。あーなんて言えばいいのか。旅人、そう旅人さ」
「旅……人?」
「そっ。僕は世界中を旅してるんだぁ~」
少女の顔には疑問符しか浮かばない。
「どうして旅をされるのですか?」
「どうして……」
その質問にロランは答えが見つからなかった。口をパクパクしていると続けて質問が飛んでくる。
「あの……ここはどこですか?」
「どこって……。見ての通り、家だよ。まぁ廃屋だけどね」
視線をめぐらせた少女は身体を震わせる。何を言うのかと思いきや身体を縮めて両手で自分を覆うようにしながら言う。
「私を……襲うんですか?」
「なんでだよッ!?」
思わずツッコミを入れてしまい、ロランの声が響いた。
「だって……あなたは闇の魔法を使ってたから……」
闇魔法を使う人間はそうそういない。いるのはネクロマンサーのような死霊使いか、もしくは魔物だろう。
「あー……えっと、あれは……だな、えーっと、なんて言うのか。ちょっとした手品みたいなものだ、うん」
ロランの返答を聞いて、疑いつつも少女は少しだけほっとした表情を浮かべた。そして、改めるようにして、その場で正座すると小さく頭を下げた。
「あの、私のような者を助けていただき、ありがとうございました……」
まるで、自分を卑下したような言い方にロランは不愉快に思ったがそこには触れないことにした。
「いや別に助けたわけじゃない。たまたま通りかかっただけだよ」
「それでも……わたしの命を助けてもらったのですから……」
ロランは再びため息をつくと面倒くさそうに手を振った。
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