第5話 炎の中で その2
帝国軍の部隊長が連れて行くように指示をだした。それに応じるように帝国兵の1人が髪の毛を掴みながら引っ張っていく。
「いやぁああ――――!!! 助けて、誰か助けて――――」
少女は必死に助けを求めて叫んだ。しかし、周りに助けてくれるような人はいなかった。助けてくれるような人はみんな殺されたからだ。誰もが嘲笑の目で自分を見下してくる。
殺される運命なのか。少女は自分の立場を呪った。恨んだ。
自分に力がないからだ。この世は所詮、弱肉強食。
弱い者はだだ強い者に従うしかない、そう、誰かが言っていたことを思い出す。
そんなこと、あっていいのだろうか。この世界には慈悲深い女神はいないのか。こんなにも悲惨なことが起きているのに女神は助けに来てくれないのか。
心の中で、女神に何度も助けを求めた。
だが、状況が変わるようには思えなかった。自分はこのまま死ぬのだろう。
そう思った時、その助けに応じるかのようにどこから声がした。
その声はどこか幼さを感じさせた。
「ねぇ、さっきから笑い声が鬱陶しいんだけど?」
帝国軍の兵士たちが声がした方へ視線を向けた。すると炎の中から一人の黒髪の少年が現れる。炎の中をゆっくりと歩いている姿に帝国兵らは目を疑った。
「バカな……」
「な、なんだあいつあんな場所にいて、焼け死なないのか……?」
どう考えても、炎の中を歩けば、焼け死ぬのに黒髪の少年は平然と歩いている。
帝国軍の兵士らように鎧を見にまとってはおらず、防具と呼べる装備はしていなかったが、腰には立派な長剣を吊っていた。柄頭には紅色に輝く宝石が埋め込まれており、剣を納める鞘は漆黒の色。服装は貴族が着るような洒落た服だった。帝国軍の部隊長が剣先を向けて、制止させる。
「止まれ! 貴様、何者だ。名を名乗れ!」
怒鳴られたことで、黒髪の少年は歩みを止めた。
「何者、と言われてもね~」
どこか言いにくそうに苦笑いしたあと頬を人差し指で掻いた。
「君たちに名前を名乗る義務はないから名乗らないでおくよ」
「なんだと貴様?!」
見た目が貴族の服装、指には宝石がついた指輪をはめていた。帝国兵の一人がそれに気が付き、後ずさりした。
「き、貴様、貴族か?」
その言葉に誰もが動揺を見せた。貴族に剣を向けることは敵対的な行動を取ったということになる。もしも、この少年が名門家の人間だったらただではすまない。ましてや帝国貴族に剣を向けるなどあってはならなかった。
「貴族ねぇ~まぁそんなところにしておいて」
帝国軍の部隊長は目を細める。貴族や名門家の生まれの者は基本的に服の胸ポケットあたりに自らを貴族と認識させるために自らの家の紋章を刺繍することがある。
しかし、目の前にいる少年はその紋章はなかった。それに自らを名乗ろうともしなかったことに怪訝した。
「……どこの貴族かは知らんが、アンジュの領地にいるということは貴様も帝国に反感を持つ反乱分子の一味ということか?」
「まさか」
「ではなぜ、この娘を助けようとする?」
その問いに黒髪少年は視線を少女へと一瞥した。
(――――そう言われたら確かになんで助けようと思ったんだろうか?)
明確な理由がなかったため、答える言葉に困る。
「まぁ、なんとなく」
「ふざけるな!」
怒声がした。
「貴族だろが構わん! 帝国に反逆した一味だ!! そいつを殺せ!」
帝国軍の部隊長が指示を出すと帝国兵たちが少年を取り囲む。
「はぁ…。君たち、僕と戦うことはあまりオススメしないよ?」
「舐めた口を」
「待て、油断するな」
「どうせガキだ、さっさとやろう」
それにガキよばわりした瞬間、眉がピクリと跳ねる。ガキと呼んだ帝国兵を指差する。
「ちょっと、言っておくけど、僕はお前よりも年上だからな」
どう見ても童顔で10代半ばにしか見えない。ガキよばわりした帝国兵は中年だったため、呆れてしまう。
「はぁ? 何言ってんだお前? どう見たって、ガキだろ」
「僕はガキじゃない! こう見えても―――」
黒髪少年が何かを言おうとしたが、それを遮るように帝国軍の部隊長が待ちきれず、再度、攻撃を命じた。
「おい、何をもたもたしている、さっさと殺せ!」
帝国兵らが剣や槍を突きつけた。一人の帝国兵が後方から踏み込むと剣を振り上げた。
それに気が付いた黒髪の少年は振り返ると素手で受け止めてみせた。普通なら手ごと斬りつけているはずだが痛みもないのかすました顔をした。血一つ出ていないことに目を見張って、声が漏れた。
「刃が通らない……?」
「いきなり不意打ちとか卑怯じゃない?」
驚愕してしまったその帝国兵は動きと止めてしまった。仲間の帝国兵が何かの冗談だろうと思った。
「おい、何を遊んでいるんだ!」
「ち、違うんだ。こいつ……」
視線を向けると黒髪の少年はニヤリと口端を吊り上げた。悪魔のような笑みに全身から鳥肌が立つ。
受け止めた右手で剣刃を掴んで、力を入れた瞬間、剣刃が砕け散る。
驚きとどまる帝国兵に回し蹴りを腹部へお見舞いした。身体がくの字に曲がり、吹っ飛んでいき、近くにいた帝国兵らを巻き込んだ。
どよめき声が上がる。包囲していた帝国兵らが戸惑いを見せていた。それでも自分の存在に気がつかないことに呆れてしまう。周りに目を配り尋ねた。
「君たち、もしかして、本当に僕のことわからないの?」
その問いに誰も返答する者はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます