三、大陽
先輩の別荘は高校の最寄駅から一時間くらいかかる寂れた駅の、さらにその先の木の狂うほど長い坂の上にあった。黒黒とした背の高い木々の間に、忘れ去られたみたいにポツンと。
「なんか、あんまり別荘って感じの見た目じゃないですね」
「ふつーの一軒家みたいだよなぁ、どうせなら木の上とかに作ってほしかったんだけど」
別荘の周りにはドラム缶や大してものも燃やせなそうなほど小さい焼却炉、それから、かつては何かが植えられていたであろう荒れ果てた庭があった。
「でもまあ、お気に入りの場所だよ。俺の」
別荘の中も、ふつうの、ごくごくありふれた内装で、木々に囲まれていることなど感じさせない。
「善'、おいで」
大陽先輩が扉の前で手招きをする。
「なんですか?」
ゆっくりと扉が開かれる。部屋は暗く、ホコリの匂いがした。
パチ、と音が鳴ると部屋の壁が蛍光灯の光を反射して白く光った。その壁に、安っぽい、水鉄砲のようなものが貼り付けられている。
「何ですか? これ」
「銃だよ、ホンモノ」
大陽先輩は壁から一つ取ると俺によこした。青色の、プラスチックのような、手のひらサイズの銃。
「大陽先輩って、たまにへたくそな、変な嘘つきますよね」
あらゆる筋肉の力を抜いたような、キョトンとした顔を大陽先輩はした。
「うそ?」
「中学の頃、じゃれて遊んでたつもりが自分の力が強すぎて頭蓋骨骨折させちゃった話とか。親と一緒に死体埋めに行った話とか。海外旅行で毛穴から煙が出るまで大麻を吸った話とか、あとは……」
おれは少しだけ、間を開けてしまったことを少しだけ後悔しながら「今度キスする約束、おれとしたりとか」と付け足した。
「ん」
それは何のためらいも感じさせない、けれど、力強いキスだった。固く結んだはずの唇の、隙間を乱暴にこじ開けられ舌が絡む。
「俺、善'にうそついたことなんてないよ」
キスが終わると、大陽先輩はそう悲しそうに笑った。
その日、おれは別荘に泊まった。眠る前、大陽先輩は「これ、護身用」と言って、あの青い銃をくれた。
「いらないですよ、こんな玩具」
「善'は可愛いからね。ほっとくと誰かに襲われかねない」
やっぱり、この人はどこまで本気でこういうことを言っているのか、わからない。
「襲われたら噛みちぎってやりますよ、ソイツを」
「俺は舌入れても噛み千切られなかったな、そういえば」
大陽先輩はペロリと舌を出した。おれは噛みついた。噛み千切りはしなかった。
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