彼の人の罪〜秋の館の秘密〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

彼の人の罪は


 さやさやと流れる音は、降り積もる落ち葉の音だ。


 無限に降り続ける紅葉した樹々の葉はいかにも秋の島らしさを演出している。


 ——演出、ね。


 秋の島の主人、秋夜あきやゆかまで届く艶やかな黒髪を揺らして窓から離れた。


 黄金色の銀杏の葉も、真っ赤な紅葉の葉も、オレンジ色に染まる屋敷まわりの樹々も、何もかも蜂蜜色の風景に溶けていく。


 甘い香りは金木犀だ。


 紅茶の中にいるみたいに夕陽が島全体を染め上げて、この季節ばかりは西の宝石と呼ばれるのも素直に納得できる。


 ——まさに至宝の如き島。


 私の愛すべき島。


 夕焼けはその色を濃くして紫紺と真っ赤な空とがせめぎ合っている。


 その空を見つめるこの島の主は悲しげに見えた。


 ——…………。


「秋夜様」


 呼ばれて振り向くと、この館の雑事を仕切る執事・金獅子がいた。彼は名前の通り神の側に仕えたと言われるグリモールの一族、黄金獅子レグルスに属する獅子の頭を持つ獣人である。強靭でしなやかな体躯を黒の執事服で包み、かしこまっている。


 長命にして永遠なる忠誠をこの館の美しい主人に捧げてやまない誠実な男だ。


「……迷惑をかけるわね」


「迷惑など……この金獅子にその役目を任せていただき、光栄でございます」


 人ならぬこの館の主人は、誰にも打ち明けられない想いを抱えていた。


 それを、今夜解放する。


「秋夜様、他の方々にはお知らせしなくてよろしいので?」


 秋夜には同じ父から生まれた三人の姉妹と、半分血のつながった別腹の妹とがいる。妹は生まれたばかりだと聞いている。


「言えば反対されるわ」


「しかし何より初めてのことでございますゆえ」


「精霊の自死なんて初めてでしょうね」


 もちろん秋夜は死ぬつもりなどない。


 だが、精霊の身であれば死と同義の事をするのだ。


「金獅子、あなたには世話になりました」


「秋夜様……」


「後のことはわかっていますね?」


「はい。抜かりなく」


「では、始めましょう」





 翌朝、秋夜によく似た女性と涼やかな容姿の青年とが手を取り合って、秋の島を旅立って行った。


 金獅子は屋敷の玉座に黄金色の瞳を落として嘆息した。天鵞絨ビロードの猫脚の椅子の上には彼の手に余るくらいの大きな宝石が鎮座している。滑らかな質感は磨き上げられた琥珀そのものであるが、そこから溢れ出る魔力は比すべきものが無い。


「あるとすれば他の御三方くらいか」


 やがてこの異変に気づいた姉妹方だれかがここへ来るだろう。


 ——それまでは私だけの秘密、だな。


 金獅子はそっと宝石に触れると、館の主の無事を祈った。




 彼の人の罪〜秋の館の秘密〜完

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