Sさんの話

 どこからお話すればいいのでしょうか。


 わたしの実家は近畿地方のある山村で、先祖から代々家族で小さな神社の神職をやっていました。隣の市まで行ったら名前を知らない人のほうが多いような小さな社で――あ、この話は前にもしましたっけ。祖母が言霊を信じていて、わたしが作り話をするととても怒られた話も?

 あ、そうでしたね。すみません。わたし、忘れっぽくて。同じ話、何回もしてしまうんです。いけませんね。ごめんなさい。

 前回は百物語の帰りに友達の未来ちゃんが死んだところまでご相談に乗っていただいたんでしたっけ。


 それから、わたしは怖い話をやめました。

 友達の誰にも言霊の話は解ってもらえなかったけど、そうじゃなくたってあの日集まっていた皆の間に「こども同志で夕方に集まらなければよかった」って空気がありました。

 だってよりにもよって、わたしたちが一緒に遊んでた帰りに友達が誘拐されて、死体で見つかったんですから。遊びの内容が百物語でなくたって、みんな後悔しています。そのせいか、あの日わたしが話した怪談の内容は誰も覚えていないみたいでした。

 ところで最近思うんです。あの日、わたしが話した他の百物語はどこへ行ってしまったんでしょう。もう誰も内容を覚えていないので確かめようがないのです。


 祟るのはわたしが最後に話した女児誘拐の話だけだったのでしょうか。

 百までは語り切れませんでしたが、いくつかは怖い話をしたはずなのです。

 だからその……他の話は祟らないのでしょうか。

 祟らないわけがありません。わたしが話した嘘は本当になるのですから。


 痛い目には遭いましたが、記憶が薄れれば人間「これくらいはいい」と思い始めるものです。

 忘れかけた頃に再び小説を書き始めました。

 怖い話はいけない、と。それだけはうっすらと覚えていたのでホラーは避けていました。

 なのに全部本当になるんです。小説の中の悲惨な事件だけが。


 幼馴染の男の子と女の子が大地震で遠くに避難して離れ離れになるラブストーリーを書きました。書き始めたその夜に阪神大震災が起こりました。

 オカルトブームに乗って、カルト教団がテロの隠れ蓑になるミステリを書きました。サリンが地下鉄に撒かれて恐ろしくなりました。

 パンデミックで世界の様相が変わってしまうSFを書きました。二年後にコロナが流行りはじめました。

 ドーピングでの身体改造が是となった世界のオリンピックとその選手たちを利用したプロパガンダと戦争の話を書きました。ロシアがウクライナに侵攻しました。


 ――では、百物語は?

 わたし、どうしたらあのとき話したことを思い出せるのでしょうか。

 怖くなって連絡の取れるみんなに聞くんですが、誰も思い出せないんです。

 わたしも思い出せないんです。


 あのときの百物語が、知らずに誰かを呪っていないといいのだけど。



 どうしても気になったので、わたしはYoutubeで怪談を見始めました。

 その中にもしあの日話したこととよく似ているものがあれば、つられて思い出せると思ったのです。

 そのとき、祖母が自室に入ってきて、怪談の動画を見ていることで叱られました。

 わたしは何とも言えない怒りに頭を殴られました。私はあの日のことを切実に悩んできたのに。


 どうしてわたしの気持ちを解ってもらえないんだと思って泣きました。

 あのとき祖母が怒鳴り込みにこなければという逆恨みで身体が震えました


 冷静に考えたら、そうむきになることでもないんです。

 でもそのときのわたしは、何かに憑かれたように必死でした。

 祖母とは酷い喧嘩になりました。

 怒って家を出ていく祖母に、わたしは思わずつぶやいていました。



「もう帰ってこないで」



 そのとき、けたたましいブレーキ音と何かがぶつかる鈍い音が、家の外から聞こえてきました。

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