Tさんの証言

「Sさんがジャンルに来ると必ず推しが死ぬんですよね」


 あんまりにもあんまりな悪口に、思わず吹き出しそうになる。

「あ、ごめんごめん。でもさー。いやーだってそれはさすがにさーと思って。推しは死ぬものっしょ」


 自分たちが受講している小説講座は、基本オンラインだけど、たまにスクーリングがある。言っても集まれる首都圏の生徒だけの集まりだから、地方の人に配慮してそんなに重要なことはやらないし、どちらかといえばオフ会みたいなものだ。

 帰りに居酒屋で打ち上げをしましょうとなって、ひとりの受講生仲間が、そっと耳打ちしてきた。

「Sさんっているでしょ? あの人、先生が脚本やってるアニメの二次創作やってるんですよね。隠してるけどわたし知ってるんです。図々しくないですか? 二次創作やらせてもらってる原作者に小説教えてもらおうなんて」

 小説講座の課題にその二次創作を出してくるわけじゃないんだからべつにいいんじゃない?と思うんだけど、オタクの世界は複雑だ。

 黙っていると、その人は次々とSさんの悪口を言ってくる。仕方がないのでひたすら生ビールを飲みながら話を聞いている。


「それにわたし、昔からあの人が好きじゃないんです。どこにやってきてもすぐに他の大手さんに擦り寄るから、あの陰湿な作風が伝染っちゃって、みんなSさんの影響を受けた暗すぎる設定ばっかりになっていく気がして、それにーー」


 ーーいつの間にかジャンルのトレンドが死ネタになってて


 ーーそうして本当に原作で推しが死ぬんです


 Sさん本人や書いてる小説が気に入らないならそう言えばいいのに。「彼女がジャンルにやってきたら推しが死ぬ」なんて言いかけたら、八割のアニメオタクは呪われている。

 そう思いながら生ビールを飲み干す。



   ***


 え? あーしがSさんをどう思ってるか?

 しらねー。あの人関西だからスクーリング来ないし。だから人としての評価は勘弁ね。

 でも文章はやっぱ巧いと思うよ。書いてる内容はnot for meだけど、あの文章でBL二次創作やってんのって聞いたら逆に見たくない? あーしはもしSさんがうちの推しに興味示したらちょうウェルカムだよ。頑張って沼にハメちゃうし。

 え、先生、なんて顔してんの? あーしこれでも結構オタクだよ? ワンピース全巻持ってるし。


 でもさーそういう能力があるとして、そういう能力で悩んでる人ってなんで明るい話書かないんだろうね。

 嘘を現実にする能力とかあったらさ、あーしなら宝くじ7億円当たったりイケメンの御曹司に溺愛されたりする話ばっか書くよね。

 まー、チート能力って自覚してない人にそういう能力って宿るのかもしんないねー。だって言葉ひとつで虐殺できちゃったらヤじゃない?


 ま、それはそれとして、あーし、Sさんの気持ちちょっと解る気がするんだよね。

 あーし、寺生まれでさー。

 知ってる知ってるって思っちゃうんだよね。シューキョー的に厳しいばーちゃんも、自分ちのシューキョーをネタにしたような遊びをしたら死ぬほど怒られるのもさ。


 ……え、傷つくわ。ドン引き。マジなんなのさっきから先生のそのリアクション。

 あーし、めっちゃ寺生まれらしくない? 髪型とかマジ尼削ぎじゃん? 色がちょっとアッシュなだけでー。


 あーしなんかさー。自分ちの管理する墓地で肝試ししちゃったことあるんだよ。

 百物語くらい可愛いじゃん。墓地で肝試しはアウトなの、今ならめちゃくちゃ解るわ。自分とこの檀家さんの大事な墓で遊んだんだもん、そりゃキレるって。

 それでさ、小学生のあーしは反省として夜中ずっと寺のお堂で墓地に向かって正座させられてたのよ。

 そしたら何かがこうささやくの。


「つれてきて、またつれてきて」

「こんどはずっとあそぼう」

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