第10話 手紙(二つ目の扉)

 そう思ったものの、強い光を浴びたときのように白くなっただけなのか、一瞬後には見えるようになっていた。


「おかえりなさいませ」

 目の前には青年が。そしていつの間にやら廊下に戻っていた。


「ただいまです」

 何となく気恥ずかしさを感じながら言うと、青年の視線が男と少しズレていることに気付く。それを辿ると、自分の手元に行き着き、驚いた。


 その手には、手紙が握られていた。


「破ったはずなのに」

 無表情に言う男に、青年が肩を竦める。


「破られたくなかったのでしょうか」

 まるで手紙が生きているかのように話す青年に、男が苦笑する。

「そうかもしれません」

 途端、楽しげに目を見開いた青年を見て、男は首を傾げる。何かおかしなことでも言っただろうか。


「あなたの気持ちを言っているのですが」


 あ、とまた本心の声が出て、少し笑ってしまった。それもそうだ。


 僕は、それを破きたくなかったのかもしれない。


 それでは、と手を差し出す青年のつり目が優しげに緩む。

 随分と睫毛が長く、全体的に色の薄い顔をしているな、と気付いた。それまで長めの前髪と、青年の感情だけを追っていたようだ。


 日焼けを知らないような白い手を取り、にこりと微笑む。

 それに呼応するように、青年の白い睫毛がゆらりと伏せられた。

 不思議と、嫌な思いはしなかった。


 再度その手に導かれながら緩やかに進むと、先程とは別の扉があった。


「おや」

 青年が意外そうな声を出す。


 扉が大きく開いていたのだ。

 中からぼんやりと夜行灯のような光が漏れている。

 だが、男は全く動じていなかった。


「多分、この扉はこれでいいんです」

 青年の柔らかな視線を受けながら、扉をなぞる。

 いや、厳密には扉ではなかった。

 見慣れた木製の外枠に曇りガラスを嵌めた窓。男がいつも通っていた隣家への入り口。


 そこにいたのは活発な幼馴染みの少女だ。

 その扉は男に対し、開閉を意識する暇もないほど開かれており、いつでも中に入ることが出来た。


「行ってきます」

 青年が口を開く前に男が言うと、青年は楽しそうに目尻を下げる。


「いってらっしゃいませ」

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