月が綺麗ですね

懋助零

月が綺麗ですね

『今月6日、○○市のアパートの下で、死体が発見されました。死因は、全身を強く打ったことによるショック死だと思われます。警察は、身元の特定を急ぐと共に、事件とみなして捜査を進めています_』


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 初夏の気温が心地よい一学期。もうすぐ終業式だというところで、彼女はこの田舎町に東京から引っ越してきた。

 僕が感じた彼女の第一印象は「綺麗な人」だった。

 彼女はすぐにクラスに溶け込み、定期テストではいつも1位だった僕を抑え1位になった。そして、いつもなら一番に学級委員に推薦される僕を差し置き、彼女が今学期の学級委員になった。

 そう、彼女は容姿端麗で頭が良く、そして人望も厚いという、俗に言う完璧人間だったのだ。

 もちろん、テストの順位を抜かされて悔しかった。

 学級委員の座を奪われて悲しかった。

 そして何より、完璧人間なはずだった僕の座を奪われて憎かった。

 でも、僕は完璧人間の彼女を、憎みながらも好きになってしまったのだ。


 そして、運命だったのか分からないが、彼女とは家が近くてよく一緒に下校していた。そこで親しくなったと言っても過言では無いだろう。

 夏休みに入り、僕はよく彼女と勉強をしに図書館へ立ち入るようになった。勉強スペースの1番奥の席だけ向きが違い、死角になっているため、よくそこで静かにイヤホンを分け合って音楽を聞いたのはいい思い出だ。

 そして、夏休みも終わった二学期のある日。

 いつものように下校していると、何故かその日はとても会話が弾み終わりが見えなかったため、近くの河川敷まで出向いた。もう日は落ちており、田舎の街灯の少ない町の夜空は、言いようもないほどに美しかった。星が瞬き、月は輝き、この町を静かに照らしていた。暫く僕が景色に見とれていると、彼女が口を開き、ある言葉を口にしたのだ。


「月が綺麗ですね。」


 彼女は、月を見つめながら僕に言った。

 いいのか、僕に好意があると思っていいのだろうか。僕は期待をした。

 …でも、そんな筈がないんだ。あの完璧人間の彼女が、僕を好きになる訳が無い。


「…そう、だね。」


 僕は、言ってしまった。

 彼女の告白と思われる言葉を、僕は断ったのだ。

 自分の思い込みで。

 そして、彼女は僕の顔を見つめ微笑んでから、1粒の涙を流した。

「だよね。」

 彼女の頬を伝う涙には、月が綺麗に写っていた_。


 そして、今。

 僕はその後、気まずい空気の中何とか家にたどり着き、部屋でテレビを垂れ流している。

 そんな時、あるニュースが耳に入った。

『先程、○○市で、女子学生が血を流して倒れていると通報がありました。現場は、○○市のあるアパートの駐車場の前です。警察は、身元の確認を急いでいます。』

「う、嘘だろ…?」

 僕は思わず言葉を漏らした。だってそのアパートは彼女が住んでいるアパートなのだから。

 僕はそう思った瞬間、家を飛び出していた。

 アパートまで着く最中、僕の脳裏には何故か彼女の姿が浮かび上がり、ありもしない妄想を繰り広げていた。

 もしかしたら事故じゃないか。それとも殺人?

 ……いや、自殺かもしれない。それはなぜ?

 もしや僕が告白を断ったから…?

 そう考えると、心臓がはち切れそうでたまらなかった。もし僕のせいで彼女が自殺の道を選んだとしたら、僕は人殺しだ。

 僕は急いでアパートの階段を駆け上がり、真っ先に彼女の住む部屋へ向かった。

 ピンポーン…薄暗いアパートの廊下に鳴り響くチャイムの音。ガチャリと音がして出てきたのは、彼女の母親だった。

「あら…ごめんなさいね、うちの子まだ帰ってないみたいで。」

 手を頬に当てて困り眉をする彼女の母親に会釈をし、僕はその場を去った。

「部屋にいないってことは…」

 僕は最悪の事態を想定した。もし、彼女が自殺をしたのなら、それは屋上なのでないか。

 億劫に思いながらも、僕はゆっくりと階段をあがった。

 そっとドアノブに手を伸ばし、ギギギと音を立てながら開くドアを抜け、僕は屋上に着いた。

 夏の空気が残る、モワッとした空気が気持ち悪かった。僕は、身投げをするならここだろうと、フェンスが壊れているところに立つ。真下には、ニュースでやっていた事件であろうブルーシートが敷かれていた。

 辺りを見渡す。特に何も無いように思われたが、横にあるベンチの下に、なにか封筒が置いてあるように見えた。石が上に置かれていて、飛ばないようになっている。僕はその封筒を拾い、中に書いてある文章を読んだ。


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 輝樹くんへ。


 まず初めに、私は自殺をします。

 理由は、君です。君のせいです。

 私、転校した日から君に一目惚れをしました。

 そして沢山一緒に過ごしたよね?放課後だってほぼ毎日遊びに行って、その時間がどれだけ私にとって嬉しい時間だったか、君は分からないよね。

 でも、その時間で君を、独り占めしたいくらいに好きになってました。いや、愛してました。

 そして、意を決して君に告白しました。

 遠回りだけど、勉強が得意な君ならきっと意味を理解してくれると思いました。

 でも、返ってきた返事は、私の想像とは違うものだった。とてもショックだった。泣いてる私をみて、その心境は想像できるでしょう?


 そして、私が自殺をするのは、君にフラれたから。

 これもひとつの大きな理由です。

 でも、他にもあるんだよ?


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 手紙は、ここで終わっている。

 これは彼女の遺書なのか?でもこれが世間に知れ渡りでもしたら、僕は完全なる悪者だ。

 ネットの世界でどれだけ叩かれるだろう。

 僕は恐怖に怯えた。彼女は、僕のせいで死んだのだ。涙があふれる。一言違うことを言っていれば、彼女は今頃笑顔で過ごしていただろう…。

「ねぇ。」

 誰かに声をかけられる。まるで彼女の声だ。

 幻聴まで聞こえるようになってしまったのか。

「やめろよ、幻聴だろどうせ。」

 僕がぼそっと呟いた。

「ううん、私は生きてるよ?」

「え?」

 ゆっくり後ろを振り向く。

 そこには、手袋をつけ、マフラーを巻いた彼女がたっていた。

「…まんまとひっかかってる。ふふ。」

「何がだ?」

 彼女は、僕の怯えきった表情を見て笑った。

「私が自殺したって言うのは嘘。あたかも私の自殺だと君が思い込むように誘い込んだ。」

「は?」

 思わず口から飛び出した声は、自分のものとは思えないくらいに動揺していた。

「なんのためだよ…!」

「君が私をフったからよ。」

「それだけで…?僕を落とし込んだのか?」

 彼女は、自分中心に世界が回り込んでるとでも思っているのだろうか。そう思うと、段々と怒りが込み上げてきた。

「ふざけた真似するなよ!!!」

 僕の口からは乱暴な言葉が飛び出した。それと同時に、彼女に飛びかかっていた。

「それだけじゃないよ。君、私の事憎んでたでしょ?羨んでたでしょ?」

「なっ、なんでそれを…?」

「私、何度もそういうことがあったから、分かるの。その人が私を憎んでたら、態度や行動、言動で何となく察するわ。」

 彼女は僕に押さえつけられてるのにも関わらず、冷静に、真顔で僕の質問に答え続けた。

「それに、君は私をふった。私をフる人なんて今まで見たこと無かったわ。だってこの世は私中心に回ってる。なんでも思いどおりになってきた。その邪魔をする人はいらないのよ。」

 笑みを浮かべてそういう彼女は、どこかで聞く心霊現象よりもずっと怖かった。

「そして、私は今から君を殺すの。」

 僕は彼女の上から逃げようとした。このままだと本当に殺されてしまう。

「逃げようとしても無駄よ。」

 彼女はどこからかナイフを取り出し、持ち手の部分を僕の手のひらに当てた。

「さぁ、準備完了。」

 そう言い、僕が抵抗するまもなく、彼女は僕の横腹にナイフを刺しこんだ。

「ゥヴっ…!!!いてぇ!!!!!」

 僕は彼女の上からどき、ベンチにもたれこんだ。

 どくどくと血が流れている。本当に死ぬ。急いでスマホを取りだし、110に電話をかけようとした。

「だから、無駄だと言ってるでしょう。」

 彼女は、僕を無理やり立たせ、壊れたフェンスの前まで連れてきた。

「…君は死んでしまうけど、さっき見た綺麗な月の事は絶対に忘れないわ。ありがとう。」

 彼女は先程と同じように、涙を流して微笑んだ。


 そして、僕の体を押した。


 体が、後ろに倒れる。フェンスがないから、僕の体は重力に抗えず、アパートから落ちていく。

 生ぬるい空気を受けながら、意識は朦朧としていく。

 月明かりに照らされ、微笑む彼女の姿は妙に輝いて見えた。

 __それも涙のせいか。



 僕も、今日という日を絶対に忘れないだろう。





 グシャッ___

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