第18話 バディ

開始の合図が鳴ると、足早にそれぞれの持ち場へと急ぐ。

何度か足を踏み入れた戦場だが、見覚えのないボロボロの家屋や倒木などがあった。中立の立場であるチャーコル国は時折、戦場に物を持ち込んだり、木々の伐採などの手入れを行っているようだ。


元々チャーコル国の所有地なのだから好きにする権利はあるが、戦場を整えられているのは殺し合いのお膳立てをされているようで、あまり良い気はしない。


『明るいうちに場所を把握し攻撃を行い、夜は罠を仕掛けて最小限に動く』


夜間の戦い方は一朝一夕で身に付くものではない。日が出ているうちに敵の数を減らし、焦ったところを待ち構えて攻撃するのが最良だと伝えられている。

もっとも逆にこちらが人数を減らした場合は仕掛けなければならないが、終了するまで敵も味方も生存数が分からないのが痛いところだ。


バディを失った場合は、他のメンバーと合流するのが最優先事項になった。大人数で集まると狙われる危険性が増すが、単独行動よりはましだ。


エルザとラウルは小柄で射撃精度が高いため、ある程度視界が開けた場所で敵を狙撃することになっている。幸いにも相手の陣地よりも近い位置に格好の場所があった。


当初の目的通り小川付近にたどり着くと、エルザとラウルはなるべく離れない位置でそれぞれに配置についた。歩き回る必要はないが、樹の上で長時間動かず、同じ体勢を取り続けるので身体的疲労は他のメンバーとあまり変わらない。


極力会話を控えて合図を送り、絶えず互いの動きを確認することで周囲にも存在を伝えずにコミュニケーションを取っていた。


丸二日間食事を摂らなくても何とかなるが、水は必須だ。もちろん敵も携帯しているだろうが、二日分には足りないだろう。

水を求めてやって来た敵を狙い撃つには絶好のポイントだ。よほどの事態が起きない限り、ラウル達は翌朝まではここで待機することになっている。


開始直後に水を求めて来る兵士はいないだろうが、時間が経てば必要とする者も出てくるだろう。貴重な戦力を待機させておくことに反論もあったが、絶好のポイントを押さえておくため、また逆に味方が水を求めてきたときに援護するためには必要だというのがギルバートの主張だ。


長丁場になるので合図を送りながらエルザと交互に休憩を取る。といっても樹の上から下りるわけにはいかないので、目を休ませるか水分や携帯食を摂って体力を温存させるぐらいしかできない。遠くで聞こえる銃声を無視して、ラウルは束の間の休息を取るため目を閉じた。


夜の帳が下りかけたころ、周囲を見渡しながら敵が姿を現した。完全に暗くなる前に水を調達しようという考えは確かに間違っていない。

エルザに合図して引き金を引くと、相手の兵士は反撃する間もなくその場に崩れ落ちた。遠ざかる足音が聞こえたが、射程距離からは離れていて銃を下ろす。


これ以上敵が掛かるとは思わなかったが、元々の計画どおりこのまま移動しないほうが安全だ。薄闇の中で響く銃声は、どちらの陣営にも不安を与えたことだろう。


木々の隙間から見える満点の星空は、残酷なほど美しかった。



翌朝から地面に下りてラウルとエルザは行動を開始した。闇雲に動きまわるのではなく、訓練以上に慎重にゆっくりと移動する。広い森の中に最大で八人の敵が残っている。隠れる場所も多く、残り二十四時間という長丁場の中、集中力を保つのは難しい。慎重すぎるぐらいがちょうどいいだろう。


時折遠くから銃声が聞こえて鳥が飛び立つ姿を何度か目にしたものの、敵にはなかなか遭遇しなかった。

適度に休憩を挟みつつも森の中を歩くが、普段と違うルールに向こうも慎重になっているのか、時間だけが刻々と過ぎていく。


僅かに人の気配を感じた気がして、ラウルは動かないよう合図を送った。だがその瞬間、エルザの目の前で大きな蜂がよぎり、のけぞったことでバランスを崩れる。どうにか踏みとどまったものの、小枝がパキリと軽やかな音を立てた。


一瞬の静寂後、激しい銃声音が鳴り響く。

エルザと少し距離があったことが幸いだった。ラウルはぐっと息を詰めると、素早く位置を予測しいつもの動作で引き金を引いた。呻き声と重い物が地面に落ちる音を聞きながら、敵の居場所を再確認してもう一度、今度は確実に仕留めるために撃つ。

仰向けに倒れた男の姿が遠目に捉えると、ラウルは足早にエルザの元へと戻った。


左腕を押さえるエルザだったが、弾がかすっただけのようで出血は少ない。端切れで手早く止血を行い再度周囲の様子を窺うが、幸いにも近くに仲間がいないのか怪しい動きは見当たらなかった。


つい先ほどまで高い場所にあった太陽も傾き、二度目の夜が近づいていた。



勝敗が決まるのは翌朝、明るくなり始めた早朝が恐らく最後の攻撃の機会だろう。

それでも敵味方どちらも戦況がはっきり分からない中、夜に危険を冒して攻撃する者もいるはずだ。

警戒は怠らないがずっと神経を張り巡らせていると集中力も体力も持たない。


簡単な罠を仕掛けて交互に休息を取る。木にもたれて目を閉じているが、エルザは眠っていないようだ。

月明りを避けて暗がりに潜んでいたが、表情が分かる程度に目は慣れていた。


「……何?」


視線を感じたエルザが目を開ける。口調もその眼差しも咎めるようなものではなく、純粋な質問のようだ。


「邪魔をしてごめん。怪我が気になって…」


言い訳のような自分の言葉に困惑する。見たところで怪我が治るわけでもないのだ。体力を温存するためにも、余計な言葉など掛けずに休ませておくべきなのに、エルザの眼差しは優しくて、それに促されるようにラウルは思ったことをそのまま口にした。


「君が怪我をしたり痛い思いをしてほしくないと思った。……変かな?」


困ったような表情で頬に手を当てた後、エルザは優しく微笑んだ。


「ううん。気に掛けてくれてありがとう、ラウル」


戦場にそぐわない穏やかな時間が流れた後、そう遠くない場所で銃声が聞こえた。

おそらく味方と敵が交戦している。立ち上がったエルザの表情を見た瞬間、ラウルは自然と頷いた。

なるべく音をたてないよう二人は銃声の方へと駆け出した。


物音を立てずに移動するのは不可能だ。人の動く音と銃声で味方と敵の位置を把握しなければならない。

敵も味方も他の人間の接近に気づいているはずだが、互いにか味方か分からない。


危険を承知で、指笛で合図を送ると、短い音が斜め右前方から返ってくる。

それに応えるかのように銃撃を交互に浴びせてくるが、お陰で全員の配置が分かった。


(敵は恐らく二人)


味方を誤って攻撃してしまうのは避けたい。時間が経てば経つほど人数が少ない方が不利になる。敵もそれが分かっているから、一人の兵士が味方に接近を始めたようだ。生い茂った背の高い雑草が邪魔で狙いを定めにくい。


「私が行くわ」


そう言うなりエルザは前方へと歩みを進めた。

敵に姿が見せ標的になるような囮の仕方は正直褒められたものではない。だがエルザも無謀に囮になったわけではなく、援護射撃している敵を狙って攻撃する。木の陰に隠れているがエルザの攻撃により仕掛ける銃撃の数が圧倒的に減った。

エルザの意を汲んで、もう一人の兵士に狙いをつけ連続で撃つと茂みの揺れが止まった。


「エルザ、引いて」


攻撃を緩めると撤退する気配があった。いくつかの弾丸は当たったようだが、距離があるため致命傷には至らなかっただろう。味方の元へと急ぐエルザを見て、ラウルは周囲を警戒するほうに切り替える。


そこにいたのはニックとオリバーだった。

オリバーは肩と太もも辺りを撃たれたらしく出血が激しい。朝まで生き残る可能性は半分より少し低いぐらいだが、意識はあり苦悶の表情を浮かべている。


「歩けるか?」


その質問の意図に気づいて、オリバーは首を縦に振った。歩けなければ置いていくしかない。ここは中間地点より陣地に近いが、それでもかなり距離がある。歩けば歩くほど出血も増えて生き残る可能性が減るし、怪我人を守りながらの移動は危険が格段に高まる。


「歩けるって言うなら一人で行けよ。俺は他の奴と合流するからな」


そう言うとニックはさっさと身をひるがえして、森の中に消えていった。

バディの言葉にショックを隠せない様子のオリバーを見て、エルザがラウルに視線をよこす。


「これ以上無理だと判断した時は、置いていく」


オリバーはぽかんとした表情を浮かべたものの、言葉の意味を理解すると泣きそうな表情で頷いた。


今までだったら自分もニックと同じような行動を取っていた。だけどもし怪我をしたのがエルザだったら自分は見捨てるだろうかと考えた時、答えは否だった。


また夜に攻撃を仕掛けるのは互いにリスクがある行動で、昼間より敵に遭遇する可能性は低い。それならば陣地近くまで撤収させておいて、生存者数を増やし勝率を上げることも可能だと考えたからだ。


「僕が先導するからエルザは後方に」

「了解。……ありがとう」


エルザのためにもオリバーを陣地に連れて帰らなければいけない。小声で感謝を伝えるエルザの言葉に、ラウルは小さく頷いた。

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