第17話 証明と約束

夜の森では視覚より聴覚が大切だと開始早々思い知った。

身を隠していてもフクロウなど夜行性の鳥の鳴き声や虫の音が止まると、見えなくても周囲に人がいることが分かるのだ。


暗闇に慣れても輪郭程度できちんと仕留められたか目視がしづらい。かといって不用意に近づけば、逆にこちらがやられる可能性がある。


(月明かりがない曇天や雨の場合も考慮しておかないといけないな)


木の上で待機しながらラウルはそんなことを考えた。目が慣れるまでは俯瞰できる場所にいた方が安全だし狙撃にも有利だ。


遠くで聞こえた一発の銃声音、それ以降無音であることから、仕留められたようだ。

加えてそれは相手チームである上官や教官メンバーによるものだという事も銃声から分かった。実戦から離れているとはいえ、実戦経験がそれなりに多いメンバーがほとんどだ。まずは状況に慣れるために単独行動となったが、実践ではバディが必須だろう。


かさりと音がしたがとっさの判断に迷う。暗闇では敵と味方の区別がつきづらい。拾っていた石を音が立たないよう慎重に反対方向に放り投げる。


その音に潜んでいた人物が反応して引き金を引いた。銃声音が自分の物と違うことが分かった瞬間、応戦する。

倒れる物音を聞いて木の上から飛び降りて、すぐさまその場をあとにした。

物音から潜んでいた位置、銃を構えた姿勢を想定し狙ったため、仕留めたかどうかの確認は必要ないと判断した。


一定の距離を取ってすぐに木陰に潜んで息を整える。風のない静かな夜に動き回れば敵に居場所を教えてしまう。もどかしいが少しずつ移動して敵を探すしかない。


フクロウの鳴き声が止まったことに嫌な予感を覚えて、身体を転がすと一瞬遅れて銃撃音が響き渡った。

その音で味方から間違われたのだと分かったが、どうやって誤解を解いたら良いものか迷う。


(同士討ちを避けるべく、符号も決めておかないといけないな)


「味方だから撃たないでほしい」


大声を出すわけにもいかず、最低限届くように音量を抑えて声を上げた。その言葉に警戒しつつも姿を現したのはエルザだった。


「このままバディを組まない?その方が生存率と勝率が上がるけど」


傍に味方がいれば挟み撃ちにできるし、互いの背中を守れる。関わらないでほしいと言われたが、戦場では話は別だ。


「……他の仲間と合流するまでなら」


条件付きではあったが、エルザからの承諾を得ると簡単なサインを決めてすぐさま行動に移した。

わざと物音を立てると目の前を銃弾が掠めていく。それと同時に後方のエルザが銃を撃つと呻き声と倒れる音が聞こえた。


作戦成功だが手で合図してその場にとどまるよう指示をする。たっぷり1分以上時間を取って他に敵がいないかどうかを確認してから、エルザを呼んだ。


「……随分慎重なのね」

「相手は上官たちだからね。 最初からバディを組んで動いている可能性も高いと思って」


今回はあいにく予想通りではなかったが、その可能性を排除する理由にはならない。

再び移動しようと腰を浮かしかけた時、エルザがぽつりと言った。


「ごめんね。私が間違っていたわ。感情なんて戦場には不要だと何度も言われていたのに、理解していなかった」


囁くような小さな声は微かに震えていた。


「ラウルがミスしたのは私のせい。ラウルに余計なことを伝えたから…」

「でも僕は今のほうがいいと思っているし、大切な存在がいても強くなる。もしそれを証明できたら――また僕と会話をしてくれる?」


責任感が強くて誰よりも優しい僕の大切な存在。彼女はそのままでいて欲しいから、ギルバートの言葉を否定しようと決めた。


「……分かったわ」


月明りに照らされて優しく微笑む彼女を見て心がじわりと温かくなった。



翌朝、終了の合図で残っていたのはわずか四名。相手チームは六名で敗北だった。森から出ると死にそうな顔をしたリッツが、ラウルを見つけるや否やまくし立てた。


「本当についてねえ。よりによってエーデル上官に出くわして即効やられた…。あの人、銃の扱いも相当で一生勝てる気がしねえ」


連続で特別訓練を受ける羽目になったリッツを慰めるべきだろうと考え、言葉を掛けた。


「今回は時間がないから長くて1日で終わると思う」

「それ慰めになってねえからな。でも前よりましだな」


何がと問い返す間もなく、リッツはギルバートに呼ばれていった。


特別訓練組以外はバディを交互に組んで相性を確認する。

他の部隊のメンバーと組むことがほとんどなかったので、初めて組む相手とは勝手が分からなかったがいつも通りにやっていると文句を言われた。


そのほとんどが個々の能力に問題があるのではないかと思うような内容だったので、黙っておいた。バディの組み合わせは上官の判断によるものだから、反論することに意味がない。


一方、特別訓練組の表情はひどかったものの、集中力や射撃精度は上がっていた。さすが上官だと内心称賛したものの、あれは二度と参加したくないと思う。


訓練最終日の朝にバディの発表があった。自分のバディは一番慣れているリッツだと思っていたのに、エルザと組むよう言われて戸惑いを覚えた。


ギルバートはエルザとだけは組ませないだろうと予測していたからだ。上官の判断に異論を唱えるわけではないが、その理由を知りたくて上官室の扉を叩いた。


「来るかどうかは半々だったが」


ギルバートはそう言って目を眇めた。


「バディの変更を望んでいるわけではありません。ですが上官は彼女と関わることに否定的だったようなので、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……お前、よく喋るようになったな」


ギルバートは前回と同じように痛ましいものを見るような表情を浮かべ、ため息をついた。


「一番相性が良かった、ただそれだけだ。――だが生き延びたければあいつを特別に思うな」

「……はい」


珍しく真剣な表情の上官に、承諾以外の返答は許されない。

ギルバートの言葉がいつもと少し違っていたことが気になったが、明日からの戦いに気持ちを切り替えるべく、ラウルは上官室を後にした。

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