第5話 贈り物の意味
翌日、外出許可を得てラウルは町に出た。
拠点と市街を結ぶ中間地点にあるこの町は兵士のために作られたものだ。民間人との唯一の交流場所として、酒場を中心に人が住むのに必要な飲食店や雑貨を取り扱う店がいくつか並んでいる。
その中には公認されていないものの娼館もあり、夕方町に出掛ける理由は大体そちらの利用が目的だ。外出許可を申請するときに、時間の確認をされたのはそのせいだろう。
特に用事がないのでだけ同僚に連れられて数回足を運んだことがあったが、他人に触れられるのは好きではない。
こうして日の高い中、一人で来るのは初めてだった。
町に来たのはエルザへの贈り物を購入するためだ。彼女が自分を嫌うのは無自覚のうちに何か気に障ることをしたのだろう。
隊の同僚の多くは、最初は不快そうな表情をしていたが一緒に戦っていると最終的には「もう慣れた」と諦め顔で言われる。何が原因か尋ねたこともあるが、教えてもらえなかった。
エルザもいつかそう思ってくれるかもしれないが、確証はないので何か方法がないかと考えた結果、好意を得るために贈り物は有効だと以前誰かが話していたことを思い出したのだ。
ネックレス、ブレスレット、幸運のお守り、お菓子、工芸品。
店頭に並ぶ品々を眺めながら考えるが、どれが適しているのかさっぱり分からない。彼女の嗜好は分からないが、装飾品や甘味を渡してして受け取ってくれる確率は何となく低い気がした。
(戦場ではこんなに迷う事などないのに……)
他に大事なものを作るな、というギルバートの言うことは正しかったのだろう。こんな風に悩むのは非合理的で時間の無駄であり、戦場では命取りになる。
これが本当に恋愛感情なのかまだ分からないい。
ただあの時彼女を殺せなかったことでラウルの中で何かが変わってしまったのだ。自分の手で消してしまえるほど、どうでもいい存在でないことは確かだった。
気づけば街の外れ近くまで来ていたが、エルザへの贈り物はまだ決まっていない。
(そろそろ引き返さないと帰還時間に間に合わない)
とりあえず外れまで行くべきか、と前方に目を向けて視界の右端に捉えたものがあった。
「あ…」
これなら彼女は受け取ってくれるかもしれない。そう思ったラウルは店員へと声を掛けたのだった。
「ここで何を、しているの?」
エルザが今日も森に来るかどうかは賭けだった。二日続けて来る保証などなかったけれど、他にどうやって彼女に会ってよいか分からなかったから、こうして会えたことは幸運としか言いようがない。
(――だけど、喜んでくれるだろうか?)
「これを君に渡したくて」
差し出した白い花束を見た瞬間、エルザは眉をひそめた。険しい表情で睨まれていることから、彼女が喜んでいないことは明白だ。
(――ああ、また失敗したかな)
どうしたら良いか分からないまま、ラウルがそのまま見つめていると先に目を逸らしたのはエルザだった。
「それに……どんな意味があるか分かってやっているの?」
エルザが花を供えた意味だろうか、それとも彼女に花を渡したいと思っている自分の行動のことを指しているのか。
ともあれ花束をプレゼントするのは逆効果だったようだ。供えていた花だからこそ利用用途があり、彼女に受け取ってもらえると思っていたのだが、早計だったらしい。
「分からない。ごめん、気分を害してしまったみたいだね」
これ以上ここにいても良い結果は得られないだろう。撤退しようと去りかけた背中に声がかかった。
「……わざとではないのね」
振り向くと、少し呆れたような表情があった。そして先ほどよりも柔らかい口調で告げる。
「少しだけもらってよいかしら?他に再利用先がないのならば、だけど」
「君のために買ってきたのだから、全部あげても構わな…」
「少しでいいの!……そんなに必要ないから」
遮るように強い口調と裏腹に悲しそうな表情に、何と声を掛けてよいか分からなかったからただ黙ってエルザに花束を差し出した。
(どうしてそんな表情をするのだろう)
「ありがとう」
小さな声でお礼の言葉を告げるエルザにラウルはただ頷くことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます