第4話 戦う理由 ~エルザ~
守りたいと思った。ただそれだけなのにどうしてこんなに難しいのだろう。
走り続けた足は重く、自分の荒い呼吸が耳につく。
先刻から鳴り止まない銃声はまだ仲間が無事な証拠だ。どんなに苦しくても立ち止まってしまえば、手遅れになってしまうかもしれない。その恐怖がエルザを突き動かしていた。
一人でも多くの仲間を救い、共に生き延びることができれば少しだけ救われた気持ちになる。不名誉な呼び名を払拭するというよりも、それがエルザの戦う理由であり贖罪だったのだ。
蹲る仲間の姿が視界に入ると、エルザは疲れた身体を叱咤し全速力で駆けだした。もちろん警戒を怠ることはなく、しっかりと敵の位置を確認すると味方の間に滑り込むように割り込んで引き金を引く。
断続的な銃声に僅かにたじろぐような気配があったが、撤退するような様子はない。
辿り着く直前の攻撃の様子から見て向こうは二人以上三人未満といったところか。自分と怪我人一人という状況は圧倒的に不利だが、見捨てることなど出来るわけがない。
焦りを押し殺して有効な戦略を頭の中で巡らせていると、後方からの銃声が響きサポートの存在が明らかになった。援護射撃を受けながら、状況ががらりと変わったことを確信したエルザは内心安堵を覚えていた。もう一人攻撃できる人員がいれば、生還率が一気に上がる。
とはいえ怪我人を庇いながら攻撃に転じるのは難しく、退却するのが最善だろう。
優秀なサポートのお陰で仲間を守りながらも撤退することに成功した。
最小限の言葉でこちらの意図を察し、余計な口を挟まずに動いてくれたことも有難く、素直に感謝の気持ちが湧きおこる。だがそう思ったのは終了地点まで退くまでのこと、正確にはサポートの正体が分かるまでだった。
「今回のサポート、あの精密機械だったってよ」
「マジかよ!会わなくてよかったぜ。俺、怪我してたからこれ幸いと囮役にさせられたかも」
仲間の会話に心臓が跳ねた。サポートは二人いたはずだから、あの時のサポートが彼とは限らないのだが、あの銃の扱いを思い出せばそうとしか思えなかった。
「精密機械」「人形兵士」、そう揶揄されながらも誰もが優秀だと認める兵士で、あのギルバート・エーデル上官が重用する手駒としてラウルの名は知れ渡っている。
(だけど……あんな奴に負けたくないわ!)
いくら優秀だと言われても仲間を蔑ろにするような人間は嫌いだった。先日ラウルが参加した戦場で廃屋に敵を誘導して味方ごと建物を崩壊させたという話は記憶に新しい。エルザには守りたいものがあり、そして共に戦う仲間もその中に含まれている。
だが訓練では優秀だと評価されるエルザは、戦場では思うような戦果を挙げられないでいた。無能な自分とは正反対と思えば、たちまち悔しさと情けなさで一杯になる。
それでも礼を言うためにラウルに会いに行ったのは、そうしなければもっと自分を嫌いになることが分かっていたからだ。
姿を探して普段立ち入ることのない棟に足を向けると、見覚えのある後ろ姿を発見する。
「ねえ、ちょっと。サポートの貴方」
その正体を知りながらも、敢えて呼ばなかったのは僅かな抵抗と悔しさを紛らわすためだった。
声を掛けると無表情だが、静かなホリゾンブルーの瞳と目があう。向かいあっているだけで劣等感が刺激される感覚に、エルザは一方的に礼を告げて背を向ける。
彼にとって自分のような弱者は取るに足りない存在だろう。それなのにラウルの視線が自分に注がれているような錯覚を覚える。
自意識過剰だと思いながらも、確認することは負けを認めるようでエルザは一度も振り返ることはなかった。
強くなりたい理由、守りたい存在を心に描いて、エルザは訓練場の方向へと足を向けた。自分に足りない強さを手に入れるために。
時間をおかず合同演習でラウルの姿を見かけた。彼の周囲だけぽっかりと空間が出来ていて、他人との距離を感じる。もっともそれは自分も同じだ。違うのは一目置かれているか、見下されているかということだが。
『敗北の女神』という不名誉な呼び名を払拭するため、演習であっても気を抜かない。開始早々、こちらを窺うような視線を感じた。
相手に悟られないよう慎重に探りを入れるが、気配も不自然な音もない。
気の所為だったのだろうか。
ふとラウルの顔が浮かんだが、もし彼が狙っていたのなら自分などとっくに撃たれていると思いなおす。たった一度、ごく短い時間一緒に戦っただけだが、彼の実力は噂以上だと肌で感じることが出来た。
集中すべく軽く頭を振って雑念を払う。微かな物音に反応して躊躇うことなく打った。弾数は決まっているため無駄には出来ないが、小さな悲鳴と倒れる音で自分の勘が正しかったことが証明された。
(――強くなければ守ることができない)
演習は大切な学びと成長の場だ。数少ない機会を無駄にできない、そう決意を新たに次の標的を探してその場を後にした。
戦場から戻って3日後、ようやくいつもの場所へと向かうことが出来た。白いガーベラを祈りの数だけ丁寧に手折って、石碑代わりの小さな石の前に供える。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
また自分だけ生き残ってしまった。二人一組が基本であり互いに命を預けあうバディだが、自分の力が及ばないばかりに失ってしまう。
謝罪と共に彼らが痛みや苦しみから解放されることを祈り続ける。自己満足とは知りつつもそうしなければ、心が折れそうになるのだ。
(これ以上花の数を増やしたくない)
気配を感じて振り向くと、ラウルが立っていた。よりによって何故彼がここにいるのだろう。
自分の不甲斐なさを改めて痛感したばかりなのに、涼しい顔で任務をこなし優秀な実績を立てる彼とは顔を合わせたくなかった。
言葉も無意識に刺々しい声になってしまい、自己嫌悪が増す。
「ごめん。僕は何か君の気に障るようなことをしたのかな?」
その言葉で自分が八つ当たりをしていることに気づかされた。ラウルを見ると僅かに眉が下がり困ったような表情を浮かべている。羞恥に耐え切れず、詫びの言葉を伝えるなり逃げ出してしまった。
こんな風に感情的だからいけないのだろうか。自分の言動について考えるのが精いっぱいだったため、何故彼があの場所に姿を現し自分に声をかけたのか、そんなことを考える余裕がその時のエルザにはなかった。
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