カフェ:トワイム

白川雪乃

前・暗転の章

第0話、冬を迎える喫茶店

 あるところに喫茶店がある。

 その店はもうしばらく開かれていなかった。

 たまにその店にやってきて中を覗き込み、そして元来た方へ引き返す人もいたが、やはり店は開かなかった。


 その店はとても古そうな見た目をしていた。

 建物は木造で、剥き出しになっている柱や壁は、皆濃い茶色に染まっている。

 店の前には煉瓦造りの花壇があるが、なんの花も植っていなかった。

 とても古そうだが、不潔な感じはない。開かれていないのに、とても綺麗に保たれている。


 不思議と綺麗に磨かれているガラスから中を覗いてみれば、ソファ席やカウンター席など、いかにも喫茶店らしい見た目の店内が見える。

 店内もやはり綺麗ではあったが、人の気配などはなく、やはりその店が営業していないことが見て取れた。



一月、ようやく人々が年始のムードから抜けた頃。

 そんなある日の早朝六時。


 その喫茶店の正面玄関は、随分久しぶりに開かれた。


「さて。これで良いのでしょうかね?」

 内側から鍵を開け、そのまま道に出て店の外観を眺める人物がいた。



 歳の頃は二十かそこらだろうか。

 非常に均整の取れた、美形と称するより他ないような見た目をしている男性だった。

 身長は170センチを少し超えるくらい。

 肌の色は抜けるように白いが、不思議と不健康そうな印象は受けない。

 

 そして、他者と明らかに異なる点がいくつかあった。


 まず、そう長くはない、柔らかそうな髪の毛の色は驚くほどに透明感のある白銀をしている。

 よく見れば染めたり脱色しているわけではないようで、まつ毛や眉毛も同様の色だ。老年の白髪であれば稀に見るが、この年でそのような色をしている者はそうはいない。

 それだけでも十分に珍しいのに、さらには両の瞳までも同じ色をしている。

 綺麗に髪と合わせたかのような白銀で、穏やかな目元ながらも、何かを見透かすような鋭い瞳をしている。


 体に視線を下すと、薄い色のセーターにスキニータイプのパンツを履き、上から喫茶店のマークの入った、グレーがかった黒のエプロンをつけている。

 体の線はとても細い。しかし、大きめのセーターでわかりにくいが非力なわけではなく、必要な活動に最も適した筋肉だけが無駄なく鍛えられているようだ。

 そして、スタイルは抜群で服の着こなしも完璧なのだが、なぜか首にはその姿におおよそ似つかわしくないような鎖が巻かれている。

 ネックレスのような洒落たものではない。大型犬の首に付けられているのを稀に見るような、あるいは駐車場の入り口に時々張られているような太さの、無骨に輝く太い鎖である。色は黒鉄色になっているが、どちらにせよおよそ似つかわしくない見た目のものだ。

 なぜつけたのかがわからないばかりか、見た限りどの方向にも繋ぎ目らしきものはなく、どのようにしてつけたのかすらもわからない。

 全体的な白さに似つかわしくない黒くて無骨な鎖を巻いているが、総評が美しいことに変わりはない。


 しばらく通りから店を眺めていたその人物は、ふとあることに気付いた様子で、店の前で屈み込むと、何事かを少しの間していたようだった。


 やがて立ち上がると、店の前で一度だけ大きく伸びをして、再び店の中へと戻って行ってしまった。



 店の前の花壇には、いつの間にか紫にも近いような濃い赤色のパンジーが植えられて、寒い中でも綺麗に花を咲かせていた。


 そしてその横に立てられた看板にはこう書かれていた。


「喫茶店  カフェ:トワイム」

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