【014】浮遊都市クーディレリカ
突き抜けるような遥かなる蒼天。地平を覆い隠す雄大なる蒼海。二つの蒼に挟まれるその先に、緑広がる大地があった。
初めに大地があったのか、後から空に大地が生まれたのか。今では誰もその始まりを知らない。
やがてナハル海上空に浮かぶこの大地に、ヴィルミーナ大陸という名が与えられたのは三百年ほど前の話だ。
この場所を発見した冒険者、ヴォリス・ヴィルミーナにあやかり誰からでもなくそう呼ぶようになったこの大地は、大小様々、複数の土地からなる浮遊大陸群であった。
その特殊な気候から魔素が滞留しやすく、結晶化した魔晶石が大量に埋蔵されているヴィルミーナ大陸は、この魔晶石によって長きに渡り空を漂い続け、独自の生態系を築き上げてきた。
その様相が大きく変わり始めたのは、今から二十数年前。第二次人魔大戦によって、この地が戦略的価値を持ち出してからだ。
純人たちの王が治める聖王国ハルロニアと、魔人たちの王が治める魔王国ネフェルティア、両国の外交摩擦に端を発したこの戦争は、世界各地へ戦火を飛び火させ、やがて浮遊大陸をも巻き込んだ。
浮遊大陸が浮かぶナハル海はハルロニアのある西のトゥイス大陸と、ネフェルティアのある東のニュクティア大陸を南北に分断する荒々しい大海だ。
この海域を渡るため、両軍は海を、そして空を、雲海のような軍勢で覆いつくした。
それだけの軍勢を維持するためにも、そしてそれらを迎え撃つためにも、この地は両軍にとって価値を持つ戦略上の要所となったのだった。
やがてこの地は、第二次人魔大戦において最も激しい戦いが繰り広げられた戦場として、今も語り継がれている。
伝説の二人と呼ばれる両軍の最高戦力同士の一騎打ちと和睦、そして終戦へと至るまで、この地は戦いの中心にあり続けたのだ。
大戦終結のきっかけとなった伝説の二人、魔王ウィルゲルド・クロスフォードと勇者マリアリーゼ・エルトランサ。
二人が戦い、そして和睦したこの地は、やがて平和の象徴として戦後にその価値を大きく変えた。
先の大戦の当事者である二国に獣人の国ガルバニア連合王国を含めた三大国は、この浮遊大陸の復興こそが三人種の融和の象徴となると考え、この浮遊大陸の復興を進めることに合意したのだった。
あの戦争から二十年余り。三大国からの継続的な支援もあって、今ではこのヴィルミーナ浮遊大陸には平和の象徴たる
かつて戦場だったこの地は、三大国にとって他国との交易を結ぶ玄関口に姿を変えた。
毎日のように行き交うたくさんの人や物は、やがて三大国それぞれの文化を交えて、クーディレリカ独自の文化と街並みが育まれていったのだった。
初めてこの都市へやってきた者たちは、竜から降りると決まって目を白黒させる。
魔人と獣人の少年少女が互いに抱き合い、純人と魔人が親しげに会話を交わし、獣人が純人に道を尋ねて礼を言う。
他国では見られない珍しい光景の数々は、クーディレリカの日常でもあるからだ。
彼らは口を揃えて言う。この国にこそ、真の平和はあるのだと。
さて、そんなクーディレリカは、この時期特に人の往来が激しくなる。
アルドラーク学園を中心として築かれた都市である都合上、学園の日程に都市の運営が大きな影響を受けるためだ。
特にこれからの数日間はアルドラーク学園の新学期と言うこともあって、学生を乗せた飛竜の往来が激しくなり、街にはいつも以上に人が溢れ返る。
それだけの人が集まれば、当然のように噂も飛び交うもので。今はとある噂で街中持ち切りだった。
「おい、聞いたか。魔王の息子の話」
「帰ってきたんだろ? 本当かどうかは知らねえけどよ」
「勇者様の一人息子が帰ってきたんだって?」
「行方不明になって十三年も経ってるのに? まさか」
普段は様々な噂話をしてはすぐに興味を移す彼らも、今日ばかりは同じ話を口にした。内容は全て、ある人物の帰還について。
魔人と純人の子。魔王と勇者の子。現魔王家と現聖王家の血を引く者。魔人と純人の融和の象徴。伝説の子。次期魔王候補筆頭格。
全て同じ人物を指し示すそれらの言葉は、この世界に住まう誰もがその意味をよく知っていた。
そんな彼らの頭上を、大きな一頭の竜が駆け抜けていく。
空を飛ぶために前足を進化させた
古い言葉で"翼を持つ王者"を意味する名前の通り、彼らは
人の手で孵った
だと言うのにその巨影を目にした途端恐怖を感じたのは、数千年に渡り遺伝子に刻まれた絶対的捕食者に対する本能なのだろう。
かの
そうして強引に生まれた空間へ、
そして彼に続くのは、彼を護衛する
その様子を見て、人々は遠巻きに噂する。
「ありゃあ一体どこの貴族だ?
「あの首元、鱗に紋章が削ってある。あれは魔王家の紋章だ。多分姫様一行だな」
「ああ、通りで」
野次馬たちの視線の先で、彼らの予想を大きくは外さない人影たちが姿を現した。
一人目は、誰もが知る予想通りの顔だった。魔王の娘、ナナリーゼ・クロスフォード。
幼さの残る愛らしい顔立ちとは対照的に、彼女の灰色の瞳には冷たい鋭さが宿る。
その生い立ちも去ることながら、まだ十一歳だと言うのに幾度も優秀な成績を収め、ついにはクーディレリカにおける爵位にも等しい称号、
彼女の性格は冷静沈着。他の魔人貴族と違って、他人を見下すことは無いが、代わりに他人にも自分にも等しく厳しい。
その厳しさ故に、彼女が誰かと仲良く会話する姿を見たものは居ないと言われるほどだ。
彼女は努力に裏打ちされた技術と知識、そして血筋から与えられた才能によってなるべくしてなった天才と言っていい。
だからこそ人々は彼女を尊敬し、そして近寄り難くも思っていたのだった。
続いて、彼女の後に降りてきたのは、ナナリーゼとは正反対の意味でやはり誰もが知る人物だった。彼女の名前はゼラフィーナ・エルニエールという。
伝説の子と呼ばれる魔王と勇者の一人息子、その婚約者であることがまず知られているが、有名な理由はそんなことではない。
何でも、婚約者が生死も行方もわからない事を良いことに王族のように振る舞う悪女だとか、そもそも婚約者が行方不明になったのも彼女が原因だとか、後ろ暗い噂がいくつもあるのだ。
そして、その噂を誰一人として疑いはしない。
何せ彼女は見ての通りのハスブルートで、汚らしい灰色の髪と死人のような青白い肌をしているのだから。
最も
その末裔たる彼女を、人々が忌避するのはある意味当然だった。
そんな女をなぜ魔王は野放しにしているのか。誰もが日頃から疑問に思っていたことだったが、それを口にするような愚か者はそう居ない。
誰だって、自分の命は惜しいのだから。
普段はこの二人が現れて、それで終わりのはずの大騒動だが、しかし今日は様子が違う。あろうことか、居ないはずの三人目が姿を現した。
そしてその三人目こそが最も問題の人物だった。
遠目から見ても分かる程に鮮やかに染まったワインレッドの髪と、その中から飛び出る黒曜石のような黒い角。
ギラギラとした金の瞳は、辺りを一瞥した際に太陽を反射して美しく輝く。
彼の雄々しい二本の角は体内に巡る膨大な魔力の存在を主張し、彼の金の瞳は聖王家に連なる者である事を証明していた。
その姿に誰もが息を呑む。しかし、一体あれは誰なんだ、などと愚かな質問をする者は居なかった。
あの見た目と王家の竜から降りてきた事実が、彼の生い立ちを雄弁に語る。
誰もが知る彼の名は、イオリア・クロスフォード。
未だ語り継がれる第二次人魔大戦の伝説の二人、その一人息子にして、この世界で最もその出自と生い立ちを知られる伝説的人物だ。
彼の堂々たる凱旋は、その身の無事を証明するには余りにも充分過ぎた。その日、人々は伝説の帰還を目撃した。
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