【011】魔法練習
魔王城の一角、渡り廊下を渡った先の離れ塔の傍に、雑草の一本さえ生えていないむき出しの土と乾いた砂に覆われた修練場がある。
ここは普段、王族の魔法練習に使われる修練場なのだが、魔王城の敷地の外れにあることもあって人通りが極端に少ないことが特徴だ。
また最近では魔法の練習を必要とする者がいないことも重なり、すっかり人の気配が途絶えていた。
しかし、今日はその修練場から二度の爆発音が響き渡る。
城内を警備していた兵たちも、突然の爆音に驚いて、何事かと遠目に顔を覗かせた。
すると彼らが目にしたのは、三人の魔人の姿。それで事情を察した警備兵は、納得顔で引き返して行く。
彼らが立ち去ってすぐに、修練場に佇む三人の影の一人、イオリア・クロスフォードが声を上げた。
「ダメだ、当たらねえ!」
彼の視線の先には離れた場所におかれた簡素な鉄の鎧と、その鎧をかけておくための鎧掛け。
そしてその少し後ろに土を盛って作られた丘があり、丘には爆発痕のような焼け焦げた痕が二つあった。
言うまでもなく、先ほどの爆発音の原因だ。
「やっと魔法を撃てるようになったってのに、今度は真っ直ぐ飛びやしねえ。いっそのこと直接殴った方が早いんじゃねえのか?」
広げた右の手のひらの上で揺らめく茜色の炎を弄びながら、イオリは口をへの字に曲げて愚痴っていた。
イオリがこちらの世界にやってきて四日目、魔法の練習を始めてからは早三日。
最も簡単な魔法である第一階梯魔法くらいは使えるようにしましょう、とナナリーゼに言われ、鎧の的目掛けて魔法を当てる練習を始めたイオリだったが、未だ成功の兆しは見えていない。
イオリの手のひらで生成された火球は、何故かイオリの手を離れた途端に大きく軌道が逸れて、メチャクチャな場所に着弾してしまう。
そのせいで目の前の目標に向かって魔法を投げる、と言う簡単な練習すら上手くいっていないという状況だった。
「ですが、昨日は撃つことが出来なかった
愚痴るイオリの傍に立つのは、婚約者であるゼラフィーナ。今日は暗い緑色のフレアワンピースに茶色いブーツを履いていて、初めて出会ったときのような暗く不気味な印象はない。
そんな彼女は、むしろ表情は柔らかくしていて機嫌も良さそうだ。そもそもイオリが彼女と出会ってからと言うもの、彼女の不機嫌そうな表情を一度も見たことがないのだが。
「そりゃあそうなんだけど……」
そんなゼラフィーナの言う通り、イオリの魔法が日々着実に成長を見せているのもまた事実だった。
初日は魔力の流れを理解し、流れを手のひらへ移す訓練と、その流れを外に出して魔素と結合させる訓練。
二日目は魔力と魔素の結合によって発生した現象――魔法――を、目標に放つ訓練。
そして三日目の今日は、その魔法を狙い通りに着弾させる訓練。確かに着実に進歩してはいた。
しかし、それだけでは駄目なのだ。イオリの目標はあくまでも打倒魔王。それも、最強と謳われる第七階梯級越え。
一刻も早く魔王に勝てるようになりたいと言うのに、現実は第一階梯魔法すらろくに扱えないと言う体たらくなのだから焦りもする。
こんなゆっくりとしたペースで本当に間に合うのか、イオリは早くも不安になり始めていた。
「なあ妹! なんかコツとか無いのかよ!」
我慢できなくなったイオリは振り返り、離れた場所で佇む妹のナナリーゼに声をかける。魔法に詳しい彼女であれば、きっとイオリの魔法が上手くいかない理由を知っているはずだ。
だと言うのに、彼女は腕を組んだまま険しい顔をするばかりで返事はなかった。
実は昨日からずっとああだった。腕を組んだままイオリの練習風景を眺めるばかりで、何かを助言してくれる様子もない。
次の目標を提示して、イオリがその目標を達成したら次の目標をまた提示する。そして後は離れたところでじっとイオリの魔法を睨むだけ。
イオリの強くなりたいと言う目的とナナリーゼのイオリを魔王にしたいと言う目的は、魔法を習得すると言う点において一致しているはずだ。
だと言うのに、このぞんざいな扱いは一体何なのか。少しずつだが不満が顔を覗かせていた。
「私も魔法は独学なので、あまり得意ではなくて……ただ、一回ごとに結合が滑らかになっていますし、炎も安定しています。きっと次は大丈夫だと思いますよ」
心の支えはゼラフィーナのそんな励ましだけだ。彼女がそう言ってくれるからこそ、もう一度やってみようと言う気にもなると言うものだった。
「もう一回やってみるか……」
「はい! 応援していますイオリ様!」
ご機嫌に背中を押すゼラフィーナに乗せられて、イオリはもう一度的を見据える。そして右手の人差し指を天に向け、精神を集中させた。
思い描くのは体内を巡る力の流れ。その流れの一端を指先に集め、力を具現化させる。
次の瞬間、指先に勢いよく炎が燃え上がった。茜色の、手のひら大にもなる炎がゆらゆらと揺らめいている。
魔力と魔素の結合。これにより生み出された現象こそが魔法だ。異能の力が今、イオリの指先に
次はこの発現した魔法の形質を変化させ、手のひら大の球に変える。
昨日の終わり際に気付いたコツ、魔力の流れを握り込むようなイメージで炎を手のひらの上に移動させる。
すると先ほどまで揺らいでいた炎が小さな太陽のように丸くなり、ゆっくりと形を整えていく。
第一階梯魔法、
後はこれを放つだけなのだが――
「ちょっとだけ今回は応用を入れてみるか」
――言葉通り、あえてイオリは魔力の流れを掻き回し、球の中に渦を作り出した。
先ほど放った二回の失敗で気付いたが、何も手を加えなかった一回目に対し、偶然回転が加わった二回目の方が比較的弾道が安定したような気がしたのだ。
考えてみれば、ボールを投げる際もそうだった。無回転に投げるより、回転を加えることで真っ直ぐ飛ぶようになる。
或いは銃弾も、あえて回転を付けることで狙い通りの場所に直撃させることが出来ると聞いたことがある。それを魔法で再現したのだ。
回転自体は思いの外簡単に再現できた。見た目にはわかりづらいが、確かに魔法の内側で力がうねるような脈動を感じる。
確かな手応えと共によし、と呟いたイオリは、そのまま大きく振りかぶった。
「ぃよっ……と!」
球を投げる要領で右手を振り、
閃光のような赤の軌跡が空中を駆け抜け、目標目掛けてまっすぐ吸い込まれていく。
直後、着弾した。まるで鎧のど真ん中に引き付けられるように
「ッシャア!」
「さすがですイオリ様!」
振りかぶった勢いそのままにガッツポーズを決めると、ゼラフィーナも自分のことのように満面の笑みで跳ねて喜んだ。見事、目標達成だ。
「見たか妹! これが俺の力だ!」
ナナリーゼにも見せつけるようにガッツポーズすると、難しい顔をしていたナナリーゼがより一層眉間に皺を寄せ、弾け飛んだ鎧を睨みつける。
彼女の視線の先では、粉々に砕けた鎧の破片に茜色の炎がまとわりつき、あちこちに飛び散っていた。そしてそれらから黒煙が昇る。
鎧はまさに爆発に巻き込まれたと言わんばかりで、着弾した場所から円形に大きな穴が空き、わずかに残った鎧部分も、たった今音を立てて崩れ落ちた。
「で? 次はどうするんだ妹。魔法、使えるようになったぜ」
意気揚々と歩み寄ってきたイオリにナナリーゼが視線を向ける。そして
「……あれは……?」
ナナリーゼの視線が、イオリから外れてその後ろへ流れる。
彼女の奇妙な反応に、イオリも首を傾げながら振り返り、彼女と同じように空を眺めた。すると、イオリの視界には、飛来する巨大な影が映りこんだ。
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