第1話 前世からここに転生して今に至るまで

 

 それは唐突に思い出した。


 俺は前世は日本という国のサラリー……いや、ほぼ何か仕事らしいことをしていない窓際社員だった。


 毎日毎日、資料のホチキス留めやコピー、シュレッダーなどをやるだけで経理や電話対応をするわけでもない。


 かといって外に営業で働きに行くわけでもなく、受付するわけでもない。そんなどうしようもない立場に置かれていた社員だった。


 しかも運が悪いのか、俺は新卒でわずか半年でその部署に回された。


 今どきパワハラ問題とかで厳しいのか、簡単にクビにはできないようで、あまりにも出来ない社員は、例え新卒でもこういう部署に回され、自主退職を仕向けさせる仕組みであった。


 そして俺はそれに含まれてしまった。


 時折、陰で人事部の連中が噂や俺についての文句とか聞いてわからされてしまった。


 人事も大変だというのも分かっていた。


 新人を雇うのだけでどれだけの費用がかかるのか。だから、一生懸命働いていたけど、それはそんな気がしていただけであった。


 どうやら、他から見ると俺は全くダメで不真面目な社員だったらしい。


 だから窓際の部署に追いやられてしまった。そして、そこでもヤバかった。


 その部署の人は、これの他には二人いた。


 どちらも俺より何十歳か年上の男性だった。おそらく何らかの問題があるが故のこの部署だったが、二人とも俺に優しくしてくれた。


 だから油断した。もっとよく聞けば良かった。どうして二人はやたら良い顔をして、まだ若いからこれから自分の道を探すと良い、とか言っていた。


 ここの部署に入ったら一生出られることない、とかまでも言った。


 どうしてそんなことを言ったのか、考えるべきだった。


 俺が退職届を出したのを報告した時、休憩中に、二人が俺が退職届を出したことを、陰ながら笑い喜んでいることが分かった。


 しかも、アイツらは体良く新人をやめさせるために、俺に声をかけたこと。そして、若い世代か、問題が大きい社員か、辞める時期ぎ良いか、などを割り出し給料を上げる交渉までしていたことが分かった。


 今にも思い出したら夢に出てきそうだった。人のことを言えないのに俺を嗤う、あの声を。


 そんな会社あるわけない、とこの話を聞いた人は思うだろう。俺だって実際そういう目に遭うまではそう笑うだろう。

 だけどこれは本当に体験したことだ。

 

 裏切られたとショックを受けた。


 そして、それを田舎の両親に相談すると父親はこう言った。


「お前油断してるからそうなるんだべやぁ!! なぁんだぁもうやになるっとに!!

ダメだ、終わりだ。もうダメだべやこんな半年も会社続かないって、しかもあろうことか半分クビにされたんだっちゃあ!! しかもうんまく口車に嵌って騙されて自主退職って……!! お前これからどう生きていけんだ!? 働かねえと将来年金貰えねえんだぞ!? まさか帰ってくるんじゃねえだろうなぁ!? お前このまま帰れると思うなっこの!!!!」


 半分頭を何回も殴られたような罵声を浴びせられた。母親はそれを虚ろな目で見ていた。


 母親も仕事をすぐ辞める若者に良い印象を持っていなかった。だから俺のことも冷たい目で見ていた。


 仕事に楽しさを求めるな。ただただ生きていくために必要なことをするだけだ。楽しくなくて当たり前だ。


 父親の母親はいつもそう言っていた。


 俺もそれが普通だと思っていた。だけど、どうやらそう考えているのは俺の家庭だけだったと、後に友だちや同級生の話を聞いてわかった。


 みんな、楽しくないとか言ってるけど、どこかは楽しいところはあったのだ。当たり前だ。そうじゃなきゃやってられない。


 楽しむな、というのは額面通り受け取ってはいけないのだと分かった。まあ、例えが悪いけど仕事楽しくないの愚痴は、夫が言う妻への愚痴みたいなものだ。


 つまり、なんだかんだで楽しんでいるんだ。本気で楽しくない楽しくないなんて思っているのは俺だけだった。


 そりゃ就職先を失敗するわけだ。


 だって楽しくなくて大変なのが当たり前。

 どの職業について何をしたって楽しいなんてありゃしない。どれも全部つまらない、必要だから仕方なくするもの。


 仕事している人は生きた屍。


 半分そんなことを思っていた。じゃあダメだ。俺の場合、そんなこと思っちまったらどこかぼーっとしてしまう。


 アイドルやアニメやゲーム、ついには漫画にすらなぜか興味を失い、元からスポーツも全然していないし、楽器を弾くとかもしていないし、料理とか絵とか何かを生み出すこともしないしできない。


 無趣味だ。


 そんな俺が、仕事まで楽しくないなんて思ったら、もうこれから先の人生一つも楽しいことがないと思っちまう。


 そんなこと思ったら自然とやる気は出ないわな。


 多分、それが態度や行動に出たから、窓際部署に回されて、自主退職させられたんだ。


 そう、空っぽだからだ。全ては空っぽな自分が悪い。


 そんなことを思っていたら、いつのまにかなんか誰もいない建物の階段を上って、屋上に上がって……。


 気がつくと、飛び降りてた。


 うつ伏せに飛び降りたから前身の痛みがそれを教えてくれた。そして、あっけなく俺は死んだ。


 気がついたらなんか神様みたいな変な輪っかつけたおっさんがいた。


 くどくどとやたら長かったけど、説明聞いて分かった。俺はこれから異世界転生するんだということに。


 俺は、出来るなら分かりやすい世界が良いと思い、出来るなら緩く暮らせるように、ステータスめっちゃ高めで、魔法が使える漫画のファンタジーの世界に転生させてくださいと言った、と思う。


 するとオッサンはこう言った。


「まあ、お主は前世がアレだったからなるべく希望通りになるようにしよう。勿論希望通りにならない時もある。なるべく緩くということは、お主が想像している漫画やゲームに出てくるような世界で良いか?」


 話長いし面倒臭かったからそれで良いと答えた。


「結婚でもしてれば良かったのにのぉ」


 そして最後の最後で、こうも言った。


「あ、多分新しく生まれ変わったら記憶が多分吹き飛んでいると思うぞ。前世から今ここにいる記憶の一切が消える」


 そういうことは早く言えよ。文句の一つでも言いたかったが、もうオッサンは持っている杖を振っていた。


「この者を新たな地へ!! 転生!!」





 

 それで色々なんやかんやあって、何故か俺は盗賊の団員にいた。しかもゲームだと結構序盤にやられる盗賊団の団員だ。


 いやふざけんなって、何でよりによって希望と正反対の盗賊にならなきゃいけないんだよ。転生しても人生の選択ミスるって何だよ。俺はこれから何になっても選択ミスるんじゃないか?


 しかも転生者ならステータスオープンとか出来ても良いだろうに全然出来ない。何回やってもステータスが出てこない。


 これじゃあステータスが良いのか悪いのか分からない。まあ運のステータスがあったら間違いなく俺は運が悪い。


 だが少しだけチャンスがある。


 俺が知っている限り、この盗賊団はゲーム内で名前が無い盗賊団だ。ただの盗賊Aとかでしか評価されないほどのザコとされている。

 

 だがこの盗賊は、大物盗賊団の傘下だ。

 

 ……まあ正確に言うと、一番下の末端中の末端組織だ。


 俺が知っている限りでは、主人公の勇者が大物盗賊団と戦う展開は、ギルドの特別依頼というサブミッションだった気がする。


 それも超最高難易度で超危険なZランクのサブミッションだ。


 それくらい上は強いし、傘下組織も多い。


 俺がやってるゲームだと、世界は魔王が牛耳っているみたいな展開だったから、大物盗賊団は完全に討ち滅ぼされているわけではない。


 だが前世の時に、死ぬずっと前にそのゲームの最新作が知らされた。しかし、続報が全く来ないので、お蔵入りしたのかと思い、すっかり忘れていた。


 もし思いだしていたとしても、俺は自殺していただろうから後悔は無い。


 だけど、よりによってこんな弱い盗賊団に入るのは聞いてない。

 

 末端組織だから武器だってロクなのが無いし、食べ物や道具もあんま無い。


 ついでに奪う相手も全然いないから、団内の士気が無いし、団内の奴らもピリピリしている。


 いつこっちに襲ってくるのか分からない。


 ていうか今にも襲ってきそうな目でチラチラとこっちを見て時折、鼻を伸ばしたり、こっちをチラチラ見ながら仲間の男どもと何か耳打ちして話している。


 すごく怖い。

 なぜなら

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る