一冊目 横からみた赤穂義士

原本

はしがき

三田村鳶魚著

横から見た赤穗義士

東京 民友社版


はしがき


1

 おほ郎兵衞ろべゑ惡人あくにんにしたのは假名手本かなてほん忠臣藏ちうしんぐらである、作者さくしやたけいづは、てき吉良きら通󠄁つうじて、大石おほいし動静どうせい內偵ないていする役廻󠄀やくまはりをさへつとめさせた、それ程󠄁ほど仕立したてなければ、淨瑠璃じようるりこしらへた寬延くわんえん元年ぐわんねん人間共にんげんどもに、おほ郎兵衞ろべゑ分󠄁わからないのだらうか、さうしなければ大石おほいしひきたないのだらうか。

 九郎兵衞ろべゑかね配分󠄁はいぶんあらそつたのは、根性こんじようれいでないところばくしてる、とはけんぱん人情󠄁にんじやう其處そこではなからうか。現代げんだいせい方々かたがた時々ときどきくださるごくなるものは、もらふにきまつたかね配分󠄁はいぶんくわあらそふやうなはなしぢやいらしい。ときの九郎兵衞ろべゑ分󠄁ぶんけん主󠄁張しゆてうしたに過󠄁ぎぬ、一せう懸命けんめいになつてすこしもおほつかみたがつたとても、もらふと決定けつていしたのちのことだ。公然こうぜん取得しゆとくすべき順序じゆんぢよになつてときなのだ。分󠄁量ぶんりやう幾許いくばくでもおほからんことをほつしたゞけで、全󠄁まつた闇中あんちうにのみ受授じゆじゆせらるべきものとは違󠄂ちがふ。それでも醃穢きたないけんぱん人情󠄁にんじやうとく目立めだって醃穢きたなくみへる、それはれいでなく、りつ派󠄂でないにしても、ウンコ、ババツチイにながめられるのは不思議ふしぎでもある。今日こんにちごくかかつてられるめい大官等たいくわんらは、大野おほの郎兵衞ろべゑほどにはみえないや

1


疑獄

 元々は、有罪か無罪かの判決を下し難い裁判事件を指す。

 しかし、山城屋事件や尾去沢銅山事件等、明治初期に政治家が職権を私用した事件が政治的圧力によって裁判にならない事態が多発した。

 転じて、表に出た大規模な贈収賄事件を指すようになる。

 今回はこちら。


2

うだ。九郎兵衞ろべゑしがつたのは暗󠄁くらかねではないのに、なんともどくばんなことであつて、往󠄁わう今來こんらいあかるいかね是程󠄁これほど際立きわだつて醜陋しうらうられたものあるひは九郎兵衞ろべゑだけかもれぬ。畢竟ひつけうんだもの鉢合はちあはせをしたからだ。廻󠄀まはあはせがわるいのだらう。いまむかしもない、けんぱん人情󠄁にんじやうそのまゝだのに、九郎兵衞ろべゑだけが格別かくべつへる。までもなくあひけんみでないりつ派󠄂れいさをつてた。さうしてそれとかく對照たいせうするので、全󠄁まつた懸隔けんかくした成行なりゆきになる。傍観者ばうくわんしやときだけの錯覺さくかく起󠄁おこすのに違󠄂ちがひない。

 九郎兵衞ろべゑあかざいについては、存分󠄁ぞんぶんはたらいてる。內匠頭たくみのかみ長矩ながのりすこぶ信賴しんらいして一ぱんおもきをなした。けつして祿盗人ろくぬすびとではない。分󠄁ぶん才能さいのうつくしてつとめた、あたへられた俸祿はうろく以上いじやう勤勞きんらうをしてもる。勞働らうどう報酬ほうしう報酬ほうしう勞働らうどうよう關係くわんけいなら餘剩よぢやうがある、おつりがもらひたいところだ、まだうへ君臣くんしん主󠄁從しゆうじう義理ぎりらぬではない、つてはたが、つてたゞけであつて、四十六にん行動かうどうおなじくしなかつた。オマンマをべてきてたかつた。になれなかつた。だが君臣くんしん主󠄁從しゆうじう義理ぎりつてればこそ、四十六にんこと遂󠄂げたのをて、あとくらまし、かくしてしまつた。かれはづかしさに

2


醜陋しゅうろう

 みにくく、いやしいこと。陋醜ろうしゅうとも。

 みにくいと読む。 見た目を指す事もあるが、今回は内心や行動の面。

 いやしいと読む。身分を指す事もあるが、今回は下品、粗野である事。

畢竟ひっきょう

 つまるところ。結局。要するに。

 畢竟寂滅から。

 仏教用語での畢竟は、究竟きゅうきょう(きょう)、終極しゅうきょく究極きゅうきょく等の意。

 おわる、ことごと

 わる、きわめる、つい

畢竟寂滅ひっきょうじゃくめつ

 悟りを得、穏やかな心を手に入れる事。

 畢竟:最終的に

 寂滅:煩悩を消し去る

  

3

へなかつたのである。これけんぱん人情󠄁にんじやうだ、はづかしいのも三か五はづかしくないではないが、それにもれてしまふ、それもけんぱん人情󠄁にんじやうである、ましてはぢらない人間にんげんもないではないが、それもすくないものだ。しかるに九らう兵衞べゑはぢれずに、終󠄁をはるまでかく通󠄁とほしたのは、けんなみおとこではないやうだ。

 一たび君臣くんしん主󠄁從しゆうじう義理ぎりはげんで同盟どうめいしながら、段々だんだん脫退󠄁だつたいした連中れんちうなかには情󠄁じやう據なよんどころいのもあらうが、たちまねつたちまめる藥鑵尻やくわんしり、それと最初さいしよから同盟どうめいする程󠄁ほど氣込󠄁きごみになれなかつた九郎兵衞ろべゑとは甚麽どういふ算盤そろばんになりますか。

 義士ぎしでんといふものは室鳩巢むろきうさうじんろく先頭せんとうに、おほ郎兵衞ろべゑ虐󠄁しひたげる傾向けいかうつてる。これは「けんず」のかんがかたで、一途󠄁ちうといふところける。みづがなければこほりがないのをわすれてるのじやないかともねんされる。浮󠄁うきざう寶永ほうえいねん傾城けいせい道󠄁だうさくらどうねんしん夜嵐よあらし正德しやうとくねん道󠄁だうごく同年どうねん當世たうせい惠鑑ゑかがみ どうねん今川いまがはすゐとう拔群ばつぐんちうものといふ心持こゝろもちで、がいしてけん飛離とびはなれたけんとしてながめてる。有意󠄁うい無意󠄁むいか、いづれにも脫盟者だつめいしや不義ふぎしやとうけんなみ方面はうかうにはれないほうおほい。淨瑠じやうる

3


甚麽どういう

 意味は読んでそのまま。甚麽そも甚麽いかんとも。

 甚と麽は共に疑問の助字。作麽生の変化か……?

甚麽そも

 右記に加えて 例)長々話していたが、甚麽そも貴方はどちら様で?

 のような使い方もする。

作麽生そもさん

 支那の口語。

 日本では仏教用語、特に禅宗の問答の際に使う言葉として広まった。

 現在中国で使われているかどうかは不明。

 御存じの方があれば是非コメント欄へお願いします。

寶永三年

 1706年 元禄→宝永→正徳

正德二年

 1712年 宝永→正徳→享保

有意うい無意むい

 意図してかせずしてか。

有意ゆうい

 ①志・下心がある。②有意義である。

無意むい

 ①意思がない。故意ではない。②無心である。


4

まないのがおほいから、目途󠄁もくども一かうちませんけれども、近󠄁松ちかまつ兼󠄁好物見車けんかうものみぐるま

太平󠄁たいへいや、海音󠄁かいおんおに鹿毛かげ無佐むさ志鐙しあぶみなどは、おほ郎兵衞ろべゑ虐󠄁しひたげる、すなはけんなみ退󠄁たい勉强べんけうするやうなことはない。演劇えんげきこれきはめてすこししかない。元祿げんろく十五ねん春狂言はるげうげんに、中村なかむら曾我そがうちもち込󠄁んだといふが、それは如何いかなる筋合すぢあひらない。京江きやうえ大阪おほさかしば色々いろいろ趣向しゆかうてゝ澤山たくさん狂言けうげんがあるらしいが、脚本きやくほんつたはらないのやら、分󠄁ぶんないのやらで、おはなし出來できないが、淨瑠璃じやうるり假名かなほん忠臣藏ぢうしんぐらきやくほん影響えいけうけたものだといてる。假名かなほん忠臣藏ちうしんぐら以後いごすなは寬延くわんえん元年ぐわんねんからは人形にんげうしばにしても歌舞伎かぶきしばにしても、いんよう忠臣藏ちうしんぐら趣向しゆかう纏綿てんめんるやうだ、それについておほ郎兵衞ろべゑとりあつかひが注󠄁ちう意󠄁される。だ一つのれいではあるが、おほ郎兵衞ろべゑ虐󠄁待ぎやくたい何故なにゆえ必要ひつえうとするかをかんがへずに、四十六にんおよ行動かうどう判󠄁かるはずがない。

 人形にんげうしばにせよ、歌舞伎かぶきしばにせよ、見物けんぶつあつてのものである。見物けんぶつてんしないけうげんならけつしてたない。忠臣藏ちうしんぐらしば道󠄁だう獨參湯どくじんたうで、何時いつでも見物けんぶつる、その忠臣ちうしん

4


元禄十五年

 1702年 貞享→元禄→宝永

寛延元年

 1748年 延享→寛延→宝暦

中村座で曾我の夜討へ持込󠄁んだ

 能一興の間に演じられる間狂言で忠臣蔵に触れたという事であろうか。

 能と狂言は交互に演じられる。

 曾我夜討を演じる前に忠臣蔵を演ったという事かもしれない。


 「夜討曽我」ではまた、間狂言が前後をつなぐ、重要な役割を果たします。和泉流では通常の

 場合、早打アイといって、一人または二人の伝令役が登場し、仇討ちの様子を語ります。一

 方、大蔵流では、大藤内という、工藤祐経の客人が、曽我兄弟の襲撃から大慌てで逃げ出して

 きた様子を滑稽に表し、緊張の糸の張りつめた全編に、笑いと寛ぎをもたらします。これは和

 泉流でも小書(特殊演出)の「大藤内」として演じられます。

 ― the能.com 様 演目事典:夜討曽我 より ―

 https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_099.html


陰に陽に

 陰に日向に。或いはひっそりと、或いは大っぴらに。 

纏綿

 ①物がまつわりつく。転じて複雑なこと。

 ②想いが深く離れ難い事。

 ③いつ終わるともなく続いてゆく事。

 今回は③

独参湯

 万病に効くとされる気付け薬。朝鮮人参を用いた薬湯。

 転じて歌舞伎で、常に大盛況の仮名手本忠臣蔵を指す。


5

ぐら眞向まつかうちう振翳ふりかざし、其處そこ分󠄁水嶺ぶんすいれいにして、ちうでなければちうとする。なんいうもなく片落かたおとしにかたけて往󠄁く。其處そこ正直しやうぢき儒者じゆしやせわしいせつない心持こゝろもちはあるのだが、忠臣ちうしんこうけんといふおほきなうづなかからでゝるのでれば、つとめてけんぱん人情にんじやうぎんし、せいやう考究かうきうしないでませられるものではない。しかし大入おほいりおほうけ忠臣藏ちうしんぐら儒者根性じゆしやこんぜう著しいちじるようしてる。それを見物けんぶつよろこぶ。われ現代人げんだいじんじゆがくよりも儒者じゆしやといふものに御無沙汰ごぶざたをし過󠄁ぎてるのを遺󠄁かんとする。儒者じゆしや儒學じゆがく成せいくわである、通󠄁かよ儒学じゆがくである。それをらないと何故なぜ往󠄁けないか、わけ儒者じゆしやとは如何いかなるものかと穿鑿せんさくすれば分󠄁わかる。

 忠臣藏ちうしんぐら作者さくしやたけいづは、儒者根性じゆしやこんぜうふり假名がなけて、込󠄁ませやうとした。おほ郎兵衞ろべゑをのいふにしたのは、わづかに一れい過󠄁ぎないが、はなは適󠄁切てきせつだとおもふ。えうするに人間にんげん神樣かみさま佛樣ほとけさまになれるとるか、動物どうぶつなのだとめるか、それでは中間ちうかんにあるのをゆるさないのか。ゆるさなくてもたしか中間ちうかんもある。畢竟ひつけう中間ちうかんにあるから、ひきズリげやうともすれば、ズルコケてちもするのではないか。分󠄁わかれば

5

6

結構けつかう、けれどもむかし都々どどいつにもある通󠄁とほり、分󠄁わからない人間にんげん何時いつおほい。さうならズルコケたやすだんてるよりも、ひきズリげた天井てんぜうさう取引とりひきしたはうが、けいだけでもいゝではなからうか。だが神樣かみさま佛樣ほとけさまとも違󠄂ちがはず、ニヤアニヤやワン〳〵とも違󠄂ちがはず、勿論もちろん人間にんげんにもさう違󠄂がない。いづれにもうそはないのだから面白おもしろいのですよ。


   昭和五年梅雨近󠄁き頃、名に負󠄂ふ花も靑葉隱れに咲󠄁き出し、

   水鉢快く睡蓮の二つ三つまで開いたのが嬉しき時、

                  鳶   魚   幽   人 拈


纏:里→黑の連火なし

毒:毋→母

値:值の最後の画がL

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