第31話 舞花の想い①

「――おい、舞花!」


 自由みゆの家を出て直ぐに、舞花の背中が見えて名前を呼ぶ。

 だが振り返りもしない。

 それどころか、顔も見たくないとばかりに逃げ足が速くなった。


「なっ!? 待てって!」


 距離が開き過ぎる前に、彼女の背を必死に追い掛ける。

 少しずつ距離は縮まっているが、なかなか追い付けない。


(……はやっ!!)


 元々、運動神経がいいというのもあると思うが、モデルとして体系維持などの努力しているからなのか、女子とは思えないほど速かった。

 だが、それでも男女の体力差はある。

 最初は縮まらなかった距離も、必死に追い掛けることで徐々に縮んでいく。

 


(……そういや、昔もこんなことがあった気がする)


 子供の頃。

 まだ、男とか、女とか、そんなこと考えることもないくらい幼かった頃。

 いつも前を走っていたのは舞花で、俺はその背を追い掛けていた。


(……ああ、そうだった)


 昔は追い越そうと思えば、簡単に追い越せると思っていた。

 でも、夢中で何かを追い掛けて走っている舞花が、どこかで転んでしまわないか――そんなことが心配で、後ろから彼女を見守っていた。

 もし転んでしまっても、舞花が泣いてしまわないように俺が彼女を支えようって、そんな不思議な責任感があったんだと思う。

 同じ年なのに、自分のことを兄貴だとでも思ってたのかもしれない。


「ははっ……」


 息もたえだえになっているのに、不思議と笑いが零れてしまう。


(……あの時は簡単に追い抜けると思ってたのにな)


 いつの間にか、お互いに成長していた。

 もしかしたらそのうち、俺が追い抜けなくなってしまうかもしれない。

 でも、そうなったら、それでいい。

 そうなた時、きっと舞花は誰の支えもいらないくらい――成長してると思うから。

 だけど――だけど今はまだ、


「――追い付いた!」


 こうやって手が届いたのだから、その時じゃないのだろう。

 俺が彼女の肩を掴むと、やっと舞花は足を止めた。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」


 俺は呼吸が乱れるのを必死に整えていた。


「なん、で……追い掛けて、きたのよ」


 振り返った彼女が、悔しそうな顔で俺を見る。

 その目は赤く腫れていた。

 もしかしたら泣いていたのかもしれない。


「はぁ……はぁ……お……い、かけ……ない……ほう、が……よかった……のか?」


 息を整えながら、なんとか返事をする。


「っ――必死に追いかけてきなさいよ!」


 言ってることが無茶苦茶だ。

 だが、それは言わないでおく。

 というか、今はもう言葉を返せるほどの余力がなかった。

 だから、言葉を返す代わりに舞花の手を取った。


「っ!?」


 また、一人で突っ走ってしまわないように、どこかへ行ってしまわないように。

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