第72話 城主の息子

「さっそく頼んでもいいか?」


 と俺は尋ねられたので、一つ笑顔で頷いた。


「ええ、もちろん」


「おーい」


 すると、大きな熊のような女戦士は店員を大きな声で呼ぶ。


「とりあえず樽エールと……」


 いきなり樽だと言い出すその大きな熊のような女戦士の言葉に俺はびっくりしてしまった。


「た、樽!?」


 よくよく見ると、確かに脇に空いた樽が置いてある。恐らくそれにエールが先ほどまで入っていたのだろう。


「どうしたんだい? ダメかい? 追加で頼んでいいって言ったじゃないか?」


「え、ええ。い、言いましたけど」


「歯切れが悪いな。良いのかい? ダメなのかい?」


「もちろん大丈夫です。ただ、量にビックリしちゃって。僕たちあまりお酒飲めないから、ってまあクリムゾンがいるから、樽でも大丈夫か」


「お、その姉ちゃんは飲めるクチなのかい? じゃあ樽エールは二つだな!」


 と、追加で樽を頼もうとする大きな熊のような女戦士に俺は、再度びっくりしてしまった。


「え? もしかして、ひ、一人で一つだったの!」


「当たり前だろ! この樽エールはあたしの分だよ! あんたらは別に頼みな! ほら!」


 と、俺は恐らくメニューが書いてあるであろう紙を渡されるが、俺には当然読めない。


「ア、アリア。お願い」


「わかりました。じゃあ……」


 とアリアに手渡すと、適当に飲み物を頼んでくれているようだった。と、アリアが頼み終わった所を見計らって、大きな熊のような女戦士がこう店員に告げた。


「あと、メニューに載ってる食べ物、全部持ってきて!」


「ぜ、全部! これ、食べた後ですよね?」


 テーブルの上には空っぽの皿が山積みだ。俺はそれを指さしてそう尋ねた。


「そうだよ、別にいいんだろ?」


「ま、まあ良いですけど。でも、そんなに食べられるんですか?」


「人の金で食う飯は別腹だって、よくいうだろ?」


 と、大きな熊のような女戦士が言うと、ルルベアさんが苦笑いを俺に向けてくれた。


「初めて聞きました……」


 どうやらこの世界のことわざみたいなものでもなく、ただ、この人の口癖だったみたい。


「アハハ! そうかもしれないねぇ!」


「僕もツフさん以外から聞いたことないですよ」


 と、やりとりをしていると、さっそく樽エールがドンっとツフさんと、クリムゾンの横に置かれる。俺たちの目の前にはとりあえず水が置かれた。


「さて、と。まずは自己紹介からしようかね。アタシはツフ。見ての通り、戦士稼業をやってるよ」


「僕はルルベアです」


 ツフさんが胸を張り、ルルベアさんは胸に手を当ててそう話してくれた。


「俺はケント、彼女がアリアでそっちがクリムゾン、その子がアジュールだ」


 と、今度は俺は各々を指し示しながらそう答える。


「で、だ。プラトンが戦争起こしたって話を聞きたいってことだったよな?」


 俺たちの自己紹介を待って、樽からジョッキでエールを掬ったツフさんは、グイっとそれを一息に飲み干して俺にそう尋ねた。


「ええ、詳しい話を聞けたら、と」


「なら、ちょうどいい。ルルベアはチェアデス城の城主の息子だよ」


「チェアデス城? 俺たち、地理に疎いもんで」


 とはツフさんの言葉ではあるが、俺は全くわからなかったのでそう言葉を返した。


「チェアデス城はパイソンという国の中で、辺境に位置する城です。いや、でした、と言うべきでしょうか」


 今度はルルベアさんの言葉だ。言い直した部分が少し気になった俺は、そこに関して首をかしげて尋ねた。


「どういう意味?」


「先日、隣国であるプラトンより攻め込まれ、壊滅したからです」


 少し、顔を伏せ、口調を落としながら、ルルベアさんは言葉をつづける。


「ちなみに数千といた兵は一晩でほぼ全滅。僕は無理やり逃がされましたが、辺境伯を任された父、レンベルグや、母のイシス、また、パイソン随一の女性剣士として名高い姉のテミスは恐らく、もう……」


「で、脱出の際に転移の魔導具を使われたらしくて、アタシの村まで飛んできたんだよ。で、送っていくところさ」


 ツフさんがルルベアさんの言葉の後にそう続けた。


「ってことは、結構前の話です?」


「そうだね、十日以上は前、って感じかな?」


「ってことはベネザを出たくらいかその前ってとこか。行ってどうなる訳でもないか」


「はい、チェアデスは既に陥落しておりますし、恐らくそのまま首都であるソラーレまで攻め込むことはないと思います。恐らくただの宣戦布告のようなものかと」


「どうしてそう思うんです?」


「なんせ、攻めてきた人たちはたったの三人。いや、実際にはたった一人にチェアデスは落とされました。他二人は見張り、といったような感じでしょうか?」


「え、たった一人?」


 俺はその人数に驚いてしまった。確かに戦争を仕掛けるような人数ではない。


「はい、恐らく異世界人だと思います。あの破壊的な膂力はそうとしか考えられません」


「異世界人、か。ちなみにどんな感じの人だった? 俺くらいの年齢だった?」


 俺が本当に尋ねたいのはこれだった。俺の知り合いがいたかどうか、を。


「僕はきちんと対峙した訳じゃないので、はっきりとはわかりませんが、もう少し年上には見えましたよ」


「なるほど」


 ってことはクラスメートじゃない異世界人かもしれない。なんせ俺が一番大人びてるって言われてたくらいだから、俺より年上に見えるってことは多分大丈夫だろう。

 十日以上前とはいえ、今はすぐに戦火が広がりそうな感じはない。しかも、クラスメートも関与してない、となるとあまり首を突っ込まない方がいいかもしれないな。


「ありがとう。大体聞きたいことは聞けたかな?」


 と、俺の言葉を待っていたかのように、ツフさんが、パンッと手をたたいてアピールをする。


「おし、ちょうどいくつか料理も運ばれてきたとこだし、食うか! ほら! 遠慮なく!」


「って、それは俺のセリフですけどね。まあ、特に異論はないので、食べましょ!」


 その言葉を合図に、俺たちはテーブルの上に広げられた料理に手を付けだしたのだった。

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