僕のトモダチは悪魔だった

@Newone199

第一章

1-1 プロローグ 〜 無垢 A



「こんなこと聞かせるのも悪いが……お前のお母さん、亡くなっちまったよ」

 青灰色の髪の、ぼくよりいくらか年上の男はそう話した。

 また母さんが一人死んだ。のこされたぼくは、これからどうするべきだろう。

 男はぼくの頭をなでて、帰ろうとする。そこでぼくはなぜか、彼に向かって叫んだ。

「あの……!」

 彼はふり返り、きょとんとした顔をする。

「ぼくも連れて行ってください!」

彼は少し考えて、再び目の前にやってきた。

「俺たちが戦うこともあるってことは知ってるよな?」

 そんなの分かってる。ぼくはそれに向いている。

「戦えるのか? 覚悟はあるのか?」

「あります。戦えます。魔法が使えるんです」

 それからしばらく、ぼくらはにらみ合った。そして、

「分かった。お前の目にウソは無ぇ。行かせてやるよ」

 ぼくは思わず顔を晴れさせた。後悔するなよと言われても、する気が起きなかった。

 

 こうして僕は<手助けの団>の一員になった。誰かのために生きることを、彼は教えてくれた。



 


 枯れた村の真ん中で、村人たちが列を作っている。

その外れで、窪んだ顔の村人や子供たちが大きな氷を一心に舐め、かじっている。

 村人たちの列の終点にいるのは僕だ。僕は村人たちに次々と氷をもてなし、彼らの渇いた喉を潤すために働いていた。

 前の夜に村長や農地のための水をまかない、今日は貧しい人々に無償の恵みを与える日だ。昨日の村長の顔を思い出すと、ほんの少しだけ偉い人たちの役に立つよりも、こうして日々を精一杯生きている人たちのために自分も頑張ることが、僕の心には合っている。自己満足かもしれないけど、それでも目の前の人に笑顔が溢れると、自然と温かい気持ちになれるんだ。

「坊や、本当にありがとうねえ」

 腰の曲がったお婆さんが、桶に入った氷を見て笑う。僕の心にも、こちらこそ、という気持ちが湧いてきたけれど、その陰でこんな疑問も浮かび上がった。

 このお婆さんは、長い間ずっと貧しかったのかな。もしもそうだったら、ここまで生きてきたことについてどう思っているんだろう。

「……おい」

 そんなことを考えていると、次にやってきた少し怖いお兄さんに声をかけられた。しまった、ぼーっとしていたみたいだ。慌てて氷を作り出し、二つの桶に入れる。この人は村人の中でも体つきが逞しくて、色んな人がいるなぁと思えてくる。

「……魔人は悪い奴ばかりだと思ってたよ」

 男は僕の顔を見てほくそ笑む。自然の力を自由に使える魔人は、どの時代でも恐れられ、嫌われる対象だ。彼はその偏見との違和感を、正直に言葉にする。

「それは――」

「良い奴とも思ってないけどな」

 返答は勝手に打ち切られた。そういうものだ。

 列は少しずつ短くなり、やがて村人への配給は完全に終わった。お腹が減った。魔法を使うといつもこうなる。腹八分になった時の何でもできる感覚は、仕事を終える頃にはくたくたに萎れていた。

「お疲れヘルク。今日も頑張ってたんだな、あの列の長さといい」

 僕の後ろから、手助けの団の団長であるライラックが肩を叩いた。短く切られた、青色混じりの灰の髪。黒髪や茶髪が目立つこの世界の人間の中では、一際珍しい明るい色の髪色だ。少し肌寒い季節だが、彼はお構いなしに腕をまくっていて、むき出しの肌には汗が浮いていた。

「そっちも、村のお手伝いお疲れ様」

「ああ、瓦礫の撤去やら家の補修やら何やら、色々とやってきたぜ。俺も流石にくたびれちまった」

 手助けの団のメンバーは三人いる。リーダーはライラック、団員に僕と、もう一人マギという女性がいる。このたった三人の手助けの団の中心はもちろん団長だが、それは表向き。実際には僕が中心と見なされていて、団長は自ら雑用係と笑った。

 僕が中心扱いされているのは、やはり魔人であるからだろう。全人口の中でも、魔法が使える人間は五百人に一人と言われている。魔法には基本的に地、水、火、風の四種類があって、中でも一般人がありがたがるのは水、次いで火の魔人だ。水や氷が扱える僕の力を見込んで、ライラックは僕に手助けの団へ入れてくれた。だけど本当は僕に価値なんか無い。価値があるのは、あくまで魔法の方なんだろうな。


 村にある簡素な宿泊所で、手助けの団は夜を過ごす。このエルナ地方では少しだけ名の通る手助けの団だけど、それでも側から見ればただの旅人たちだ。だからこうして宿を用意させてくれるのは、とてもありがたいことだ。

 庭に出ると、机には既に料理が並べられていた。丸くて固そうなパンに、切り分けて食べるホールのチーズ。火にかけられた鍋には、様々な具材が煮やされている。ライラックがチーズを切り、それぞれの皿に載せる。その隣では、お姉さんぶった性格のマギが鍋をかき混ぜ、器によそう。

「今日もお疲れだな、ヘルク。ほら、たんと食え」

 日の出ている間はずっと魔法を使うため、大きく体力を消費する。だからみんなが気を遣って僕に食べ物をよこしてくれるんだ。食べることは好きだし、頑張りを認めてくれるのも嬉しい。ただ――

「ほら、野菜たっぷり入れといたわよ」

 僕に用意された器は、肉の代わりに野菜がたんと盛られたものだった。

「……なんで肉がないの」

「何でって、野菜沢山食べないと体に良くないでしょ?」

「でも、小さい肉くらい入れてもいいでしょ」

「野菜を食べないと体が綺麗にならないじゃない。綺麗な水を生み出すことがヘルクの仕事なんだから、沢山食べないと」

「これ、肉で出汁取ってるでしょ」

「前に水質チェックしても、これくらいなら臭いや油は出なかったし、ヘルクの水の力には浄化作用もあるじゃない。それにほら、豆も入ってるでしょ。これならバランスもいいし、元々野菜はうちに少ないから貴重なのよ。優先的にヘルクに食べさせるのが一番良いじゃない」

「そういうこった、好き嫌いせずにちゃんと食えよ」

 別に好き嫌いして食べてるわけじゃない。出されたものは必ず食べる――少し、よく噛んでなくても。

「ハハハッ! やっぱりマギには敵わんなあ」

 ライラックが僕の肩を強く叩く。ハァ、こういう食生活でも数日なら我慢できるけど、体調管理のためにずっと同じものを食べさせられるのだから、堪ったものじゃない。

「はぁ……好きなもの食べたいなぁ」

「お菓子、でしょ? 高いから駄目よ、せめて水菓子ね」

「あ、それ俺も食いたい。ブドウ食いたい」

「ブドウ? あんなお金持ちの果物手に入らないって」

「ライラックはブドウ食べたことあるの?」

「ある。甘酸っぱいのと渋いののバランスが最高で、何より色が良い。思わず皮ごと食べたんだが、あれはとても旨かったな」

「贅沢。ブドウって基本ワインの原料にしか使わないし、そのまま房ごと食べるなんて」

 良いなぁ。ここにいる限り、そういう物は多分食べられないんだろう。だからといって、自立できる程の自由は与えられていない気もする。甘くて美味しそうなブドウの味を想像しながら飲んだスープは、いつも通り野菜の出汁が染み込んだ、優しいけど味気ない味だった。

 人はマギを母性ある人と捉えるかもしれないが、僕にはそう思わなかった。マギと僕の歳が離れてないからか、それとも僕が大人に近づいたからだろうか。僕が幼い頃、色んな母親に抱いていた上手く言い表せない感情は、何故かマギには抱けないでいた。

 食事を終えて、藁に布を被せたベッドで眠る。寝心地が悪いのは慣れてるし、夜はいつも疲れてるからすぐに眠れる。マギに言われた通り、肩まで布団を覆って眠り、夜明け前に目を覚まして、自分の水で顔を洗い、体を拭き取る。なるほど、確かに自分の体は健康でいた方がいい。でも、少しうんざりしているんだ。

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