29.楓センパイ
二人は駅前のファストフード店に入り、ドリンクだけ注文した。平日のこの時間に店でお茶をするのが新鮮で、背徳感とあいまって聖の胸は高鳴っていた。しかも目の前に座っているのはキレイな異性の先輩だ。
「よく考えると駅前って、先生たちに見つかる可能性あるからあまり良くなかったよね。場所としては武蔵野亭の方が良いんだけど、私の家、違う方向だから。ごめんね」
楓は徒歩で通学している、と渚から聞いたことがある。
「武蔵野亭もう再開しているなら、私たちもまた使わせてもらえるようになるのかな」
突風の被害にあってから地域文化研究部の活動も停止になっていた。
「あ、はい。遥さんに聞いてみますけど、またみなさんが入ってくれれば喜ぶと思います」
ありがとう、と言ってから楓は少し考え込む。
「でも、他の2人はともかく私はあまりいけなくなるかも」
「え、なんでですか?」
「ちょっとね。先のこと色々考えて、これまでみたいに時間とれなくなるかも知れない。まだ分かんないけど」
「受験の準備、ってことですか? 塾が忙しくなるとか?」
「まあ、そんなとこ」
なんだか曖昧だったが、ごまかしているとかからかっているという感じではなく、楓自身も悩んでいるように見えた。そんな女子の先輩が、妙に大人っぽくみえてドキドキする聖だった。
「なんだか寂しくなりますね」
思ったことがそのまま口から出てしまった。楓はくすくす笑う。
「私がお店にいる時も、そんなに話したことないのに?」
「たしかに」
聖もつられて笑ってしまった。雑談していると緊張がほぐれてきた。
「そう考えると、こうやって聖くんと話すのはじめてかもね。あ、ごめんね雑談ばっかりで」
「いえ、楽しいです」
「あんまり引き止めるのも悪いから本題に入るね。考えたことがあるから聖くんどう思うか教えて。いまや怪猫事件(楓はこの名称が気に入っていた)の主役って聖くんだし」
あれ、いつの間にかそうなっているのか? たしかに千歳との接点が一番強いのは自分だけど。
「どう……なんですかね。たしかによく僕のところに情報が入りはしますけど」
「じゃあ、きっとそうだよ」
笑顔で言われて、照れる。
「風、学校から離れたら弱くなったと思わない? これもう明らかおかしいよね?」
いきなり強風の話題になった。でもその通りだ。窓の外をみるとたしかに風はありそうだが、学校に吹きつける強風と比べるとまるでそよ風だ。この狭いエリア内において、学校とその他の場所とで風の強さに異常な差が生じている。これは……、
「この不自然な嵐が妖怪の仕業だとしたら、学校に何かがあるってことじゃないかな」
「何か、ですか?」
「たとえば猫の漱石ちゃんとか」
核心をつかれた。
「だとすると、誰かが学校で漱石の面倒みているってことになります?」
「そう。武蔵野亭の外にいた漱石ちゃんを保護して学校でこっそり飼ってるってことになる。まあこの事件と漱石ちゃんのこと知っているのは学校関係者では5人だけだから……」
楓は語尾を濁す。彼女の言わんとすることは、学校でこっそり漱石の面倒をみているのは5人のうちの誰か、ということだろう。でも飛田は知っている可能性が高い。どうやらレオは楓やリュウには飛田のことは話していないようだ。部員2人に伝えるかどうかはレオに一任すると言ったが、状況が状況だから仕方ない。このままでは5人のうち誰かがあらぬ疑いをかけられてしまう。聖は高幡から聞いた飛田に関する情報を楓に話した。
「わかるなあ」
楓は妙に納得した様子だ。
「そんな感じがする人なんですか? 聞いた話だと妖怪好きは隠しているようなんですけれど」
「いや、わかると言ったのは飛田先生の気持ち。そういうの隠したくなる気持ちのこと」
聖の何か聞きたげな視線に気づき、楓は慌てて話を本題に戻す。
「でも、そうなると違う可能性が出てくるね。事情を知っている先生が漱石を学校で匿っていた可能性」
ただ、学校で誰にも見つからずに猫を飼う場所なんてあるのだろうか。
「そうなんだよねえ。立ち入り禁止になっていた地域文化研究部の部室とかあるっちゃあるんだけど、鳴いたら声聞こえるもんね」
「そうですねえ、漱石ってニャアニャア鳴くんですよ。鳴いても目立たない場所なんて……」
自分で言って聖は気が付く。動物愛好会の飼育スペースは他の場所から隔離されているし、鳴き声が聞こえても不自然ではない。あそこなら他の生き物に混じって飼うことも可能だ。
「一応、動物愛好会の飼育スペースは鳴き声が漏れにくい場所なので、確認してみます」
「でも今あそこは部員以外は入れないでしょ?」
そうなのだ。落雷との関連は不明だが、行方不明の動物が出て以来、飼育スペースは部員以外は立ち入り禁止になっている。
「僕、部員なんです」
楓は聖が動物愛好会に入っているのを知らなかった。では飛田も知らないかも知れない。
「じゃあ、お願いしていい?」
聖は頷いた。
「ありがとう。とりあえず、今できることは他にないかな」
「さっきも言ったんですが、仙川先輩に飛田先生のこと探ってもらうようお願いしたので結果を待ちましょう」
「レオじゃうまくできないんじゃないかな」
「え、なんでですか?」
「なんでって言われると説明が難しいけれど、レオはそんなに対人コミュニケーション上手くないもの。逆に先生を警戒させちゃうかも」
そうなのか。レオにコミュニケーションが苦手なイメージがまったくない。
「あれは意識してキャラを作っているんだよ。イケメンでスポーツも勉強もできるじゃん? だから周囲もレオに完璧求めちゃってるところあってさ。それに合わせようと努力しているんじゃないかな。どっちかというと根はヘタレだと思うよ。とても優しくて良い人だけれど」
楓にはそう見えるらしい。
「彼、転校生っていうのもあって、特に一年生の時はまわりから浮かないように無理していたように見えたよ。おまけにサッカー部も馴染めなくてすぐにやめちゃったから、クラスの中で居場所を作ろうとずいぶん頑張ったんじゃないかな。あ、サッカー部の件は、特に気にしているから言わないでね」
「もちろんです」
「もしかして、イメージ崩れてがっかりした? 余計なこと言っちゃったかな……」
がっかりなんかはしていない。
「逆に、本当は違うのに完璧キャラでいようと努力をする仙川先輩がすごいなと思いました」
「でしょ。私もそういうとこ尊敬しているの」
共感してもらえたのが嬉しかったようで、楓はグイッと身を乗り出す。距離が近い。また鼓動が速くなってきた。
「今の仙川先輩に関する話聞いて、楓先輩もすごい観察力あるなあと思いました。渚さんはそういうの気がつかなさそうなので。やっぱり同じ部活やっているとそういうところ気がつくものなんですか?」
楓は少し照れている。その理由は聖がさりげない風を装って楓先輩と呼称を変えてみたから、ではなかった。そこには気づいてすらいなかったかも知れない。
「まあ好きな人のことはどうしても観察しちゃうよね」
店を出る時に「他の人には言わないでね」と口止めされた。
***
帰り道、風はほとんどおさまっていた。通学路を歩きながら、楓はうっかり聖に本音を漏らしたことを後悔していた。レオのことは渚にさえも話していない。なんで気が緩んだんだろう。いくら学年が違うからといって周りに伝わらない保証なんてまったくないのに。一方で、誰かに吐き出せて気が楽になったのも確かだった。秘密を一人で抱え込むことって疲れる。
「まあ女子高生に好きな人がいたり、それが誰だかなんてたいした秘密じゃないんだろうけど」
そのレオが飛田を探るのに失敗した場合、自分がやるべきだろうか。でもその聞き込みにはリスクが伴う。下手したら私は「おかしな妄想癖のある女」というレッテルを貼られかねない。それは困る。楓の中で、真相に近づきたい気持ちと保身の気持ちとが天秤にかけられていた。何かリスクを避けられる別のアプローチはないだろうか。
そこまで考えて、ふいに自分の臆病さに嫌気がさした。
「なんで私はいつも、人の目を気にせずには行動できないんだろう」
この強い風のせいか、今日の高井戸楓は少し情緒不安定気味だ。
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