26.疑惑

「ただいまー。あ、高幡さん今出るとこなんですね。間に合って良かった」

 土曜日の授業が終わった聖と渚が、武蔵野亭に入ってくる。

 結局先日の集まりでは。高幡は飛田については何も言わなかった。不確かな情報で顧問と生徒の間に火種を残したくないと思っていた。そう、あの時は。

 けれども不思議新聞の同僚から昨夜また連絡をもらい、やはり看過できないと今は考えている。

「聖くん、もし時間あれば駅まででいいので送ってもらえないだろうか。遥さんはお店があるし、聖くんにちょっと話したいこともあるし」

 聖は高幡の表情から意図を察してくれたようで、

「いいですよ。あ、そっちの荷物持ちます。渚さんも手伝ってくれない? どうせすぐには勉強しないでしょ」

 失礼な、と言いつつ渚も承諾する。高幡は遥にもう一度丁寧にお礼を述べて、半年近く滞在した武蔵野亭をあとにした。


「地域文化研究部の3人には伝えるべきか迷うところだけれど、飛田先生は思っていたよりもこの件に絡んでいる可能性がある」

 不思議新聞の同僚は丁寧に調べてくれていた。まず人物像だが、もともと妖怪オタクというよりは民間伝承や神話が好きだったらしい。特に「武蔵野」のそういう話に強い興味を抱いていた。その一環として妖怪にも詳しくなっていった。

 不思議新聞は飛田が大学生の時に、新聞部の同期と設立した。ただこの活動で取り扱うテーマについて2人の間で意見の違いがあった。飛田の興味が古典的な民間伝承や妖怪に集中していたのにたいして、もう一人は「自然界における神秘」だとか「人間の常識では理解できない行動」などなど、より抽象的なテーマも対象にしたいと考えた。結局、より多くのメンバーの支持を集めたのはそのもう一人の方で、実際に彼の投稿した記事の方が多くのPV(ページ閲覧数)を稼げた。

 飛田は不思議新聞を去ることにした。とはいえ完全につながりが途切れたわけではなく、飛田と仲が良かったメンバーもまだ不思議新聞内にはいて、そうした人たちとはときおり情報交換をしているようであった。

「聞くところによると、中学の時に、この趣味が原因でクラスの中でからかいの対象になってしまっていた。家でも父親がそうした趣味に良い顔をしなかったので、人前で趣味を公言することはしなかったようだ」

 渚は楓のことを考えた。彼女も趣味を公言することを恐れている。

「その趣味について大学の新聞部に面白がってくれる人たちがいた。それがよほど嬉しかったのだろう、卒業してもこの活動を続けたいと思って設立したのが東京不思議新聞だ」

 渚は飛田とそりが合わないが、こういう一面を聞くと好感が持てたし、「生徒の好きなことを応援したい」という彼の教育スタンスも理解できる。できれば好きなことが見つからない生徒の気持ちも理解してもらいたいが。

「一方で、高校以前のそうした環境のせいか、慎重で狡猾な一面があると不思議新聞内で言われていた。なんというか、自分のイメージを悪くさせずに欲しいものを手に入れようとする、みたいなことかな」

 なんとなく分かる。

「性格はそんな感じで、気になるのは彼がおととい不思議新聞のメンバーに連絡をした内容についてだ。明らかに怪猫事件に関わりがあることだったから」

「かいびょう事件?」

 聖と渚の声が重なった。

「はい、僕がこの間名付けました。名前があった方が便利でしょ」

 確かに名前があった方が便利かもしれない。ただ命名のセンスについては、二人とも疑問であった。

「えーと、話を続けると……」

 不思議新聞には歴代のメンバーが集めた伝承や口承などのデータベースがある。データベース化は新聞部設立者の二人が徹底していた点で、飛田の目的もこのデータベースだった。彼が知りたかったのは「化け猫の出現に関する伝承の共通点はあるか」と「化け猫を飼い慣らした伝承があるか」ということだ。

「具体的ですね。まるで化け猫が手元にいて、飼い慣らそうとしているみたいだ」

 聖の感想に渚も頷く。高幡は続ける。

「さらに、どういうわけか天狗についても調べていたようだ」

「えっ?」

 またも聖と渚の声が被った。

「天狗が山ではなく人間の住む街に現れた話」や「天狗が人間に化けて人間と交流する話」について、データベースにないかということもメンバーに尋ねたという。

 ここまでくると偶然とは思えない。飛田の動向を探るべきだ。しかし、

「どうする? 僕は飛田先生の顔はわかるけど話したことほとんどない。渚さんはこの人に事件のことどれくらい知っているか聞ける?」

 まったく自信がない渚だった。

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