19.現代社会の妖怪論
「……つまり現代の妖怪は不定形なんです。もはや妖怪は人間に一方的に働きかける超自然的な存在ではないんです。妖怪は人間との関係において形作られていきます。だから起きている怪異現象だけをみて『この妖怪の仕業だ』と原因を特定することが難しくなっています。妖怪が怪異を起こす時は、意識的か無意識的かはさておき、人間が引き金を引いているんです。ですので我々は事件を解決するために、背後にある人間の……」
「あの!」
千歳の「現代社会の妖怪論」みたいなご高説を黙々と賜ることに耐えかねて、渚が口を開く。
「つまり人間の世界に迷い込んだ妖怪が、このあたりに住む誰かのせいで、異常気象を起こすようになった。そういう理解で合ってます?」
今は土曜日の夜。閉店後の武蔵野亭で聖、渚、レオの三人で千歳の話を聞いているところだ。聖の予想に反して、渚は自発的にこの場にきた。話が早くて助かるのだが……。レオは見事に聖の作戦に乗ってしまいここにいる。ちなみに高幡は家族の用事とかで都心にある実家に帰っている。
「そうです」
「昔と違って簡単には犯人が特定できないみたいな話でしたけれど『どんな姿で、どこにいそうか』といったことも分からないんですか? 原因を探れと言われてもノーヒントだとさすがにきついんですけど」
やっぱり渚は強い。
「我々の調査によって、ある程度の絞り込みはしています。まず姿については、いまは
「かいびょう?」
3人の高校生の声がハモってしまった。
「待って、かいびょうって何?」
「おや、わかりませんか。今どきは怪猫ってあまり使わないですかね。えーと、他に近い表現は化け猫とかですかね」
怪異の「怪」に「猫」で怪猫ね。新鮮だよその表現。一周回って新しいんじゃない? どこからの1周かは分からないけれど。
「あと場所でしたね。我々は次の3つのいずれかではないかと……」
「待って。さっきから出てくる『我々』って誰?」
渚が遮る。そこは聖も気になったが、さすがに遮りすぎではなかろうか。少し千歳が気の毒になった。
「古代からこの地域を見守っている『見廻り隊』というカラスの一族です。厳密には私みたいにカラスではない者も隊に入っていますが」
カラス……。聖同様に嫌な思い出があるためか、渚は黙り込む。
「場所について我々は、数日前まで3つの可能性を考えていました。1つはどこにも保護されずにこの地域を彷徨っている可能性。2つ目は皆さまが通われている多摩北高校にいる可能性。3つ目はこの武蔵野亭にいる可能性です、ただ3つ目の可能性については……」
「ちょっと待って! どうしてその3つなんですか?」
今度は聖が遮った。千歳は忍耐強く応じてくれた。
「この地を見守ってきた見廻り隊は、野生のカラスの力も借りながら異質なものを見つけ出します。ここ数ヶ月でカラスたちが反応を見せたのが多摩北高校とここでした」
「あの落雷の夜、学校から大量のカラスが飛び立ったのは、妖怪がいると思ったからですか?」
この話し合いが始まってからはじめてレオが口を開いた。
「そうです」
「もしかして怪猫って……」
ここまで言われれば分かる。
「そうです。みなさんが漱石と呼んでいるあの猫だと私たちは睨んでいます」
漱石に疑惑が及んでは聖も渚も平静ではいられない。
「それはないですよ。漱石は何ヶ月も前からずっとここにいたんですよ」
「ここにいたからって、怪異を引き起こさない理由にはならないでしょ」
「じゃあ逆に漱石がその妖怪だっていう証拠を見せてくださいよ。できるんですか?」
「まあこれを使えば」
千歳は手首にはめている数珠を見せる。
「この数珠は近くで妖気を察知すると光ります。自動で光るわけではなく私が念を込めなくてはいけないんですけど」
胡散臭いことこの上ないが、
「じゃあ、もうこの場で漱石を調べてもらったらどうでしょう?」
提案したのはレオだ。聖は「連れてきます」と階段を登っていく。その間に渚が聞く。
「さっき3つ目の可能性について何か言いかけました?」
「はい。残念ながらもう漱石はここにはいません」
「え、それはどういう……」
渚の問いは降りてきた聖に遮られた。
「漱石いなかった!」
「じゃあ漱石が戻ってきたら連絡します。どこに連絡すればいいですか?」
「聖くん、漱石はたぶんもう戻って来ませんよ」
「漱石はしょっちゅう外出するんです。今回だってたまたまいなかっただけだと思いますよ」
聖は意地になっている。千歳はそれ以上は何も言わず「ではこちらに」と携帯番号を紙に書いて渡した。この謎の男も携帯電話は持っているらしい。
ともかくこれで千歳が聖に接触してきた理由は判明した。多摩北高校が怪しいと睨んでいるから、そこの生徒であり、漱石と接点があり、ついでにカラスとも因縁がある聖に白羽の矢が立ったのだろう。ただ多摩北高校がどう妖怪と関係しているのかは、皆目検討がつかない。
それにしてもである。漱石の愛らしい造形にはおどろおどろしさのかけらもなく「怪猫」なんていかつい呼称とはまったく結びつかない。その感覚は渚も共有している。2人とも漱石が妖怪だとは信じていない。ただ漱石がこの場にいない以上、疑惑を晴らすことはできない。2人の内に不満が募る。
「じゃあ、今日はこれで」
千歳は店を出た。3人の高校生は千歳が前方の角を曲がり、姿が見えなくなるまでぼんやりと後ろ姿を目で追う。
「戻ろうか……」
レオが言いかけた時である。角の家の向こうから、とてつもなく巨大なカラスが飛び立った。いや、そのカラスには人間の顔がついており、よくみたら手足もついている。ただ全身が黒く覆われている。
その何かは顔をこちらに向ける。まぎれもなく千歳の顔だった。軽く笑った、ように聖には見えた。これであの火事の日に目撃した巨大なカラスの正体は判明した。
***
千歳が去った後、三人が店の中で放心していると高幡が戻ってきた。
「あれ、今日はご実家に泊まるんじゃ?」
「用事が済んだし、仕事道具がこちらにあるので。ところで今日千歳さんに会ったんだよね?」
渚がかいつまんで先ほどのやりとりを説明した。
「じゃあ、とりあえず漱石くんが戻って来たら千歳さんに見てもらう、という感じかな」
そういうことだ。とりあえず今日は解散、という流れになった時、
「ああそうだ。ちらっと聞いたんだけど、地域文化研究部の顧問が飛田さんていう人だって?」
高幡が思い出したように問いかける。
「え、先生のこと知っているんですか?」
レオが逆に質問した。
「直接面識はないけれど、知ってはいる。東京不思議新聞の創設者の一人が飛田さん。不思議新聞は大学で同じ新聞部だった飛田さんともう一人でつくったもので、飛田さんはそのもう一人と方針が合わなくて離れてしまったらしい。聞くところによると、飛田さんはかなりの妖怪オタクだったとか」
「飛田……先生が? 微塵もそんな感じしないですね」
渚は地域文化研究部員ではないのに、その先生のことを知っているようだ。聖は部員たちが初めてここを訪れたときに見たきりだ。趣味嗜好はもちろん、人柄も分からない。
「昔からその趣味は周囲には隠していたみたい。奇異な目でみられることに相当な抵抗があったとか」
「なんだか楓みたいだな」
渚のつぶやきに、
「え? 高井戸?」
反応したレオに、渚は慌てて、
「あ、いや、やっぱりそんなことないかも」
とごまかす。楓は自分の趣味を秘密にしたがっている。
「飛田先生って、この手の相談まじめに取り合ってくれそうな感じの人ですか?」
聖の他意のない発言に、渚は微妙な顔をして、その渚の表情をみてレオも微妙な顔になる。気まずい空気が流れる。(「あれ、いま何か変なこと言ったか?」)
「いきなり相談するのは、やめた方がいいかもしれない」
高幡が頭を掻きながら言う。
「え、なんでですか?」
「やっぱり徹底して隠している部分をつついてはダメだと思う。関係性が悪くなるかも知れない。ああいう人はプライド高いから」
一応もっともらしい説明だが、いまいち腑に落ちなかった。
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