16.ストレンジャー

 本当に今月は雨が多い。まだ梅雨じゃないのに。

 落雷から10日ほど経ったある日の放課後、聖は動物愛好会のミーティングに参加していた。動物愛好会には部室がないので、空いている教室でミーティングをする。飼育スペースから離れているから不便だ。

「確認だけど、いなくなったのは、柴崎くんが拾ってきたカラスの雛と、それからアライグマか」

 落雷の次の日、当番の部員が飼育スペースに行った時、何匹かの生き物がゲージの中にいなかった。消えた生き物の中に例の白いカラスの雛もいた。

「残念だったね。愛着あっただろうに」

「そうですねえ。でも冷静に考えれば、カラスなんてずっと飼うものじゃないので、遅かれ早かれ自然に返す予定だったので、まあいいかなって今は思っています」

「大人だなあ」

 いなくなった当日は多少寂しいと思ったが、一週間たった今はもう気にならない。それどころか正直ホッとしている。3月の神社での一件に加え、カラスに変身する夢を見たせいか、渚同様、もうカラスはこりごりだった。それに漱石をまた部屋に入れることができるようになった。

「アライグマ、駆除されないといいなあ」

 女子部員がつぶやく。今、アライグマの都会での目撃情報は増えており、作物を荒らす害獣として駆除依頼が多いのだ。みんなが可愛がっていたアライグマが駆除されるのはいたたまれない。

 帰り道、同級生と分かれて一人になった時に考える。あの落雷と動物が消えたことはたまたまタイミングが重なっただけだろうか。また空がゴロゴロなっている。今日も雨のせいで気が重い。次の角を曲がれば武蔵野亭がある道だ。ほっと一息ついて角を曲がると、前方の塀の上にカラスがいるのを発見した。

「こんな雨なのに?」

 カラスはじっと聖を見ている。聖もカラスを見返すと、そのカラスは嘴の先の方が欠けていた。こいつ、もしかして神社で僕がたたき落としたやつのうちの一羽か? カラスは人の顔を覚えるのが得意で、しかも執念深いという。もしあの時のやつだったら襲いかかってくるかも知れない。本当にもうカラスとは関わりたくないの

に……。

 しばらく睨み合いが続いたがカラスが動く気配はない。試しに聖が少し動いてみると、そいつは視線で聖を追うものの、近づいてくる気配はない。聖はカラスの横を通るのが嫌だったので、遠回りになるが反対側からのルートで帰ろうと、今曲がった道を引き返そうとする。

柴崎聖しばさきしょうくんですか?」

 突然男の声がして振り返る。いつの間にかカラスの隣にスーツ姿の男性がいた。まだ若い男だ。歳は聖より10歳か15歳くらい上か。イケメンに見えなくもないけれど、鼻が高すぎて、それがやや全体のバランスを崩している。

「はい、そうですけど」

「よかった、この子がちゃんと君のことを覚えていてくれて。結構探すのに時間かかかってしまった」

 この子というのは、カラスのことだろうか。なんだこの男は。

「あの、すいません。急いで帰らなくちゃいけないんですけど」

「おや、その割には遠回りをしようとしていませんでしたか?」

 言葉に詰まる。

「とはいえ雨も強くなってきましたしね。今日は挨拶だけにしておきます」

 男は聖との距離を詰め、

「カラス天狗の千鳥です」

「は?」

 何を言われたか分からなかった。どう反応していいかも分からずにいたが、男は構わず続ける。

「割と大変なことになってきた。このまま放置しておくとこの街は人間が住めなくなるかも知れない。聖くん、単刀直入に言います。君には妖怪の捕獲を手伝ってもらいたい」

 ようかい? ってあの「妖怪」のことか? 『ゲゲゲの鬼太郎』とかに出てくるあの妖怪か?

「この街に危機を乗り越えるために、街の協力者が必要なのです。私は君が適任だと思った」

 何を言ってるんだ、いい歳した大人が。

「今君はとても動揺しているようだし、雨なので、今日は挨拶だけにします。でも私のことを覚えておいてくださいね。またすぐ会いに来ます。その時は落ち着いて話を聞いてくださいよ」

 男はスタスタと歩き去っていき、やがて聖の視界から消えた。気がつくと嘴が欠けたカラスもいなくなっていた。

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