動く
@yokonoyama
第1話
わたしの大切な、ひつじのぬいぐるみ。クリーム色のくるくる巻いた毛がとてもかわいい。頭をなでると、ふかふかしていてあたたかい。
ひつじちゃんは、わたしの7さいのたんじょう日に、パパが買ってくれたの。わたしは小さなお人形しか持っていなかったから、もう少し大きな、できればノートぐらいな大きさの、ぬいぐるみがほしかった。
たんじょう日は土曜日で、パパはおもちゃがたくさんある、広いお店に、わたしをつれて行ってくれた。ゲームやアニメのキャラクターがおいてある場所で、パパは、ほしいものがあったら言ってねって言った。それもいいけど、今はちがう。
うろうろしていると、ワゴンにひつじのぬいぐるみがあった。動物園にいるようなひつじが、たくさんつみあげられていた。きれいにならんではいなくて、後ろを向いていたり、上向きだったり、たおれていたり。どれにしようかまよったけど、ひとつだけ、わたしの方を向いているひつじがいた。茶色いビー玉みたいな目と、わたしの目があったから、それに決めたの。
ひつじちゃん、わたしのおうちにつれて行ってあげる。なかよくしようね。
ひつじちゃんをつれて帰ると、ママも、かわいいね、よかったねって言った。ママはいちごのケーキと、からあげをたくさん作ってくれた。いつもなら、ごはんのときはダメって言うジュースも、たんじょうびだからって、テーブルに出してくれた。
わたしは、パパとママと、ひつじちゃんといっしょでうれしかった。
夜9時半。
ひつじちゃん、さみしくないように、いっしょにねようね。わたしは、ママのよこでねているからさみしくないけど、ひつじちゃんは、わたしがいないとさみしいでしょ。
パパ、ママ、わたしとならんでねる部屋は、まっくらにならないよう、オレンジ色の小さな明かりがついていて、ひつじちゃんの茶色い目が光って見えた。ひつじちゃんに、わたしのほっぺたを近づける。ふかふかしていて、かわいいな。おやすみ。
朝。
ひつじちゃんは、わたしのふとんから2mか3mはなれた、テレビの前にころがっていた。
どうしてだろう。わたしがちゃんとふとんにねかさなかったから、ころがって行っちゃったのかな。だけど、ふとんから出てしまうだけでなく、部屋のかべのそばにある、テレビまでころがるかな。
わたしは、ひつじちゃんが動くのかどうか、パパにきいた。ひつじちゃんには、でんちを入れるところもないし、ぜんまいもついてないから、動いたりしないんだって。
そうなんだ。おかしいな。
毎日、わたしがふとんに入るときは、となりにおいているのに、朝になると、かならずテレビの前にいるひつじちゃん。
そんなことが、十日も続いた。テレビの前のひつじちゃんは、なぜだか、そのたびにちがう方向を向いていた。わたしのふとんに顔を向けていたり、テレビに顔を向けていたり、よこ向きにたおれていたり、ひっくり返っていたり。
わたしがねむるまでは、ひつじちゃんに手をおいているけど、ねむってしまったら、ひつじちゃんから手をはなしてしまうんだろうな。でも、どうしてひつじちゃんは、いつも、テレビの前に行ってしまうんだろう。
パパは、動かないって言ったけど、もしかしたら、ひつじちゃんはでんちやぜんまいがなくても、夜中になったら動けるのかもしれない。そんな歌があったもの。歌にある、おもちゃのへいたいみたいに、ひつじちゃんも動くのかも。だけど、どうして動くのかな。わたしといっしょにねるのが、イヤなのかな。それとも、たくさんのひつじがいたワゴンに帰りたいのかな。ひつじちゃん、もし、しゃべれるなら、わたしにだけおしえて。
そうだ、ふとんの中で、わたしが朝までずっと起きていたら、ひつじちゃんが動くところを見られるかも。そう思ったけど、起きていられなくて、いつの間にかねちゃった。気がつくと、まどが太陽の光で明るい。朝になってる。ふとんから体を起こしてテレビの方を見ると、やっぱりひつじちゃんがころがっていた。
わたしはふとんから出て、ひつじちゃんのそばに行った。やっぱり、動くんだ。すごい。いつも、テレビの前に行ってしまう理由は、わからないけど。
ママが、キッチンから、テレビの前にころがっているひつじちゃんを、わたしをおこるときみたいなこわい顔で見ていた。わたしがひつじちゃんをだき上げたら、ママが、テレビの前であそばないでって言った。テレビはついてないから、何のじゃまもしてないのに、どうしておこるんだろう。
ひょっとしたらママは、ひつじちゃんが動くのをしっているのかな。だから、こわい顔をして、ひつじちゃんを見ていたのかな。
どうしよう。動くひつじちゃんをママは気持ちわるいと思って、すてちゃうかもしれない。わたしの大切なひつじちゃん、すてられないようにママに言わなくちゃ。
あのね、ママ、ひつじちゃんは、すごいんだよ。
いつもわたしとねているけど、朝になるまでにテレビのところへ行っちゃうの。だけど、動けるのは、そのときだけみたいだから、ぜんぜん気持ちわるくないからね。
わたしの言ったことをきいて、ママはもっとこわい顔になったけど、おこっているんじゃないみたい。ひつじのぬいぐるみが、動くわけないでしょうって言った。
そんなことないよ、動くもん。あれ? 動くわけない、だって。じゃあ、ママは、ひつじちゃんが動くのをしらなかったんだ。
ママと話した日の夜。
わたしはいつも通り、ひつじちゃんとふとんに入った。それからどれだけ時間がすぎたのか、わからない。ふいに、わたしは目をさました。部屋のあかりがオレンジ色に光っている。手でふとんの中をさがすと、ひつじちゃんがいない。わたしは、そっと体を起こした。すると、わたしのよこにふとんをしいているママも、ふとんから体を起こしていた。
ママは、じっとしたままテレビのほうを向いていて、わたしが起きたことに気がついていない。よく見ると、ママの手にひつじちゃんがあった。ママがわたしのひつじちゃんを持っている。
テレビはついてないのに、ママは何をしているんだろうと思って、わたしも、じっとテレビのほうを見た。すると、テレビの前に、人の形をした黒い影のようなものがあらわれてきた。それが、ゆらゆらと体をゆらすようにゆれながら、じわじわと少しずつこっちへ動いてくる。
ママは、あれが見えているんだ。
ママは、来ないでって言いながら、その黒い影に向かって、ひつじちゃんを投げた。
ひつじちゃんは、テレビの前にころがった。
そうか、これまでずっと、ママがひつじちゃんを動かしていたんだ。
じゃあ、あの黒い影は、何なんだろう。
(了)
動く @yokonoyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます