名前

くにすらのに

名前

「だから、ひみつですって」


「どうして教えてくれないんだよ!」


 こんなやり取りを何度も繰り返している。空手部や柔道部よりも部員が少なくて、それでいて小さな力で大きな攻撃ができそうな少林寺拳法部に入ることは高校に合格した時点で決めていた。


 少林寺拳法部に入りたいから受験したってわけじゃないけど、この学校を志望した理由の一つである。


 見学に来てる一年生はわたししかいない。その一人が仮入部じゃなくて早くも本入部を決めているのにこの先輩は門前払いしたいらしい。


「名前くらい教えてくれたっていいだろ! 部員になるならさ」


「田中ひみつですって。さっきから言ってるじゃないですか!」


「だーかーらー! 田中のあとを知りたいんだよ。いや、呼ぶ時は田中さんだよ? でもさ、さすがにフルネームを知らないってのもおかしいじゃん?」


「……あぁ、高校でもやっぱりそういう感じですか」


「え? なに? 中学の時も名前教えなかったの?」


「違いますよ。紙、ありますか? っていうか入部届をください。名前を書くので」


「本当に入部すんの? 名前も教えないくせに?」


「これでわたしが言いたいことがわかると思います」


 先輩が道場の端に置いてある紙の束から一枚取り出し、わたしに差し出した。


「本当に、ひみつなんですって」


 田中妃光ひみつ


 お姫様みたいに光り輝いてほしい。

 そんな願いを込めて両親が付けてくれたお気に入りの名前だ。読み方が「ひみつ」なせいで今日みたいな誤解を生み続けてきたのは面倒だけど、最初さえ乗り越えれば問題ない。


「これで納得してくれました? わたしがひみつだって」


「ご、ごめん」


「わかってくれたらいいんです。早速先輩と打ち解けられた気がしますし」


「たしかに。俺も緊張がほぐれたかも」


 自己紹介するだけで初対面の人とちょっとだけ仲良くなれる。親とは家で顔を合わせるとツンツンしちゃうけど本当は感謝してる。このひみつは、もう少し大人になったら明かそう。

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