第2話 私の隣で、やけにうるさいキミと

遊佐ゆさ 武留たける〟くんにそそのかされて、一か月以上ぶりに登校し、窓際最後列の自席に座った私は、もう早々に後悔していた。


「えっ……あの子、登校拒否してた――」「鏑木かぶらぎさん、だっけ?」

「よかったー、出席してきたんだ」「調子とか悪かったんかな?」

「進級初日以来だっけ」「ウ、ウワッ、スゴ……」

「いやーオレ初めて見るわー全然知らんかったわーコレ完全初対面だわー」


 口から出る言葉は、ほとんど上辺だけで――今も聞こえてくる〝〟は。


(あの子、一か月以上も休んで大丈夫なの?)(なんか話しかけた方が良いのかな)

(てか仲良しでグループできちゃってんのに、今さら……)(大丈夫か~?)

(すごい機嫌悪そうじゃん、感じワル~……)(ウ、ウワッ、デッ、カッ……)

(ホントは入学当初から知ってるわー実質二年目だわー〇×△したいわー)


「…………っ」


 そこかしこから聞こえてくる、雑音よりも耳障りな〝心の声〟――もう離れようと決めていた、こんな教室トコに招き込んだ張本人、遊佐くんは。


「……………(……………)」


 隣の席に座り、腕組みして目を閉じ、沈黙――〝心の声〟も聞こえないほどに。


 ああ、やっぱり、失敗だった――こうしている今も、クラス中の〝心の声〟は聞こえてくる。口からじゃないからとは言わない。


 けれど〝心の声〟なのに――聞こえてないからって、好き勝手、好き勝手!


 ああ、ああ! これが口から出る言葉なら、耳を塞げば済むのに――〝心の声〟なんて、どこの耳を塞げばいいっていうのよ!


 次から次に聞こえてくる、雑言の嵐に――無駄だと分かっていつつ、堪えかねて自分の両耳を塞いだ。


 ―――その時だった。


(鏑木さんエッ(―――――大丈夫だあっっっ!!!)


「!? う、わ、うるさっ……………はっ、えっ?」


 塞いだ耳から、ではなく――聞こえてきた、それは――〝心の声〟。


 やけに大きい――遊佐くんの、〝心の声〟。


(大丈夫!! 俺に任せて、声のデッカさには自信あるから! 周りの声がうるさいなら、それ以上に俺の声をデッカくする! 俺、応援団だから、任せて!!)


「……いや、ちょ……まさか……」


(大丈夫だぞー! 鏑木さん、ガンバレ!! フレーッフレーッ鏑木心音ここね! 〝心の声〟ってどういう風に聞こえてるのか、よくわかんないけど! それでも、他の声なんて気にならないくらい、俺が隣で、ずっと―――声、出し続けるからっ!!)


「……………………」


 遊佐くんの言う……いや〝心の声〟で考えてた……思いついた〝〟って。


 まさか………


 ……ウソでしょ?


 ち……力押しのゴリ押しにも、程があるわよっ!?


 はあ……はあ、はあぁ~~~……。


 ……ウソでしょ。


 ……。


 冗談としか―――思えないわよ。


 こんなことで、まさか、本当に。



 ――――隣の遊佐くんの〝心の声〟以外、なんて!



(登校中でも、休憩時間でも、授業中でも! ずっと声、出し続けるからな! ……あれっ、鏑木さん!? なんか様子が……大丈夫!?)


「……はあ、もうっ……」


 私は片手で頬杖を突きながら、呆れたように一言。


「……授業は、ちゃんと聞かなきゃダメでしょ」


「! そりゃそうだっ……って、おわっ!(〝心の声〟が聞こえんの、『秘密』だもんなっ……か、鏑木さん、怒っちゃった!?)」


「………………」


 そっぽを向くように、窓の方へ顔を向ける、私が――


 緩む口元を誤魔化していることなんて、〝心の声〟が聞こえない彼は、知らない。


(……あっ、窓に鏑木さんの顔、反射して……笑ってる顔、可愛いな!)


「! ………っ」


 まあ、顔も赤くなっちゃったけど――それは誤算が恥ずかしかったから、で。


 ……本当なんだからね?



 ■ ■ ■


 それからも、遊佐くんは私の隣で、〝心の声〟声を出し続けて。


「おいおい遊佐~、最近ずっと鏑木さんと一緒じゃ~ん。なになに、ボディーガードかなんかのつもりかよ~?(クッソ鏑木さん独り占めしやがって――)」


「? おうっ、俺は鏑木さんのナイトだからなっ!(絶対守るしなっ!)」


「ヒ、ヒエェェ……(ヒエェェ……)」


 周りの人がからかってくるより、ずっと、大きな声で。


「オイ遊佐、鏑木さんが迷惑してんだろ! ちょっとは一人にしてやれよ!(そしたらオレが、鏑木さんと仲良くなって……へっへっへ)」


「いーや、俺は鏑木さんの隣にいるって約束したからな! ゼッテー離れねーぞ!(俺が隣で、声を出し続けるんだからな!)」


 本当に、嘘みたいに、隣で声を上げ続けてくれて――ほとんど、絶やすことなんてなくって。


「えっナニナニ? 遊佐くんと鏑木さんって付き合ってんの~!? すご~ラブラブじゃん! ねえねえ普段どんなデートとか――(恋話コイバナをぉ喰わせろォォォ!)」


「……………(………………)」


 いやそこは照れて黙るんかい! と、こっちの顔まで赤くなりそうなことも、あったけど。


 ……でも、本当に、ずっと、ずっと。


 夏を過ぎて、秋を越えて―――年が明けても、ずっと―――


 ■ ■ ■


 ………これは、彼にはまだ、『』なんだけど。


〝心の声〟、最近は少しずつ、聞こえなくなってきたんだ。


 時間が経ったからなのか、やっぱり私の心の問題みたいなものだったのか、良く分からないけど。


 今では、、集中しないと、よく聞こえないくらい。


 いつか、きっと、〝心の声〟は聞こえなくなっていくんだろうな。


 それでも、――窓際の席に座りながら、私は思う。


 視線は、窓の外に――1月に振る雪を、眺めているフリをしながら。


 、澄まして。



「―――心音ここね、一緒に帰ろう!(心音、一緒に帰ろう!)」



 ああ、今日も。



 心の声が聞こえる私の隣で――



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