心の声が聞こえる私の隣で、キミの声だけがやけにうるさい

初美陽一

第1話 二重にうるさいキミと

「―――私、自主退学するつもりだから」



 高校二年生になってから、クラスには初日に顔を出したっきりで、それから一か月以上も登校拒否していた私――〝鏑木かぶらぎ 心音ここね〟の退学宣言に。


 プリントを届けにきただとかの理由で、一人暮らしのマンションの呼び出しを鳴らしてきたクラスメイトの男子が、当たり前だけど絶句していた。


 そんな彼が口をパクパクとさせてから、一階のエントランスまで降りて対面していた私に、ようやく発した言葉は。


「――――いや、なんで!?(いや、なんで!?)」


「うわっ、うるさっ」


「あっゴメッ、俺、声デカすぎってよく言われてさ!?(あ、ごめん! 俺、声がデカすぎるってよく言われてさ!)」


「ああ、そうでしょうね……ていうか、口から出る声だけじゃないんだけど……」


「えっ、それってどういう意味?(どういう意味なんだろう! 気になる!)」


 二重に声が響いてきて〝面倒だな〟と思いながらも――〝どうせ自主退学するんだし〟なんて投げやりに考え、私は自分の『秘密』を明かすことにした。



「私――〝心の声〟が、聞こえるの」


「……………?(? ??)」



 全く意味がわかっていないのは、顔だけでなく、心の声の雰囲気からも判別できる。ていうか、心の声とか聞かなくても分かるくらい、やたら素直だなこの人。


 まあ、とはいえ、こんな突拍子の無い話、誰でも信じられないだろうと、私はもう少しだけ説明を続けた。


「……アナタ、クラスメイトの〝遊佐ゆさ 武留たける〟くんよね? あのね――」


「えっ、何で俺の名前を……まさか本当に、心の声が聞こえて――!?(スゲー! あれでも、俺、心の中で名前とか……いや無意識に? スゲーッ!)」


「いや早い、まだ、まだだから。クラスメイトの名前なんて、知っててもおかしくないでしょ。覚えてただけよ、そのくらい」


「えっでも鏑木さん、クラスには初日に来ただけじゃ……き、記憶力スゲーッ!(俺なんて今でも、半分以上はよく覚えてないのに!)」


「いや覚えてあげなさいよ、もう一か月以上は経ってるでしょ。半分以上も覚えてないとか、クラスメイトの子が可哀想でしょ」


「だ、だよな! 俺、物覚え悪くて、勉強とか苦手だし……あれっ?(俺、口に出して言ったっけ? 半分以上の名前、覚えてないとか何とか……)」


「……いいえ、口に出しては言ってないわ。だから、言ったでしょ?

〝心の声が聞こえる〟……って」


「…………(…………)」


〝心の声が聞こえる〟なんて、こうして『秘密』を明かしてみたのは、初めてだ、けど――どう思われるのか、なんて。


 普通なら信じられず〝トリックを疑われる〟〝馬鹿にされる〟。

 よしんば信じられたとしても〝気持ち悪がられる〟〝怖がられる〟。


 まあ、そんなところかな。はあ、とため息を吐く私に。


 いかにもスポーツでもやっていそうな大柄な体格を、日に焼けた肌を、ぷるぷると震わせた、遊佐くんは――



「……す、す……スゲーッ!(スゲーッ!)」


「っ、う、うるさいしっ―――何一つ、すごいことなんてないわよっ!」


「う、うわっ、ごめん!? ……って、あれ? 大丈夫?(あれ、どうしたんだろ鏑木さん、様子が変だぞ?)」


「…………っ」


 口も心も心配そうな声を発する、遊佐くんに――けれど私は構うことも出来ず、この変な力なんて、と歯噛みする。


 ■ ■ ■


〝心の声が聞こえる〟、そんなになったのは、高校に入学した直後――それこそ当初は少女漫画やドラマの主人公にでもなったようで、情けなくも気持ちが高揚したことは否定できない。


 けれど現実は、少女漫画のように甘美でもなければ、ドラマという名の如くドラマチックでもなかった。


 第二次性徴8才ごろから18才ごろも終盤に差し掛かろうという時期だ、私は同年代の子と比べても、自覚できるほど成長が早いようで、特に身長や――胸まわりなんかは、コンプレックスになるほど、その……大きく。


 それこそ同様に思春期の男子から注がれる好奇の視線と、〝心の声〟は――聞こえるはずがないという前提があれば、どれほどいかがわしく、想像の中でもてあそばれているか、想像できるだろうか。


 男子のみならず、女子でさえ、おかしな〝心の声〟を発することもある。

 私は〝男子に色気を振りまくビッチ〟で〝パパ活とかしてる〟んだってさ。そんな事実、一度だって無いのにね。


 とはいえ、これは私自身の問題なんじゃないか、心の病気か何かじゃないか、と心療内科に受診したこともある。〝心の声が聞こえる〟なんてさすがに恥ずかしかったから『秘密』にして、他人が何を考えているのか分かる気がする、だとか言って。


 けど。……担当医の男性の〝心の声〟が、学校の男子や男性教諭と、大差なかったことで――私は、絶望した。


 もちろん、皆が皆そうじゃないことも、分かっている――すれ違った男性医には、私の顔色が悪いことを心配してくれた人もいたし、学校の人達だって。


 それでも。


 それでも、イヤなものはイヤで、キモチワルイものはキモチワルイ。


 だけど急にのと、同じように――ぱたりとこともあるんじゃないか、と、そう思って。


 けれど一年が過ぎ、二年生になっても、〝心の声が聞こえる〟ことは何も変わらなくて――私は、もう、諦めることにした。


 ■ ■ ■


〝心の声〟なんかが聞こえるようになってから、一年間くらいのことを思い出し、苦々しい気分になりながら。


 はあ、と今やクセのようになってしまった、ため息を吐く。


 夢いっぱいの高校生活なんて、それこそ夢の夢だったな、とか何とか……我ながら若い身空で、勝手に悟ったようなことを思っている、と……いや、その。


(どうしたんだろ鏑木さん、急に黙っちゃったぞ!? 心配だな、調子悪いのかな? 深刻そうだな、ずっと表情とか暗いし……アッお腹空いてんのかな?)


 お腹は空いてない。断じて。


 ……ていうかこの人の声、やたらでっかいな! 口だけじゃなく、〝心〟のも! こんなに〝心の声〟が大きい人、初めてなんですけど!?


 ……それに、なんていうか……その。


(心配だな、心配だな……何で自主退学するんだろ、悩みでもあるのかな? 俺に出来ることって何かあるかな、ないかな、あったらいいな……元気になってほしいな、どうすればいいのかな?)


 ……ずっと、心配してくれてるな……私のこと。〝心の声〟、そればっかりだ。


 ちゃんと話するのも、初めてのはずなのに……女子でも身長高めな私を簡単に見下ろせるほど、大きいのに……なんかずっと、アタフタしてて、大型犬みたいで。


 ……ああ、なんか、この人の……遊佐くんの、〝心の声〟。



 ……安心、するな……。



「……こ、こほんっ! とにかく……もう、放っといて。私はもう、他人の〝心の声〟が聞こえるなんて、うんざりなの。人がたくさんいる教室なんか、雑音だらけみたいなものだって、何となくわかるでしょ? だから――」


「あっ――そうか、わかったぞ!(いいこと考えた!)」


「うわっ、うるさっ……へっ? ……あの、遊佐くん、いいことって――」


「鏑木さん――俺と一緒に、! 俺に任せとけ!(任せて任せて!)」


「………………」


 口も心も元気いっぱいな、遊佐くんの提案に。



「ひ―――人の話、聞いてるっ!?」



 私も負けじと、大声を張り上げるのだった。

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