第3話

 ――の意識が目覚めて数週間。 あれからたくさんの街や村、そしてたくさんの森に湖や川を通り過ぎたが、少しの観光をすることも無く、旅路の風景や食べ物を楽しむことも無く、舌打ち混じりに威圧的な態度をとってくる御者から朝から晩まで馬車に押し込められ、延々と馬車に揺られ続け、ようやく到着した、この国の端っこ――国境を守るバジーレ伯爵が治るバジーレ領。

 ……――御者の名前は覚えてるから、有る事無い事盛りに盛った苦情の手紙を各方々かくほうぼうに送りつけたろ。

 『2人きりにされたから、何度もいやらしい目で見られた』とか書いて、父親たちへの嫌味にもしたろ。


 バジーレ領で病気療養することは、事前に家同士のやり取りですでに決まっていることだった。

 だけど、それでも一応のご挨拶と無事にたどり着いたという証明のために訪れたバジーレ伯爵家。

 ――そこで私は、なかなかお目にかかれないレベルの超イケメンと出会うことになった。

 意志の強そうな黒い瞳に黒髪。

 貴族というより騎士と言われたほうがしっくりくるほどガッシリした男性だ。


「――エドアルド・バジーレだ」


 あらん! 声も低甘い感じで、なんだかセクシー!

 ……これはいいイケメン。

 これが役者なら、愛を乞う歌とか歌ってもらえるのにー!

 って言っても……――眉間のシワと目の下のクマが凄すぎる。

 どんだけ忙しいの? ってぐらいお疲れのご様子だ。

 ――そりゃ執務室での対応にもなるわ……


 バジーレ伯爵家へ挨拶に訪れたところ、通されたのは応接室ではなく、執務室だった。

 その時はマナー云々は置いといて、その執務に使う書類見ちゃったらどうするつもりなんだろうなー、なんて考えてたけど……これは平気だわー。

 絶対この顔面が一番目を引くもん!

 よそ見する女は限りなく少ないでしょ。

 伯爵の後ろにそっと立ってる執事の顔も、この部屋から出たら忘れている自信があるくらいだよっ!


 でも存在感強めのクマとシワがなぁ……


 ――ああ。

 この人って苦労人なんだっけ?

 確かバジーレ伯爵家のご先代って、この人がだいぶお若い時にお亡くなりになっちゃってるんだよね。

 つまりこの人は20代そこそこって若さで伯爵になったってわけで……

 この、イケメン度合いを著しくお下げ申しているクマやシワはそのせいなんだろうな。

 せっかくの顔面なのにもったいない……


  そんな事を考えつつも、しかし、決して悟られないようなすました笑顔と完璧な所作でお辞儀を返す。


「イルメラ・ベラルディと申します。 以後お見知りおきを……」


 ――ここに来るまでの道中で気がついたんだけど、この体ってば、頭の中でどう思ってようと、やろうと思えば、いつでもどこでも完璧なお嬢様の立ち振る舞いができてしまうんですよ!

 きっとイルメラが体に染み付くほど、たくさん練習してきたからなんだろうな……

 ――どうかあのクソ男が再び浮気をして、真実の愛で結ばれあったあの街娘に刺し殺されますように……‼︎


「わざわざかような地まで……お疲れでしょう?」

「とんでもございません。 緑豊かな場所で空気もよく、なんだか身体も軽くなったようですわ」

「――そうですか。 ……それで……ベラルディ家より打診のありました侍女の件なのですが……なにぶん急なお話で、未だ準備がままならず……」


 一般的な挨拶の最後に、バジーレ伯爵は今まで浮かべていた貴族的な笑顔を歪ませ、申し訳なさそうに言い加えた。


 侍女……?

 ――うわぁ…… え、私の世話をよりにもよって、こっちに押し付けたの⁉︎

 伯爵家からしたら、腫れ物の私を受け入れるってこと自体が厄介事だっただろうに、それに加えて更に「侍女1人もいなくなったから、そっちで付けといてー」って言ったって?


「――それは……うちの者がとんだ無茶ブリを……」

「むちゃぶり……?」

「あっ……」


 やっべ……言葉づかいの方は気をつけないと乱れちゃうみたい⁉︎

 気を抜かないで! 大丈夫! イメルラは出来る子だから!

 ――落ち着いて。 お嬢様っぽく、ご令嬢っぽく!

 美しい所作を心掛け、「あら、わたくしったら、つい言い間違いを……」とか、にっこりと笑ってみせたけど、さっきの失言で微妙になってしまった空気は、あんまりかき消すことが出来なかった……

 仕方なく微妙な空気の中、侍女準備辞退の言葉を口にする。

 いくら侯爵家だからって、伯爵家当主に向かって「うちの娘の侍女用意しといて」は、流石に失礼が過ぎるじゃろうて……


「――ええと……、そのお話についてはお気になさらないでください。  私ここには、ゆっくりと静養をするつもりで参りましたの。 ですからお茶会にもパーティにも出席致しませんし……ドレスを着ないなら日々の身支度程度、侍女なんておらずとも平気ですのよ?」


 うふふっと笑いながら口元を押さえ、少し首をかしげてみせる。


 ――いい? そこでキョトンとしているイケメン伯爵。

 これ、負け惜しみとかじゃないからね?

 これから暮らすお屋敷には、元々屋敷の手入れのために雇っている庭師とか家令たちはすでにいるの!

 だから侍女0人のイメルラだって、ここで今日から一人暮らし! なんてことにはならないの。

 ……――そもそも……私すでにこの旅でコルセットなんか閉めてないから。

 今の私には、流行りのドレスよりお尻や腰への負担の少ない洋服とクッションが必要なの!

 ――コルセット無しの開放的な毎日……今更、着替えのたびに苦しい思いさせられるこなんか断固拒否!


 しかし……掃除洗濯料理してくれる人がいて、口うるさい両親も、人の言動監視してくる侍女も無し!

 田舎でのんびり、好きな服着て美味しいもの食べて、悠々自適のスローライフなんて、控えめに言ったって最の高じゃん‼︎

 ――家庭菜園とか始めちゃおっかな?



「――イルメラ様が必要無いとおっしゃるのならばそのように……しかし――」


 バジーレ伯爵はそこで言葉を切り、チラリと素早く私の全身を眺め回した。

――は……?

 ……あれあれあれあれ?

 なぁに、その態度? 普通に感じ悪いし……お貴族様的に言ってもマナー違反ですよね⁇


「ご静養ですか……」


言外に傷など無いだろうに……と言っている事がはっきりと分かった。

 ――それはそう。

 そりゃ私だって傷なんて1つも付いてい無いと思ってる。


「あー……――私的にはキズなんか1つ付いていないつもりなんですけど、家族からすれば傷物もいい所らしいので、療養の為に追い出されたんですのよ。 ――あら、イヤだわ私ったら。 の方にごめんなさいね?」


 この人の言い分には完全同意だけど……――でもイルメラ、少し御機嫌斜めよ? 

 いくら私が厄介なお荷物令嬢だからって、それって初対面のご令嬢に取る態度じゃねーですわよね?

 いくら伯爵でイケメンだからって、そういう横柄な態度とか許さる無いと思うんですけど⁇

 ――おう、我、侯爵家ご令嬢ぞ⁇

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