回復魔法だけでも幸せになれますか?

笹乃笹世

第1話

 ガッタン、ゴットン! と 大きな衝撃をおケツに受けて“私”の意識は覚醒した。

「えーと……ここは……?」

 私はイルメラ……――イルメラ・ベラルディ。

それが私の名前。

そして――元・日本人である。


 この体の持ち主イメルラお嬢様。

 窓に映る真っ直ぐな金髪と薄くそばかすがある顔に見覚えは無いはずなのに、間違いなく自分の顔であるという確信がある。

 そして唯一他人から褒められる、鮮やかな青い瞳も間違いなく自分のものだ。


 ――つまり……私はイルメラだけど……おそらく前世的な、日本人だった時の記憶を思い出した――ってことになるの……かな?

 ……貴族のお嬢様乗せてるとは思えないほど荒い運転してくれてる御者のせいで、あんまり集中して考えられないけど、そういうことだよね……?

 現在進行形でガタガタと大きく揺れ続ける馬車の中から、外にいるであろう御者を睨みつけた。

 ――そして自分の現状を思い出す。

 あー……そうだ。

 イメルラ……ドナドナされてる真っ最中だったわ……


 イメルラは侯爵家の娘としてとして生まれ、そこそこ可愛がられてすくすく育ち、当然のように親が決めた男性と婚約した。

 結婚に向け、花嫁修行やらマナー、家や財産の管理方法などを学びつつ、貴族は全員通うと言っても過言では無いほど由緒ある学校をそこそこ褒められるべき成績で学校を卒業して、私たちもうすぐ結婚するのね! という段階まできたはずだったのに、まさかの婚約者ご乱心。

 「真実の愛を見つけてしまったんだ!」などと喚きながら、どこぞの町娘と駆け落ちなんてしてくれやがった。


 当然、両家は大混乱。

 イルメラちゃんは大パニック。


 そもそも侯爵家の嫡男がその立場のまま駆け落ちなんて、どう考えても許されるわけが無い。

 家の面子にかけての大捜索の末、見つかり連れ戻された婚約者――元、婚約者は、今回の騒動を引き起こした責任を取るという形で廃嫡。

 侯爵家は婚約者の弟、次男が跡を継ぐことになった。

 その話し合いの際、イメルラをその弟の婚約者に……なんて話も出たけれど、当然のように弟にも決まった婚約者がいて、その弟の婚約者家との関係悪化を嫌った両親が、お金や元婚約者家、そして弟婚約者家との、こちら優位の取引や新たな商談を結ぶことを条件に身を引くことに同意したのだ。


 ――そう。

 その瞬間、イルメラにはなんの落ち度も咎もなかったらはずなのに、イメルラに“婚約者に捨てられた令嬢”という不名誉なレッテルが貼られることになった――

 それと同時に、卒業と同時に結婚する者が多い貴族社会の中、卒業しても婚約者もいない“売れ残り令嬢”という不名誉な肩書きまでもが付いて回る事になってしまった。


 元婚約者は真実の愛を手に入れ、元婚約者家、イメルラ実家はほとんどダメージを受け無かったのにね!

 イメルラはあんなに楽しみにしてた卒業式も卒業パーティーにも出られないほど悲しんでたのにっ!

  ……まぁ“婚約者に捨てられた令嬢”も“売れ残り令嬢”も、貴族のご令嬢としては極めて致命的な肩書きだから、出てたとしても笑い者にされてたんだろうけどー。


 ――どれぐらい致命的かというと……イメルラが今の私として覚醒する直前まで(――このまま生き恥を晒すくらいなら、どこぞで入水自殺でも……)とか結構本気で計画を立てていたほどには致命的。


 ――いやいやいや!

 ちょっと落ち着いてよく考えて⁉︎ 

 そもそも、あんなモラハラ男と結婚してたとして本当に幸せになれたと思ってんの⁉︎

 悲しみのあまり、頭おバグりめされていらっしゃる?


 この結末は不幸中の幸いというか――あの男との婚約が決まってしまった以上、考えられる限りの最善だったと思うよ?

 婚約者持ちのくせに他の女と駆け落ちするだけでも正真正銘のドクズなんだけど、それ以外でもあの男クズだった。

 お互いどころか両家公認の政略結婚だったっていうのに、ある程度の年齢になる頃にはイルメラが自分に惚れ込んで婚約することになったとかいう勘違いをしていて、その上それで強気に出られると思ったのかことあるごとにイルメラにグチグチとイヤミを言い始めた。

 やら「たった一つしか魔法が使えない出来損ない」だの「その上魔法力が低過ぎる」だの!

 ――イルメラは「すみません……」「努力します……」とか答えてたけど、謝る必要なんかこれっぽっちも無いし、大体そのクズ男だって、使える魔法は二つでしたからね⁉︎

 弟の婚約者だって一つだって話だったし、噂じゃ運命の相手とやらなんか、魔法使えないらしいじゃん⁉︎

 文句の内容は魔法だけじゃなくて「お前には華も色気も無い」とか「そばかすがみっともないから消してこい」とか暴言ざんまい!

 そのくせイルメラがちょっと華や色気を出そうと努力すれば「売女のようで下品」だとか抜かしやがってっ!

 モラハラやセクハラって言葉知らないの⁉︎

 全力で逃げ切るべき男の特徴なんだからね⁉︎


 あんな男との婚約破棄なんて、死ぬ理由になんかになり得ない!

 世界が世界なら、喜びの雄叫びをあげつつ祝杯をあげるレベル!


 いや本当に逃げられて良かったぁ……

 間違ってあの男と結婚なんかしちゃった上で私の意識が目覚めてたら……――十中八九死人が出る。

 そして私はお尋ね者だ……

 そうなってくると駆け落ちバンザイとまで思えてくるな……?


 ――ま、そう思えたのはついさっき。

 しかも、この世界の常識では旧イルメラの考えのほうが一般的だったりする。

 だからこそ1000%相手が悪い婚約破棄だったにも関わらず、婚約破棄された娘は外聞が悪すぎるからと家からも王都からも追い出され、田舎にドナドナと出荷されている真っ最中な訳ですが……


 この対応に反発するけど気持ちも確かにあるけど……

 ――日本人のド庶民としての感覚を思い出しちゃった今となっては、どんな話題でもニコニコ笑ってなきゃいけない社交界とか苦痛以外のなにものでもないんだよなぁ……

 この状況で私が笑い者にならない未来とか想像つかないし。

だったら親の金引っ張りに引っ張って、田舎でのんびりと美味しいものでも食べながら悠々自適に生活したほうが絶対マシでしょ。


 ――あ、これが婚約中の出来事で本当に助かったんだ……

 これであの家に嫁いだ後で離縁とかになってたら、実家には『もう他人だから』とか言われて縁を切られて、嫁ぎ先も『離縁したなら他人』とか言って追い出されて、イルメラどこぞで野垂れ死ぬ未来しか待っていなかったんじゃ……?

 いや、流石にそうなったら、あの両親だって……?

 ――……ほとんどノータイムでイルメラを犠牲にすることを決めた両親だからなぁ……信用は出来ないよなぁ……?

 ……――おや? 私ってば、だいぶ日本人だった時の感覚に戻ってるのに、今までの記憶や知識はちゃんと頭の中に残ってるっポイ?

 ――わぁ、便利ぃ☆

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