第60話

 一行がたどり着いたのは一つの券売機。

 用意してあるメニューから、どう考えてもラーメン屋としか考えられない。

 食券もそうなのだが、店の奥の方から漂ってくる醤油と豚骨の強烈な匂いに加えてニンニクの刺激臭がその予測を確定的に明らかにしている。


「とりあえず、どうなるかわからんが……小? 子供向けなのか? なら大だな」


 アライは経験からこういう時は流れに従っておくのが攻略へとつながるのを理解している。


「何でコレ、普通のラーメンがないのかな?」


 ユイとヒイラギは首を傾げつつ小ラーメンを選択。


「ラーメン、確か日本を代表する和食でしたか。それで豚というのはあの豚ですか?」


「たぶんチャーシュー、豚肉の煮込みみたいなヤツ」


 シスコの説明を元にファセットは大豚をチョイス。

 シスコは小ラーメン、ごろーは小豚だ。


 一行はペーパーエプロンを回収しつつ列に並び続け、漸く先頭のアライが着席に至る。

 食券をカウンターに置いて、待つこと少し。

 食券を回収しに来たNPC店主が一言、


「ニンニク入れますか」


 厳つい声で尋ねてくる。


「あー、ニンニク? その質問に答える前にちょっといいか。俺たちは依頼でここにきている」


 アライは立ちあがり声を上げる。

 瞬間、店主や客の空気がざらつく。

 店主は眉間に皺をよせ、アライを睨みつけてから、


「聞こう」


 カウンター向こうのガタイの良い男店主がアライを見下ろす。

 死蝋のような肌に輝くようなアメジストの虹彩がその存在を妖魔だと示している。


「このビルの所有者が困ってるんだ。出て行ってもらえないか?」


 アライは出来るだけ丁寧に、依頼の内容が店舗スペースを再び使えるようにすることだというのを伝えた。

 店主はアライの言葉を受けてしばしの瞑目。


「俺はかつてこの場所に存在したラーメン屋の残留思念を受けて、その願いをかなえるために顕現した妖魔。俺の思いはただ一つ。この場所で再び長蛇の列ができるラーメン店を再興すること。ただでお前たちの願いを聞き入れてやるわけにはいかぬ。……だがもし、これから出す条件を達成出来たのならお前らの話を聞いてやろう」


 店主はパーティーメンバーをぐるりと見回す。


「俺が提供するラーメンを残すことなく食べ切ること! もちろんスープは完飲。 この条件を一人でも達成出来たのならその話、受けてやる」


 店主が柏手を鳴らせば、まだ食事中だったNPCが丼を片手に席を立つ。

 そして手早く卓を拭くと改めて六人のパーティーメンバーを席に座らせる。


「ラーメンって醤油しか食べた事ないんだよねー」


「私も近所はお蕎麦屋さんばっかりだし、食べるの久々かも」


「そういえばニンニクってあのニンニクだよな? 何で最初に聞かれたんだ?」


 楽しそうに席に座るユイにヒイラギ。

 端っこに座ったアライはしきりに首を傾げている。


「初和食、楽しみですね」


「ちっちゃい頃に中華屋さんで食べたことあるけど、私はあんまりかな」


 呑気なことを言っているシスコにファセット。

 シスコは自然にユイの隣の席をゲットしていたあたりさすがである。

 そしてごろー、ここに来て誰も二郎系を知らない事に驚愕する。


「今回に限ってコールはない。俺が提供するのは裏メニューメガ豚フルトッピングの全マシマシだ!」


 店主の宣言と同時、虚空から現れたのはラーメンどんぶりに見上げるほどにうず高く盛に盛られた所々緑の交じる白い巨大な山だった。


 圧倒的な威容を目にした全員の口から言葉が途切れる。


 ほんのりくすんだ白は良く見れば茹で上がったもやしとキャベツ。そしてその頂にはこれでもかと味付けされた背脂が、かき氷のシロップの如くかけられている。

 麓には大量の不発弾の如く埋め込まれた分厚いチャーシュー。

 まるで武術家の握り拳の如きそれは良く煮込まれており、口に入れればほろほろと崩れ落ちるだろう。


 その脇には刻みニンニクが計量カップ一杯分、こんもりと盛り付けてありそれだけでも視覚に訴える暴力だというのに、まだトッピングも控えている。

 量が多すぎるため小鉢によって提供されているのは「うずら卵」「味玉」「生卵」「刻み玉ねぎ」「フライドオニオン」「メンマ」「青ネギ」「ノリ」「バター」「チーズ」「コーン」「揚げ玉」の12品目。

 小鉢なのは食べやすいようにという店主の粋な計らいだ。


「流石にこの量は……」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲む。


「え? ラーメンってこんなのだっけ?」


「私の知ってるラーメンじゃない」


 困惑が場を支配する。


「俺の店はマシマシっつったらこの量なんでな」


「せめて取り皿ほしいかな。食べにくそう」


 ヒイラギが苦し紛れにそう言えば、


「取り皿なら言えば出すぞ、他にはいねぇか?」


 店主がカウンターの上に空のお椀をポンと乗っける。


「麺量800グラム、渾身の一杯だ。冷めねぇうちに食いねぇ」


 そうして、大食いチャレンジが始まった。


 開始から十五分、シスコは目の前のどんぶりに盛られたもやしを見上げる。

 しかし未だに麺にすら辿りつけない。

 なんならモヤシも頭の背脂がかかっている部分も越えられていない。

 麺に到達するかも怪しい状態。

 ならば今のうちにチャーシューを食べておくべきか……、迷っている最中にチラリと隣に座ったファセットのどんぶりが目に入る。


「師匠、ぜんぜん食べられてないけど苦手だった?」


「いえ、それがですね、お恥ずかしながら箸というものを初めて使いますから上手く食べられないのですよ」


 よくよく見れば箸を持つというよりは掴んでいる。


「え……ならフォーク頼めばいいじゃん」


 思わず普段の口調に戻ってしまう。


「それは出来ません」


 首を横に振る。

 なんでさ、尋ねようとすれば機先を制するように、


「せっかくの、初めての和食なのですからきちんと箸を使って食べたいのですよ。ですから申し訳ないのですけど箸の持ち方を教えていただけませんか?」


 気恥ずかしそうに告げる。


 シスコがファセットに箸の使い方を教えている横で、ごろーはカウンターに突っ伏していた。

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