指先ウィッチクラフト〜貧乳の呪い編〜

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 庶民の私が大富豪の令嬢に見初められた経緯について

「飛鳥ちゃん。毎日リムジンで迎えに来なくてもいいんだよ?」


「ダメだ。虹花は三栄家が総力をあげて守るべき私の宝物だからな」


 リムジンの車内に女子高生が二人で向かいあって座っていた。

 一人は肘まである白手袋をつけた天手虹花。両膝をあわせて猫背になりながら、白湯の入った猫のマイカップを両手で抱えている。

 小柄な身体をさらに小さく丸めているが、臆していなければ緊張している様子もない。

 むしろくつろいでいるのだ。

 胸が大きめなので、この座り方が楽だったりする。


 運転中なのに振動を感じさせない車体。

 沈み込むようなふかふかのソファー。

 紫外線も完全に遮断してくれる防弾ガラスの窓。

 冷蔵庫どころか冷凍庫にポットに電子レンジまで完備されている。

 ドリンクは飲み放題だし、アイスもお菓子も食べ放題。頼めばカップラーメンも食べられるだろう。

 至れり尽くせりの贅沢すぎる環境だ。

 母子家庭育ちの一般庶民である虹花は恐れ多くて、いつも白湯をもらっていた。


 冷静に考えると、一度煮沸させてから火傷しない温度まで冷ました白湯こそが、リムジンで飲むには一番贅沢かもしれない。

 その事実に思い至った頃には、リムジン通学中に白湯を飲む習慣ができていたので、今更変更できなかったりする。


 二人が通う聖桜学園まで車で二十分ほど。

 リムジン通学に慣れている一般庶民とはなんだろうと考えなくもない。

 だからときおり抗議の声をあげて『慣れてはいけない。普通ではないんだぞ』と虹花は自分に言い聞かせることにしている。


「宝物よりも親友がいいな」


「確かに愛しき恋人の虹花をモノ扱いとは言語道断だな。すまなかった!」


 芝居がかった口上で頭を下げてくる飛鳥に、虹花はため息で返した。


「むぅ、まだ気に入らないか」


「……呼び方に身の危険を感じる」


「さすがに私も登校中は襲わないぞ?」


「登校中以外なら襲うような物言い」


「ふっ……いかなるときも愛する人と睦みあう機会を逃すわけにはいかないからな」


 白湯を抱えながらソファーを後退り。

 嫌がっているのはただのポーズ。

 少女達の無邪気なじゃれ合い。

 ……なら良かったのだが、最近は気づいたら海外で同性婚の手続きをされていそうな気配があるので、本気で警戒していたりする。


 どうしてこれほど好かれてしまったのか。

 あの三栄飛鳥に。

 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能の完璧超人。

 おまけに三栄家は世界有数の富豪だ。

 日本ではなく世界有数。

 日本の長者番付では当然のようにトップに君臨している。

 その跡取り娘が三栄飛鳥なのだ。


 三栄家は代々女系なので、跡取り問題も存在しない。

 日本の旧華族の家柄。

 海外の王族の血が流れていると言われる金髪碧眼の容姿。

 スラリと伸びた手足で身長は百七十センチメートルほど。

 これほど『妖精のよう』という陳腐な呼称がよく似合う少女もいないだろう。

 引き締まったモデル体型で、実際にモデルとして雑誌に載ることも多い。

 巨乳ではないが、胸もそれなりに大きい。

 そう……昔と違って胸がそれなりに大きくなった。

 それこそが虹花が飛鳥に好かれている理由だ。


「そんなふうに露骨に警戒されると私も傷つくんだが?」


「私はノーと言って自衛できる女」


「ほう……なら早速試してみようか」


 飛鳥の瞳が妖しく光った。

 獲物を前にした肉食獣のようににじり寄ってくる。

 リムジンの車内は広いが、広くても車内だ。

 最初から逃げ場なんてない。

 けれど安全なタイミングはあるわけで。


「あっ! 塀が見えたよ。相変わらずうちの学校の塀は高いよね。刑務所みたい。本物の刑務所を見たことないけど」


 虹花がわざとらしく声を張り上げて話題を変えた。

 すると飛鳥は悔しげな表情を浮かべて動きを止めた。


「まったく虹花は……私をそんなふうに雑に扱うのは君くらいだ。あと刑務所ではなく迎賓館と言ってやってくれ。本来はそちらの用途なのだから」


 道路と高い塀の間の歩道には、もう登校中の生徒の姿が見えていた。

 遮蔽性完璧な窓だ。車外からリムジンの中を伺うことはできない。

 けれど三栄家のリムジンは生徒の間でも知られているので、歩道にいる生徒からはすでに注目の的になっている。

 さすがにこの状況で押し倒してくるほど、飛鳥もアブノーマルな性癖をしていない。


 そのままリムジンは聖桜学園の校門をくぐった先にあるロータリーに向かい、手前で停まってしまった。

 車通学の生徒は少なくはない。

 登校の時間のロータリーは毎日渋滞が発生しているのだ。


「じゃあ飛鳥ちゃん触診するから左手を出して」


「ああ。昨日今日で体調が変わると思えないのだがな」


「私も飛鳥ちゃんが病気になることが想像できないけどね。一応私は三栄家の触診医だし。そのための色々と勉強させてらっているから」


 虹花はそう言って右手の白手袋を外すと、白磁のような柔手が現れる。

 飛鳥からゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。


「なに?」


「相変わらず飛鳥の手はこの世のものとは思えないほど美しいと思ってね」


「これでも手のモデルの仕事とかさせてもらっているからね」


「しかもただ美しいだけではない。三栄家に福音をもたらしてくれた魔法の手だ」


「そんな大したものでもないけどね……と」


 飛鳥の左手と虹花の右手が重なる。

 そして目をつぶって全神経を指先に集中させた。


「血圧異常なし。脈拍は少し早いかな」


「愛しい人と手を重ね合わせているんだ。脈も早くなるだろう」


「皮膚も異常なし。心音異音なし。思考に異常あり。血流音異常なし。内臓も……飛鳥ちゃん今日朝食少なめにした?」


「昨日は撮影でディナーが遅めだったからね」


「なら異常なし。本日も快調おめでとうございます」


「思考に異常ありと言われた気がするが?」


「そこは医者も匙を投げてますので」


 いつものように触診を終えて一息つく。

 触診医なんて専門職はいない。

 当然、国家資格なども存在しない。

 けれど天手虹花は三栄家から正式に触診医として雇われいる。

 繊細かつ鋭すぎる指先の感覚を買われてだ。


 最初は専属のエステティシャンとして飛鳥の雇われていた。

 プロのエステティシャンとして働いている母親仕込みのエステとマッサージ術で、飛鳥のコンプレックスを解消してしまった。

 どこにでもいる一般人を自負しているカエデからすれば、子ども同士の遊びの延長でしかない。

 ただの児戯。

 けれど結果として世界有数の大富豪である三栄家が本気で人材確保に乗り出すほどに、天手虹花という少女は異常な才を持っていた。


 虹花は肌が弱いため常に日傘と白手袋をしている。

 ただ肌が弱いだけではない。

 日常生活に支障をきたすほどに敏感なのだ。

 特に手のひらの感覚は異常で、手と手が触れ合うだけで相手の健康状態や感情さえも正確に読み取ってしまう。


 虹花ならば触れただけで乳がんなどももわかるのでは。

 そんな三栄飛鳥の思いつきだったが、検証したのは世界有数の大富豪である三栄家だ。

 気づけば教育環境も講師陣も患者さえも全て本物が用意されていた。そして言われるがまま医学を学び、臨床を重ねた。

 最初は半信半疑だった医者が、今では盲信するほどに虹花の超感覚は正確だった。

 握手するだけで初期症状の膵臓がんを言い当てるほどに。

 下手すればカルト宗教の教祖として祭り上げられかねない超能力


 気づけば虹花は三栄家の籠の鳥として囲われていた。

 籠の中は広大だ。

 設備も充実しており窮屈さはない。

 けれど外に出る自由は存在しない。

 本来ならば不満を抱くべきだろうが、その籠の中には元々もう一羽の鳥が住んでいた。

 跡取り娘の三栄飛鳥だ。

 だからまあいいやと受け入れているのだが。


「あの……飛鳥ちゃん? 手を離してもらっていいかな?」


「どうも私の思考は異常らしい。愛しい人の手が目の前にある。スクールバスのおかげでロータリーの渋滞はまだ進みそうにない。時間に余裕がある」


「もしかして根に持ってる?」


「そして今日は拒絶されて悲しかった」


「完全に根に持ってるよね! ひゃああああぁーーーーーー!」


 リムジン車内に嬌声が響く。

 飛鳥が両手で虹花の右手を包み込み、撫でくりまわしたのだ。

 手を撫でられただけ。

 それだけで虹花は全身から力が抜けて、腰砕けになってしまう。


 にこにこ顔の飛鳥を下から涙目で睨みつける。

 睨みつけているつもりだが、目にも力が宿っていない。

 結果として顔を上気させて上目遣いで懇願しているように見えてしまう。


「エロい」


 飛鳥の率直な感想に声を振り絞る。


「飛鳥ちゃん……離しひゃあ!」


「こうして虹花に上目遣いで見られていると、あのときのことを思いだすな」


 指と指を絡みあわせるようにつながれる。

 俗にいう恋人つなぎだ。


「く……手を撫でながらなに言っているの?」


「ほら私達が仲良くなったきっかけ。あの保健室での出来事だ。あの日、私は恋に落ちた」


「あのとき落ちたのシリコンの偽乳だよね」


「そして始まる命がけの交際」


「命乞いの交渉ね」


「私は生まれたままの姿を虹花に見られてしまった」


「……あのシチュエーションで見せつけられた側もトラウマだから」


「それから私達は毎日のように裸で睦みあうことになる」


「……毎日豊胸マッサージさせられた私の中学時代」


「そして一族の悲願。三栄家の呪いが私の代で解かれたのだ」


「……やっぱり先祖代々の悲願が貧乳克服なのは悲しすぎるよ」


 これは指先に超感覚を宿した一人の少女が同級生の胸をDカップまで育てた話。

 その出会いは中学一年生の暑い夏まで遡る。

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